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【王妃候補編】

35. 妖精の祝福

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「なっ……! なんなのよこれは!!」


 グロスマン伯爵令嬢が振り下ろした剣は、エカテリーナ王女の頭上で止まって動かない。
 苛立った彼女がさらに力を加えたとき、パキパキ音を立てて砕け散ったのは剣の方だった。

 バラバラになった剣を見て腰を抜かしたグロスマン伯爵令嬢に代わって、今度は三人の男たちが一斉に拳を振り上げたが、またもや銀色に光る何かに跳ね返され、男達は壁に体を打ち付けていた。


(ど……どういうこと……)


 理解の追いついていないクリスティーナがエカテリーナ王女の腕を見ると、魔力封じの手枷が外れていた。


 驚いたクリスティーナが自分の手元に視線を移すと、銀色の羽をした小さな妖精がクリスティーナに付けられた手枷の鍵部分に息を吹き込んでいた。
 そしてクリスティーナの手枷が外れると、妖精は微笑んで銀色の光となって消えていった。


 考えたいことも、聞きたいこともたくさんあったが、クリスティーナは目を閉じて震えるエカテリーナ王女の手を取りすぐさま立ち上がった。
 腰を抜かしたままのグロスマン伯爵令嬢と伸びっきった男達を置き去りにして、部屋から逃げ出す。



「つっ……捕まえなさいっ!!」


 廊下を走るクリスティーナの耳にグロスマン伯爵令嬢の叫ぶ声が届いたが、振り返ることなくエカテリーナ王女の手を引いて階段へと急いだ。




 階段を駆け下りた時、目の前にはガラの悪い大勢の男達が武器を持って待ち構えていた。

 クリスティーナはエカテリーナ王女を背後に隠して男達と向き合う。


「貴族のお嬢様よお、その綺麗な顔に傷がついてもいいのか?」


 男たちの中で一番大柄な男がクリスティーナの喉元に向けて剣先を向ける。

(下手に刺激しないようにしないと……)



 背後で震えるエカテリーナ王女の手をぎゅっと握りしめ、クリスティーナは口を開いた。


「ごめんなさい。けれど、死にたくはないわ」

 そう言ったクリスティーナの言葉に男達は顔を見合わせて笑い出す。
 


「素直な嬢ちゃんだなあ! けどなぁ……」


 目の前の男が剣を振るい、ハラリとプラチナローズのか髪が床に落ちる。


「世の中そんなに甘くねぇんだよ」


 まるで獲物を見るような目を向ける男の目を逸らさずに見続けるクリスティーナ。ちょうどその時、背後からからグロスマン伯爵令嬢の声が聞こえた。


「今すぐそいつらを始末しなさい!!」



 男達がグロスマン伯爵令嬢に視線を移した一瞬をクリスティーナは見逃さなかった。


「燃えよ」

 クリスティーナがそう呟いた途端、男達は一気に炎に囲まれた。
 男達が慌てふためく間に、クリスティーナはドレスの腰部分のリボンに隠されていた杖を取り出す。そして炎に向けて杖を向けた。


「炎よ、愚かな者達の戒めの鎖となれ……!」


 男達を囲むように燃えていた炎が、蛇の形に変化して瞬く間に男達に襲いかかった。


 野太い悲鳴が聞こえる中、クリスティーナはエカテリーナ王女の方へ振り返って言う。


「エカテリーナ様! 今すぐ逃げてください! その妖精の祝福があれば逃げきれます!」

 クリスティーナの言葉を聞いたエカテリーナ王女は緑色の瞳に涙を浮かべて首を横に振った。


「クリスティーナ様を置いてなどいけません!!」

「それでもです!!」


 クリスティーナの大きな声に、ビクリとエカテリーナ王女が肩を震わせる。


「……銀の妖精は夜に力を発揮します。陽が昇っていない今なら、妖精たちが必ず導いてくれるでしょう」




 エカテリーナ王女は王族であるにも関わらず、生まれつき魔法が使えなかった。

 姉達とは違う小柄な体型、そして緑色の瞳に銀色の髪。
 家族の誰とも違う瞳と髪を持って生まれたその理由は、妖精の祝福を授かったからだった。

 ところがパトリーチェ王家は、その事実を国の貴族にも隠していた。

 妖精はこの世界の中心にある、聖なる森で暮らしている。ルクランブルクやパトリーチェの土地にやって来ることもあるが、人間の前に姿を現すことは滅多にない。
 そんな妖精に愛されたエカテリーナ王女を両親も姉達も必死で守っていたのだ。

 見た目の違いだけで大切な娘が、大切な妹が傷付けられないように。
 妖精の祝福を授かった稀有な存在というだけで、利用されないように。


 パトリーチェ王家の社交界デビューは十六歳。
 母国で社交界デビューをしていない王女が、留学という名目で王妃候補として隣国へやって来ること自体が不自然だったのだ。


 はじめから、王妃にはエカテリーナ王女が決まっていた。


 謁見で国王が呟いた『上手くやれるだろう』という言葉も、王太后の『貴女達のようなご令嬢がいらっしゃれば安心』という言葉も、社交界を取りまとめる称号持ちのクリスティーナとベアトリーチェがエカテリーナ王女側に付いて、社交界の中で上手く取りなしてほしいという意味だったのだ。



 クリスティーナがその全てに気がついたのは、銀の妖精がエカテリーナ王女を守った時だった。


「エカテリーナ様……いえ、王女殿下。王女殿下はこの国の王妃になるお方。家臣のわたくしは、殿下の盾となる責務があります」


 クリスティーナは、ぽろぽろと涙を流すエカテリーナ王女の両手を握った。


「どうかお逃げください。この国、この世界の平和のために」



「何をごちゃごちゃと……言ってんのよっ!」


 その声が聞こえた瞬間、クリスティーナは咄嗟にエカテリーナ王女を突き放した。
 グロスマン伯爵令嬢がクリスティーナを羽交締めにして、首元に杖を当てる。



「クリスティーナ様……!!」

「お逃げください!!!!」


 涙を手でぐいっと拭ったエカテリーナ王女は、クリスティーナに背を向けて、立ちこめる煙の中へ消えていった。


「逃げても同じよ。とりあえず、あんたから先に片付けさせてもらうわ」


 そう言ったグロスマン伯爵令嬢は、クリスティーナの首に杖を押し付ける。



「さようなら。役立たずのお人形さん」








「誰が役立たずだって?」




 冷たい声が聞こえた瞬間、屋敷の床が凍りつき始め、グロスマン伯爵令嬢やエカテリーナ王女を追いかけに向かった男達が足元からどんどん氷漬けにされてゆく。



「ティーナ。よく持ち堪えた」


 聞き覚えのある低い声にクリスティーナは紫色の瞳を揺らす。
 そして煙の中から現れたのは、他でもないヴォルフガングだった。






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