薔薇姫の箱庭へようこそ 〜引きこもり生活を手に入れるために聖女になります!〜

おたくさ

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【王妃候補編】

29. 薔薇姫は小公爵と夜会へ向かう

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* * * * * *





 夜会の準備はレイアたちの手によって早急に進められ、ヴォルフガングの到着までになんとか終わらせられたのだった。




「お嬢様……とてもお似合いです……!」



 上品に光る五芒星が散りばめられたネックレスと揺れるイヤリングを綺麗に見せるために、クリスティーナのプラチナローズの髪はアップスタイルでまとめられていた。
 大きさの違う星が不規則に並んだ髪飾りは、頭部の左側から後ろにかけて飾られ、仕上げとして後ろでまとめられた髪の右側にステラの生花が差し込まれる。


 ヴォルフガングの髪色と同じ濃紺のドレスに散りばめられた銀色のグリッターは、部屋の明かりを反射してキラキラと輝いていた。王宮の豪華なシャンデリアの下では、さらに美しく輝くのだろう。



「みんなが綺麗にしてくれたからよ。いつもありがとう」


 クリスティーナが振り返って侍女たちに礼を言うと、若い侍女のひとりがポロリと涙を流した。



「もっ、申し訳ありません……! なんだかお嬢様がお嫁に行ってしまわれるように感じてしまって……」



 普段ならば、あまり選ばない色のドレスにアクセサリーに身を包むクリスティーナ。レイアや他の侍女たちも苦笑いで涙を流す侍女の背中をさすっていた。



 ごしごしと強く目元を擦る侍女に近づき、クリスティーナはハンカチで侍女の涙を拭う。


「そんなに強く擦ったら赤くなってしまうわ。それに、わたくしは今日もここに帰ってくるから大丈夫。夜会だから少し遅くなってしまうけれど、また着替えるのを手伝ってくれる?」


 優しい笑みを浮かべるクリスティーナを見て、侍女は鼻をすすって涙を止めた。


「はい! お嬢様のお帰りをお待ちしております!」



 クリスティーナが「ありがとう」と侍女の肩を撫でた時、部屋の扉がノックされる。
 入ってきたのは侯爵邸の執事長だった。


「お嬢様、ヴォルフガング・フォン・シュネーハルト様がお越しになりました」

「ありがとう。すぐ向かいます」

「かしこまりました」


 レイアからローブを着せてもらい、ハンドバックを受け取ったクリスティーナは「いってきます」と微笑んで、ヴォルフガングが待つエントランスへ向かった。




 エントランスホールでは、クリスティーナと同じ色の正装を着用したヴォルフガングが待っていた。

 中央の階段からクリスティーナの姿が見えると、ヴォルフガングはその美しさに目を見張った。



「ヴォルフ様、お待たせいたしました」


 クリスティーナはヴォルフガングに軽く膝を折って挨拶をする。
 ドレスの半分はローブで見えていないが、そのローブも公爵家が使用しているのと同じものをヴォルフガングは贈っていた。自分の色、そして公爵家のローブを身に纏うクリスティーナを見て、ヴォルフガングは嬉しそうに笑った。



「とても似合っています。そのドレスを選んで良かった」


 ヴォルフガングがクリスティーナとの距離を詰めながらそう言った。
 何度見ても、ヴォルフガングの笑顔には大きく音を立ててしまう心臓を抑えながら、クリスティーナは微笑んだ。


「とても嬉しいです。ありがとうございます。ですが、いつの間にご準備してくださったのですか?」

「今朝、王都に到着してからです」

「今朝?」

「はい、公爵邸にデザイナーを呼んで選びました。それで式典への到着が遅れてしまったのです」


 苦笑いを浮かべるヴォルフガングを見て、クリスティーナは笑った。
 王都に着いて、真っ先に自分の事を考えてくれたのだと思うと、クリスティーナの心はむず痒いようで、でも温かな気持ちになった。


 口元を隠して上品に笑うクリスティーナをヴォルフガングは愛しそうに見つめたあと、クリスティーナの前に白い手袋をつけた右手を差し出した。



「……ローテントゥルム侯爵令嬢クリスティーナ様。私に王国の美しき薔薇姫をエスコートする栄誉をいただけますか?」


「はい、喜んで。王国の新たなる英雄様」


 そう言ってクリスティーナは、差し出されたヴォルフガングの手に自分の手を乗せた。




 邸の外には、公爵家の紋章が付いた馬車が止まっており、ヴォルフガングの手を借りてクリスティーナはドレスの裾を踏まないよう気を付けながら馬車に乗り込んだ。

 馬車の扉が閉められ、ゆっくりと馬車が動き出す。

 窓の外では日が落ちかけ、夜と夕方の色を混ぜたような不思議な色をしていた。



「あの、ヴォルフ様……。式典での件は、ありがとうございました」


 馬車の中で先に口を開いたのはクリスティーナだった。


「わたくしが王妃候補から外れて、領地に引きこもれるようにしてくださったのですよね」



 そう言ったクリスティーナの紫色の瞳が少し悲しげだったことにヴォルフガングは気が付いていた。


「それもありますが……」


 ヴォルフガングは自分の足の間にある両手をぐっと組む。



「ティーナ、貴女を妻にしたいというのは本心です」

「えっ……」


 ヴォルフガングの真剣な金色の瞳と驚きで開かれたクリスティーナの紫色の瞳がぶつかる。



「ですがこの話を今ここでというのは、あまりにも雰囲気がありませんから、また改めて伝えさせてください。今夜は、美しいティーナが見られて満足です」


 そう笑ったヴォルフガングに一気に顔を赤くしてクリスティーナ。


「その反応は、可能性があると……前向きに捉えても良いということですか?」



 少しだけ揶揄うように言ったヴォルフガングだったが、クリスティーナの反応は意外なもので、何も言葉を発さず赤くなった顔を一度だけこくんと頷かせた。

 その可愛らしい様子につい手が伸びかけたヴォルフガングだったが、クリスティーナにその手が届く前にその衝動を抑える。



「ティーナ、これを」


 ヴォルフガングは自分の元へ引き戻した手を胸ポケットへ入れ、あるものを取り出しクリスティーナに差し出す。



「これは……。持っていてくださったのですね」


 クリスティーナが受け取ったのは遠征前夜に魔法郵便で送った、聖竜の魔石で出来た薔薇だった。
 しかし薔薇の中心の花びらが、まるで鋭いもので突き刺されたかのように少しだけ砕けてしまっていることに気がついた。



「公国の都が陥落した後、帝国軍の将軍が率いる軍と衝突が起こりました。その時、帝国の将軍が私の心臓めがけて剣を突き刺したのです」


「……っ」


 帝国の将軍と一騎討ちになるほど、事態は緊迫していたのかとクリスティーナは驚愕する。
 ところが当のヴォルフガングは、クリスティーナのての中にある薔薇を優しい瞳で眺めていた。


「その時、私の命を守ってくれたのがこの薔薇です。ローブの下に身につけていたこの薔薇が剣先を受け止め、私の心臓を守ってくれました。そのお陰で私は構築に時間のかかる魔法を発動でき、将軍を捕らえることができたのです」


 ヴォルフガングの視線がゆっくりと持ち上げられ、心配そうに瞳を揺らすクリスティーナを見る。そして、申し訳なさそうに眉を垂らして頭を下げた。


「しかし……せっかくの美しい贈り物だったのに、こんな形にしてしまい申し訳ありません」

「そんな! ヴォルフ様のお命を守れただなんて、こんなに幸運なことはありません。それに……」


 クリスティーナはゴクリと唾を飲み込む。



「この薔薇は、聖竜様の魔石でできているのです」

「聖竜オルフェウスの……?」


 薔薇の真実を聞いたヴォルフガングが金色の瞳を見開いて顔を上げた。



「はい。儀式の最終日、私が魔力枯渇で倒れたあの時、聖竜様がわたくしに手渡してくださったのです」


 手のひらで冷たくなったバラを指先で撫でながら、クリスティーナは話を続ける。


「それにあの夜、薔薇になる前の魔石が月明かりに照らされて光っていたのです。それを見てつい歌を口ずさんでしまい……」

「魔法で形を変えた……と?」


 ヴォルフガングの言葉にクリスティーナは静かに頷く。


「その通りです。魔法を使うつもりではなかったので、どうしてあのような事が起きたのかは分かりませんが、きっと……聖竜様がヴォルフ様を守ってくださったのですね」


 笑顔でそう言ったクリスティーナに対して、難しい表情を浮かべるヴォルフガング。


 聖竜が自身の翼の魔石を与えたのは、初代のシュネーハルト公爵だけであった。
 いくら緊急事態だったとはいえ、聖竜の力で魔力枯渇は対処できたはずだった。それにも関わらず、聖竜オルフェウスがクリスティーナに魔石を与えたことの意味をヴォルフガングは考えていた。


「ひとつお聞きしても?」


 ヴォルグガングの少しだけ張り詰めた空気を感じて、クリスティーナは「はい」と返事をした。



「……ティーナは、聖竜オルフェウスと神殿で出会ったのですか?」


「え……? ええ、一緒にお茶をしたり、ご飯を食べたりして、楽しく過ごさせていただきました……」


 驚きに息を呑んだヴォルフガングの表情を見て、クリスティーナは何かいけない事をしてしまったのかと狼狽る。


「どのように出会ったのか、尋ねてもいいですか?」


 
 珍しく、すっかり動揺してしまったクリスティーナは神殿での聞かれてもいない出来事を包み隠さず話した。


 聖竜オルフェウスを魔法で捕獲したこと、仲良くお茶やお菓子を楽しんだこと、そして小さな魔導具のプレゼントを渡したこと。魔導具に使われた魔法陣は、神殿の扉の魔法を解析したこと……


 全てを話し終わったクリスティーナは不安で顔を上げることができず、しばらく俯いていた。


 何も言葉を発しないヴォルフガングに、怒っているのかと思ったクリスティーナがちらりと視線を上げると、口元を手で抑えて震えるヴォルフガングの姿が目に入った。


「……聖竜を……魔法で捕まえて……っ」


 声を震わせたヴォルフガングは次の瞬間、堪えきれないように声を出して笑い始めた。
 その姿に驚いたクリスティーナは目を白黒させる。


「ははっ……本当にっ、貴女という人は……っ! 呼び名をつけて、それではまるでペットではないか……!」


 途切れ途切れにそう言いながら、腹を抱えて笑うヴォルフガングにクリスティーナは固まって動かない。驚いたまま動かなくなってしまったクリスティーナの横に移動してきたヴォルフガングは、クリスティーナの手を握った。



「ティーナのそういうところが本当に好きです」


 そう言われたクリスティーナは、我に返りヴォルフガングの顔を見る。


「からかって……」

「からかっていません」


 ピシャリとそう言われたクリスティーナは耳まで赤くし顔を背けようとしたが、ヴォルフガングの手によって阻まれる。

 クリスティーナの顔を両手で包んで、指先で優しく頬を撫でるヴォルフガング。クリスティーナの目にはその金色の瞳がとてつもなく愛しいものに見え、視線をそらす事ができなかった。



 ヴォルフガングが口を開き何か言いかけた時、ガチャリと音を立てて馬車の扉が開かれた。





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