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【王妃候補編】
31. 襲撃者
しおりを挟む夜会が始まり、一曲を踊り終わったクリスティーナとヴォルフガングは、休憩のためにバルコニーで外の空気に当たっていた。
「ヴォルフ様、ダンスがお上手なのですね」
「教師以外で踊ったのはティーナが初めてですよ」
ヴォルフガングから水の入ったグラスを手渡され、それを受け取りながら驚くクリスティーナ。
「本当ですか? あんなにお上手だったのに」
「ええ、こんなに楽しいものとは知りませんでした。これからはティーナがずっと一緒に踊ってくれますか?」
微笑んだヴォルフガングを見て高鳴る心臓を押さえながら、クリスティーナは手に持ったグラスの水に視線を移す。
「もちろんです。でも……」
クリスティーナはヴォルフガングの隣から正面に回り込んで、恥ずかしそうに紫の瞳を潤ませてヴォルフガングを見上げた。
「でもっ、そんな素敵な笑顔はわたくしの前だけにしてください! 他の方がヴォルフ様のことを……好きに……なってしまったら嫌なのです……!」
「……っ!」
潤んだ瞳で見上げられそう言われたヴォルフガングは、金色の瞳を見開いて一気に顔を上気させた。
そんなヴォルフガングを見て、さらに恥ずかしくなったクリスティーナはグラスを握りしめて下を向く。
「ティ……」
「涼みにきたというに、これでは熱くてたまらんな……」
ヴォルフガングが手を伸ばそうとした瞬間、背後からそう声が聞こえて振り返る。
クリスティーナも声のした方を見ると、愉快そうにニヤリと笑う国王とその後ろに申し訳なさそうな顔をしたエカテリーナ王女が立っていた。
「国王陛下、エカテリーナ王女殿下にご挨拶いたします」
クリスティーナは急いでヴォルフガングの横に出て膝を曲げる。
しかしヴォルフガングは頭を下げず、不服そうな目を国王に向けていた。
「何か御用でしょうか。陛下」
「俺はこのような無礼者を騎士団長にしてしまったのか……世も末だな」
「陛下こそ、ついに空気というものが読めなくなりましたか。それこそ世も末ですね」
二人とも口角は上げてはいるが、目元は笑っていない。国王に関しては無理やり上げた口角がピクピクと引きつっていた。
そのやり取りを見ていたエカテリーナ王女が国王に声をかける。
「もう……陛下、おやめください。小公爵様もクリスティーナ様も、お邪魔してしまい申し訳ありません」
「いえ……わたくしたちは大丈夫です」
軽く頭を下げたエカテリーナ王女にクリスティーナは優しく微笑む。
クリスティーナの声を聞いてほっとした様子のエカテリーナ王女はヴォルフガングの方を向いて口を開いた。
「小公爵様、この度は魔法騎士団長就任、おめでとうございます」
「ありがとうございます、エカテリーナ王女殿下」
エカテリーナ王女とヴォルフガングが会話をするのが気に入らなかった国王が会話に口を挟む。
「エカテリーナ、こいつと口などきかなくていい。式典でお前をダシに使おうとした不敬なやつだ」
先に仕掛けてきたのはそっちだろうと、ヴォルフガングは思ったがエカテリーナ王女に向かって深く頭を下げた。
「その件については、王女殿下にお詫び申し上げます」
「いえっ……! わたくしは大丈夫です。むしろあの時、陛下がきっぱりと断ってくださって、わたくしとても嬉しゅうございました」
その言葉を聞いた国王が急に固まる。エカテリーナ王女はそんな国王を見つめて微笑んでいるのでこれはいつものことなのだろうとクリスティーナは思った。
(エカテリーナ様、意外とグイグイいく方なのね……)
クリスティーナがそう考えていると、ヴォルフガングは目を細めて揶揄うような視線を国王へ向ける。
「なっ、何だ、その目は!」
「どのような目でございましょう?」
「それだ! その視線はやめろ!」
まるで友人のように言い合う二人を見て、クリスティーナとエカテリーナ王女は顔を見合わせて笑った。
「ヴォルフ様、おふたりでつもる話もあるでしょう。わたくし、ベアトリーチェ様にご挨拶して参ります。エカテリーナ王女殿下もご一緒にいかがですか?」
クリスティーナにそう尋ねられたエカテリーナ王女が緑色の瞳を輝かせる。
「ええ、ぜひご一緒したいです! 陛下、よろしいですか?」
「ああ……気をつけて行ってくるといい」
上目遣いでそう尋ねたエカテリーナ王女に、国王はまた一瞬フリーズしかけたが絞り出すように返事をした。
「ティーナすぐに行きますから、あとで一緒に食事を取りましょう」
そう言ったヴォルフガングを国王は「俺とは長く話したくないのか」と言わんばかりの目でぎろりと睨む。
仲のいい様子の二人を見て、クリスティーナは微笑んだ。
「はい、お待ちしております。それでは陛下、御前失礼いたします」
広間に戻るクリスティーナとエカテリーナ王女の背を見守りながら、ヴォルグガングが呟く。
「完璧でしょう? 私の薔薇姫は」
「惚気るな! バカップルめ!」
国王はヴォルフガングの横を通り過ぎ、バルコニーの手すりに寄りかかる。
「求婚もできない陛下よりマシです」
「なんだと!? お前だって直接はまだだろう!」
「心は通じ合っておりますから。それにもうじき済ませます」
「俺だって同じだ!」
似たり寄ったりの二人がそんなことを言い合っている間、クリスティーナとエカテリーナ王女は広間でベアトリーチェを探していた。
「エカテリーナ様、陛下とお心を通わせられたのですね」
歩きながら隣を歩くエカテリーナ王女にクリスティーナがそう言うと、王女は顔を赤らめて両手で頬を抑えた。
「クリスティーナ様とベアトリーチェ様のお陰です。おふたりが背中を押してくださったから……ありがとうございます」
「エカテリーナ様……」
幸せそうに微笑むエカテリーナ王女の姿を見て、クリスティーナも笑顔になる。
「あ、ベアトリーチェ様がいらっしゃいましたよ!」
エカテリーナ王女がベアトリーチェのいる方を見てそう言った。
クリスティーナもエカテリーナ王女の視線の先を追うと、ザルヴァトル公爵と共に他の貴族たちと話す姿が目に入った。
視線に気がついたのか、ベアトリーチェも二人に気が付き、三人の視線が重なった。
クリスティーナとエカテリーナ王女がベアトリーチェに笑いかけたが、ベアトリーチェは眉をひそめたかと思うと、目を見開いて何かを言いかけようとする。
「ティーナ!!!!」
「エカテリーナ!!!!」
そう呼ぶ声が聞こえたかと思うと、突然クリスティーナの視界が暗闇で包まれる。
「えっ!?」
周りでは悲鳴やグラスの割れる音が響く中、クリスティーナは周りを見渡すがなにも見えない。
(なにが起こったの? これは、魔法?)
状況はなにひとつ分からなかったが、明かりがつくまでここを動くべきではないと考えその場で身を固めていると、近くで聞き覚えのある声で小さく悲鳴が聞こえた。
(エカテリーナ様の声!?)
クリスティーナが声のした方へ手を伸ばすと、誰かの手を掴んだ。
その手には見覚えのある白い手袋がはめられていた。だらんと力無く垂れるその腕に嫌な予感を感じたクリスティーナは声を上げる。
「エカテリーナ様!!」
そう叫んだ次の瞬間、口元に布のようなものが当てられたクリスティーナはそのまま意識を手放した。
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