アルファベティカル・オーダー

葦元狐雪

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アルファベティカル・オーダー

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 朝の光が瞼のカーテンを通して視神経に滑り込んでくる。

いったい、どれほどの間眠っていたのだろうか、そう思いつつ外を見やる。

うんざりするほど青い空に浮かぶ炎球は、まるで目玉焼きの黄身だ。

ーーSOS。SOS。血中酸素濃度低下中。水分を補給せよ。ーー

おぼつかない足取りで立ち上がり、寝ぼけ眼で私はリビングへ向かう。

「母さん。おはよう」茶碗にご飯を盛っている母に挨拶をする。

「今日はえらく早いじゃない。朝ごはん、もう少しで出来あがるわよ」

屈託のない笑顔。私はこの笑顔が大好きだ。

軽水を玉虫色のグラスに注ぎ、唇は飲み口へたどり着く。

小気味良い喉のミュージックをわざとらしく奏でながら、私はそれを一気に飲み干した。

さて、顔でも洗ってくるとしようか。と、ここでハッとして気づく。

しまった。口をゆすぐ前に水を飲んでしまうとは。私は後悔の念に駆られる。

済んだことを気にしても仕方ないので、とりあえず洗面所へ向かう。

洗面所は清純な白を基調とした作りで、実に清々しい気分にさせてくれる。

そのような場所を黒で汚してしまいたい。いっそ、たくさんの色を混ぜ合わせて。

たまにそんなことを考えてしまう。悪い癖である。純白は純白でよいのだ。

ちょろちょろと流れる水に顔を埋め、こびり付いた眠気を取り払う。

冷たい。しかし心地よい。

手ぬぐいで顔を拭き、再びリビングへと足を運ぶ。

「父さん。おはよう」

「なんだ。もう起きていたのか」

にこやかに笑う父がスーツ姿で現れた。

抜け毛が気になると嘆く父の頭。

念入りに手入れされた頭髪だが、その隙間から肌色がこっそり覗いている。

「乗り遅れるとまずいから、父さんはもう行くぞ」

「はい。いってらっしゃい。父さん」

光ネットワーク技術者を生業としている父は、慌ただしく出かけて行った。

ふわりと漂うポマードの残り香が鼻腔をくすぐる。

平和的な日常である。極めて、一般的で。平民的で。世俗的な。

「ほら。ご飯、できたわよ」と、母の声。

マカロニサラダ、ライ麦トースト、目玉焼き、りんごジュース。食卓に集結。

みな、律儀に食されることを待っている。「食べないで」って?

無茶を言わないでくれ。私はお腹が空いてたまらないのだ。

目玉焼きからいただこう。塩派の人は申し訳ない、私はソース派なのだ。

燃え盛る太陽のような黄身。それは半熟で、舌の上で容易に溶けてなくなる。

やはり目玉焼きは半熟に限る。完熟派の人は申し訳ない、私は半熟派なのだ。

ゆっくりと流れる朝のひと時。

予定調和。今、この時は遥か昔から定められた不変的事象。

ライ麦トーストにかじりつく。香ばしい香りと柔らかな生地の甘さに舌鼓を打つ。

りんごジュースで口直し。果汁と人工甘味料の甘みに、私の味覚は支配されてしまう。

累積した甘さに耐え難くなった私は、塩気を求め、マカロニサラダを口内へと案内する。

レタスが良いアクセントになっており、シャキシャキとした食感が楽しい。

ローテーション。ローテーション。目玉焼きからトーストへ。ジュースからサラダへ。

私は食べ終わると、ふと目に止まった母の姿に思わず吹き出してしまった。

をかしな話である。

ん廻しが42V型テレビに映し出されている様を、母は真剣に観ていたのだから。
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