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【王妃候補編】
34. 王女の秘められた力
しおりを挟むクリスティーナが目を覚ますと、そこは見たことのない部屋だった。
(エカテリーナ様っ……!)
意識を失う前に聞こえたエカテリーナ王女の悲鳴を思い出したクリスティーナは、体を起こして辺りを見まわした。
すると、すぐ横に青い顔をしたエカテリーナ王女が横たわっているのを見つけ血の気が引く。しかし上下する肩を見て息があることにクリスティーナは胸を撫で下ろしたのだった。
まだ二人とも無事であることにクリスティーナが安心した瞬間、ズキっと頭が痛む。
薬をあまり吸い込まないようにしたクリスティーナでさえ、酷い倦怠感と頭痛に襲われていた。小柄なエカテリーナ王女には多すぎるほどの量だったのか、まだ目を覚ます気配はない。
どくどくと頭の血管が波打つような痛みに耐えながら、クリスティーナは周囲の状況を確認しはじめた。
(魔力封じの手枷……。こんなもの一体どこで手に入れたというの?)
クリスティーナとエカテリーナ王女の両手には、罪人に使われる魔法を使えなくする手枷がはめられていた。このような魔導具は全て国が管理しているため、貴族でも使用する事はおろか、手に入れることさえ不可能のはずだった。
自分たちを拐ったのは何者なのか、手がかりを見つけ出そうと部屋を見渡すが、どこにでもある貴族の別荘の一室だった。置かれている家具や部屋の造りから子爵位以上の貴族の別荘ではないかとクリスティーナは考えていた。
窓にはカーテンがかけてあったが、その隙間から見えた空には満月が浮かんでおり、部屋を少しだけ明るく照らしていた。
クリスティーナが冷静に状況を分析していると、隣で意識を失っていたエカテリーナ王女の体が動いた。
「んっ……」
「エカテリーナ様……! 大丈夫ですか?」
クリスティーナは小さな声でエカテリーナ王女に声をかける。
「クリス……ティーナ……さま……?」
重たい目蓋を持ち上げながらクリスティーナの名前を呼んだエカテリーナ王女は、頭に痛みが走り顔を歪めた。
「薬の効果が切れていないと思います。そのまま横になられていてください」
「はい……」
よほど辛いのか、クリスティーナの言葉通り横になったままエカテリーナ王女は再び目を閉じた。
時折、眉間に皺を寄せて苦しい表情を浮かべるエカテリーナ王女をクリスティーナが見つめていると、ガチャリと音がして、部屋が明るくなった。
「あら? もう目を覚ましたの?」
「グロスマン伯爵令嬢……」
黒く日焼けした肌に切り傷が目立つ大柄な男達を三人引き連れて部屋に入ってきたのはサリュー・グロスマン伯爵令嬢だった。
グロスマン伯爵令嬢は、部屋に入ってくるなり座り込むクリスティーナと横たわったままのエカテリーナ王女を見下ろして笑みを浮かべた。
「クリスティーナ様まで一緒だったのは想定外だったけれど、王妃候補がふたりも同時に消えてくれるのはありがたいわ」
「何をおっしゃっているの……?」
「貴女達にはここで死んでもらうのよ」
目を見開いたクリスティーナを見て、グロスマン伯爵令嬢はさらに口角を上げた。
「目障りなのよね。たまたま王女に産まれたってだけのお子様が王妃だなんて」
目を閉じたまま横たわるエカテリーナ王女の銀色の長い髪を持ち上げながらグロスマン伯爵令嬢は言う。
「どっかの王族ってだけで王宮に住んで、陛下とも頻繁に会って、不公平じゃない」
グロスマン伯爵令嬢が力強く髪を引っ張り、エカテリーナ王女の顔が苦痛に歪む。
「クリスティーナ様もベアトリーチェ様も同じよ。身分が高いというだけで王妃になれる? 笑わせないでほしいわ! 貴女達なんて所詮はお行儀よくしているただのお人形!」
エカテリーナ王女の髪から手を離したグロスマン伯爵令嬢は、クリスティーナに顔を寄せて罵った。
「この国は生まれ変わらないといけないのよ。帝国のように……強くね。その時代に相応しい王妃は私よ! 貴女達のような笑っているだけのお飾り人形じゃなくてね!」
「……してください……」
「は?」
横になっていたはずのエカテリーナ王女がゆっくりと体を持ち上げて、怒りに満ちた緑色の瞳を向けた。
「撤回してください! クリスティーナ様やベアトリーチェ様は、お人形などではありません! ご自分の考えも、多くの知識も持った、この国になくてはならい素晴らしいお二人です!」
そう叫んだエカテリーナ王女に冷たい視線を向けるグロスマン伯爵令嬢。
「あんた、状況分かってる?」
「分かっております……! けれど、わたくしの大切な友人を侮辱しないでください!」
グロスマン伯爵令嬢は俯くと、はあっと大きなため息をつく。
「……そういうお友達ごっこも、吐き気がするのよ」
バシッっという大きな音とともにエカテリーナ王女の体が床に叩きつけられる。
「エカテリーナ様っ!!」
打たれた頬を真っ赤にして倒れたエカテリーナ王女にクリスティーナは駆け寄った。
その様子を横目見ながら、グロスマン伯爵令嬢は剣を持った一人の男に向かって言う。
「もういいわ。ちょっと痛めつけてからと思ったけど、先にやってちょうだい」
男が剣を引き抜き、エカテリーナ王女に一歩ずつ近づいてくる。
クリスティーナはエカテリーナ王女を庇うように前に出て、男とその後ろにいるグロスマン伯爵令嬢に向かって言った。
「お待ちください! エカテリーナ様はパトリーチェ王家の王女殿下です。この国でエカテリーナ様がお亡くなりになれば、パトリーチェ王国とルクランブルク王国の争いは避けられません!」
「それがなんだというの?」
「え……?」
心底どうでもいいという瞳をしたグロスマン伯爵令嬢はクリスティーナを見下ろしたままだった。
「こんな国に何の意味があるというの?」
「グロスマン伯爵令嬢は、王妃になりたいのではないですか?」
「ええ、そうよ」
「ならどうして……」
「私が王妃になったら、この国を帝国の一部にするの」
グロスマン伯爵令嬢の言葉を聞いて、クリスティーナは驚愕する。
その表情を楽しむように、グロスマン伯爵令嬢は両手を広げて高らかに言った。
「無知なクリスティーナ様に教えてあげる! イージス大帝国は素晴らしい国よ! 人の価値は魔力ではなく力、そして武力によって決まる! 家門の歴史だとか魔力量だとか、そんなものは関係なく、誰にでも下剋上のチャンスがある!」
黙って話を聞いていたクリスティーナは、自分の拘束された手元を見ながら呟いた。
「……貴女のような考えの人がいるから、帝国は侵略行為を繰り返すのですね……」
「なんですって……?」
グロスマン伯爵令嬢の眉がピクリと不愉快そうに動く。
それからクリスティーナは、グロスマン伯爵令嬢の蜂蜜色の瞳をしっかりと視線を合わせながら口を開いた。
「確かに、帝国の魔術の技術は素晴らしいです。しかしその技術を、帝国は人を幸せにする為にではなく兵器に転用しています。力が全てというその考えのせいで、どれだけの人が犠牲になったか、今も苦しんでいるかご存知ですか? 帝国が魔術兵器を作り続ける限り、貴女のように自分の野心しか頭にないような人がいる限り、世界は決して貴女たちの愚行を許しません!」
「あんたに何が分かるの!? 成り上がりの貴族だって馬鹿にされたことがある? 魔力量が少なというだけで、妾の子だと陰口を叩かれたことは?」
怒りに顔を真っ赤にしたグロスマン伯爵令嬢が男を押し除けてクリスティーナに近づく。
「ないでしょう! あんたは生まれた時から侯爵令嬢! さぞ素晴らしい生活に素晴らしい教育を受けたのでしょうね! 少し失敗しただけで、やっぱり貴族の子ではないからと言われる私の気持ちが、世間知らずのあんたに分かるわけない!」
クリスティーナの髪を引き千切れんばかりに引っ張り上げながら言ったグロスマン伯爵令嬢は、息が上がり、はあはあと肩で大きく呼吸をしていた。
「分かりません。皆、失敗をして恥ずかしい思いをして、それでも諦めずに立ち向かって初めて、貴族の一員、この社会の一員として認められるのです。貴女は立ち向かう事を放棄した。よくその程度の礼儀作法、知識で社交界デビューを果たせたものです」
すぐ近くにある憎しみのこもったグロスマン伯爵令嬢の瞳を、紫色の瞳で睨み返してクリスティーナは言う。
「先ほどのお言葉、そのままお返しいたしますわ。世間知らずで無知なのは貴女の方です。恥を知りなさい」
グロスマン伯爵の目が大きく開かれたかと思うと、引っ張っていたクリスティーナの髪を乱暴に放す。その反動でクリスティーナは体制を崩して床に倒れ込んでしまった。
「……もういいわ……。その減らず口を後悔するのね」
男の手から剣を奪ったグロスマン伯爵令嬢は、クリスティーナに向かって剣を大きく振りかざす。
クリスティーナは何もすることができず、身を固めて目蓋を強く閉じた。
「クリスティーナ様っ!!!」
エカテリーナ王女の声が聞こえたのと同時に、剣が金属に当たったような音が聞こえた。
恐る恐る目を開けたクリスティーナが目にしたのは、エカテリーナ王女の背中と、グロスマン伯爵令嬢の剣先を受け止める銀色のバリアのような透明な光だった。
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