薔薇姫の箱庭へようこそ 〜引きこもり生活を手に入れるために聖女になります!〜

おたくさ

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【王妃候補編】

30. 夜会のはじまり

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 帰還した団員たちを労うための夜会会場には金の星の間が選ばれた。

 金の星の間は、王宮の中心に位置する一番広く豪華なホールである。国王に新年の挨拶を行う新年の晩餐会や王族の誕生日パーティー、王族の結婚式など以外は開放されることは滅多にない。
 この夜会のために金の星の間が開かれたということは、今回の遠征からの帰還が国の歴史に記されるほどの出来事だということだ。


 会場にはすでに到着した多くの貴族が入場していた。


 クリスティーナは本日の主役であるヴォルフガングの左腕を掴み、広間への扉が開かれるのを待っていた。



「……緊張していますか?」


 ヴォルフガングがクリスティーナの顔を覗いて、心配そうな金色の瞳を向ける。
 クリスティーナは隣に立つヴォルフガングの顔を見上げて微笑んだ。


「いいえ。ヴォルフ様が一緒ですから、大丈夫です」


 そう言って掴んでいたヴォルフガングの腕を少しだけ強く握ると、ヴォルフガングの身体がピクリと動く。そして少しだけ赤くなった頬を隠すように、右手で口元を押さえながら言った。


「あんまり可愛らしい行動をとるのはやめてください……。これでも我慢しているんです」


 ボンっと音が出そうなほど、クリスティーナは一気に顔を赤くしてそっぽを向いた。


「ヴォルフ様だって……そういうことを口にするのはやめてください……心臓がおかしくなりそうです」

「それは無理です」

「えっ!?」


 クリスティーナが勢いよくヴォルフガングの方へ顔を向けると、楽しそうに笑うヴォルフガングの顔がすぐ近くにあった。


「恥ずかしがるその表情もまた可愛いので」


 その言葉を聞いたクリスティーナはさらに耳まで赤くして眉をへの字に曲げる。
 


「いっ、意地が悪いですよ!」


「ティーナだって隙あらば私のことを揶揄おうと考えているではないですか」


「そんなつもりは……」

 ない、とは言えないクリスティーナであった。



「いいのです。王国一完璧な薔薇姫が、私の前だけで包み隠さず色々な表情を見せてくれる。こんなに嬉しい事はありません」


「わたくしも、氷の小公爵様がこんなに楽しそうに意地悪なさる方だなんて思いもしませんでした。ほら、そちらのヴォルフ様の部下のお二方は、驚き過ぎて先ほどから瞬きも忘れて固まっておりますよ」


 入り口の扉の警備を任されている騎士にふたりが目を向けると、右側に立つまだ若い騎士と目が合った。



「へっ!? おっ、俺は何も見ていません!!」

「お、おい! こら、バカっ! 閣下、申し訳ありません!!」


 左側に立つ騎士が慌ててヴォルフガングに頭を下げたので、もうひとりも同じように頭を下げる。

 そんなふたりを見て、クリスティーナとヴォルフガングは互いに顔を見合わせた後、堪えきれずに笑い出した。ふたりの騎士は、ぽかんと口を開けて笑い合うふたりを見つめていた。



「すまない。私の薔薇姫はいたずら好きなのだ」


 ヴォルフガングがそう言った時、広間の内側から扉が開かれ入場する時間となる。



「見張り、ご苦労」

「いつもありがとうございます」


 クリスティーナとヴォルフガングは微笑んで騎士の二人にそう伝え、金の星の間へ入場して行った。


 目を見開いたまま、ふたりの背中を見つめて呆けていた右側に立っている騎士が口を開く。

「先輩……俺、ふたりのファンになっちゃいました……」

「ああ。なんというか……幸せになってほしいな……」




 クリスティーナとヴォルフガングが二人揃って広間に入場すると会場の視線が一気にふたりに集まった。


 帝国から王国を守った英雄、そしてその英雄に見初められたロゼの称号を持つルクランブルクの薔薇姫。
 ふたりが入場する前から世紀のビックカップルが誕生したという話題で持ちきりだった。ところが、いつもとは雰囲気の違う美しいドレスを身に纏ったクリスティーナと、氷の小公爵と呼ばれるほど表情の読めないヴォルフガングが微笑みあって歩く姿に、誰もが見惚れてしまい近づくことができなかった。


 ふたりがまず向かったのは、シュネーハルト公爵夫妻とローテントゥルム侯爵夫妻が待つ場所だった。

 両夫妻の前まで来ると、クリスティーナは軽く膝を曲げ、ヴォルフガングは少しだけ頭を下げた。


「待っていたぞ。ヴォルフ」

「クリスティーナ嬢、とっても素敵ですよ!」

 公爵夫人がクリスティーナに近づき微笑みかける。


「ありがとうございます。ヴィクトリア様」


 クリスティーナがそう返事を返すと、公爵夫人の背後からクリスティーナの母、マルガレーテが顔を出す。

「本当に綺麗よ、クリスティーナ。ヴォルフガング様、娘にこんなにも素敵なドレスをお贈りくださり、ありがとうございます」


 マルガレーテが頭を下げたのでヴォルフガングも頭を下げて言った。

「とんでもありません。ローテントゥルム侯爵夫人。私の方こそ、クリスティーナ嬢のエスコートをお許しくださり感謝いたします」

「娘を大切に想ってくださる方からのお申し出ですもの。反対する理由がございません」


 そう微笑んだマルガレーテを見て、ヴォルフガングは再度頭を下げる。

 ちらりとクリスティーナが侯爵夫人と母の後ろに目を向けると、複雑そうな表情をした父が楽しそうな公爵と並んで立っていた。


「お父さま?」

 クリスティーナが心配そうに父を呼ぶと、ローテントゥルム侯爵は目を潤ませながらクリスティーナの元にやってきた。


「ティーナ、本当によかったね……」

 小さく呟き、眼鏡を外して目元を拭った。

 晩餐会の日から帰還の報告が来るまで、元気のないクリスティーナを一番心配していたのは父であった。
 ローテントゥルム侯爵は王国諜報部隊の司令官として働いている。ヴォルフガングが無事であることは早い段階で分かっていたが、不可侵条約の締結までは情報を外に漏らすわけにはいかず、塞ぎ込む娘に何もしてやる事ができず歯痒い思いをしていたのだった。


「だけれど、ティーナをエスコートするのはパパの役目だったのに……」


 侯爵はクリスティーナと同じ紫色の瞳からぽろぽろと涙を流し始めた。その横からシュネーハルト公爵が現れ、白いハンカチをローテントゥルム侯爵に差し出す。


「そう落ち込むでない、侯爵。騎士団長の仕事は多忙ゆえ、クリスティーナ嬢が我が家の娘になっても侯爵がエスコートする機会は大いにある」


 シュネーハルト公爵の「我が家の娘」発言が気に入らなかったのか、公爵のハンカチでローテントゥルム侯爵は思いっきり鼻をかんだ。


「ティーナは、今も……これからも! 私の娘です!」


 そう言って何度も鼻をかんでハンカチをぐしょぐしょにするという、なんとも小さな仕返しをする侯爵にその場にいた全員が苦笑いを浮かべていた時、広間の扉が三度、大きく音をたてて叩かれた。


 国王が入場する合図の音を聞いて、広間にいた全員が入り口の扉へ体を向け静かに待機する。


 扉が開かれ、ゆっくりとした歩みで広間に入ってきたのは、ルイス国王とエカテリーナ王女だった。


 その姿に全員が息をのむ。国王が女性を伴って夜会や晩餐会に姿を現すことなど今までに一度もなかったからだ。
 赤いカーペットの上を国王と共に歩くエカテリーナ王女は、国王と同じ白に金色の装飾が施されたドレスに身を包んでいた。

 国王はエカテリーナ王女と一番前まで来ると、集まった貴族たちを見渡し、口を開いた。



「今日までの間、国を守ってくれた者たちにこの場で改めて感謝する。皆の労をねぎらい、最高の料理と音楽を用意した。今日の夜会を思う存分楽しんでくれ!」



 拍手と同時に王宮楽団の演奏が始まった。

 広間の中心で国王とエカテリーナ王女が手を取り合い、最初に踊り始める。
 少しだけ顔が強張っていたエカテリーナ王女に国王が何かを囁いた後、王女の表情が笑顔に変わる。


 幸せそうに踊るエカテリーナ王女を、クリスティーナは嬉しそうに見つめていた。
 その視界の中にヴォルフガングが差し出した手が現れる。


「ティーナ、私と踊っていただけますか?」


「……はい、もちろんです!」


 クリスティーナは笑顔でヴォルフガングの手を取り、輪の中心へ向かった。


 周りではパートナーと踊りに加わる者、酒を手に乾杯する者、料理や会話を楽しむ者というふうに開始とともにそれぞれが夜会を楽しみ始めていた。




 そんな和やかな雰囲気の中、麻の袋を握りしめて、鋭い目つきでダンスの輪を見ている者がいることに、まだ誰も気がついてはいなかった。







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