スコップ1つで異世界征服

葦元狐雪

文字の大きさ
26 / 75

第26話「脱出の鍵」

しおりを挟む
 パンパカーナとルトは長い長い廊下を、バケツとホウキを持って歩いている。
背筋をまっすぐ伸ばして、足取りは機敏に、しかし表情は柔らかく。
五歩踏み出す毎に他の使用人や甲冑とすれ違うので、その度に足を止めて挨拶をする。
仕方がなかった。これが就労一年に満たない新人の礼儀であり、しきたりだ。

(いい加減、日が暮れちまうぞ)

ルトが細かく口を動かして言う。

(耐えろ。あと表情が硬い)

パンパカーナに嗜められ、ニコッと笑顔を貼り付けるルト。
横目で見ると不自然なほどの笑顔だったので、脇腹を肘で小突いた。

(やりすぎだ、ばか)

ようやく廊下の突き当たりまでたどり着く。
すると道は二つに分かれており、ここでパンパカーナたちは躊躇なく右の道を選択する。
宮殿の右半分だ。一日で宮殿の全貌を暴くことは不可能だと考え、今日は右半分を調査することにした。

(ルト。この先に階段が見えるけれど、上と下どっち?)

(うーん、下! ここはやっぱ、地下室を目指しに行くべきだろ)

(確証はあるの? たとえあったとして、鍵はどうするんだ。錠前くらいはあると思うぞ)

ルトは近くに誰もいないことを確認すると、スカートの前にあるポケットを叩いてみせた。
チャリンチャリンと金属同士がぶつかる音が聞こえる。まさか——

(へへ、さっきの使用人長から拝借させてもらったのさ。手に職はつけておくもんだ)

前方から使用人二人組みが歩いてきたので、立ち止まり、頭を下げる。
そのままの状態でパンパカーナは口許に笑みを浮かべ、ルトに親指を立てて見せ、

(よくやった、ルト!)

と囁いた。

(もっと褒めてくれていいんだぜ? さあ、使用人長が気づく前にさっさと行こう)

意気揚々と囁くルト。
いざ行かんとすると、甲冑がやってきたので、パンパカーナたちは再び頭を下げた。



宮殿は三階建てで、最上階は玉座の間と女王陛下の執務室など、重要な部屋が用意されている。
二階はパンパカーナたち、使用人の部屋が主である。ルームシェア方式で二人一組や、四人一組など組み合わせは多岐にわたるが、各部屋にはベッドはもちろん娯楽、浴室、キッチンが完備してあるので不便さは感じない。

そして二階から階段を降りて、現在は一階。
ここは医務室や客間がある階だが、鍵がかかった部屋が多く、謎が多い場所である。
とりあえず、近くにあった部屋のドアノブを回してみる。

開かない。次、開かない。隣、開かない。その隣、開かない。

(ちくしょう! 全部閉まってんじゃねえか)

どの部屋にも表札のようなものはなく、開けてみなければ何の部屋なのかわからない仕様だ。

(とりあえず、怪しそうなところから鍵で開けてみよう)

(怪しいって、俺に言わせりゃ開かない部屋の全てが怪しいぜ——それに、鍵が多すぎてどれがどれだかわからない)

そう言ってルトはそっと、ポケットから鍵の束を見せる。
パッと見て、百個くらいはあるのではないかと思った。
使用人長はどのように判断しているのかと、理解する範疇を超えていた。

(仕方ない、夜に出直そう)

ルトは肩をすくませて言う。

「夜! もし見つかったらどうするんだ。今は掃除用ぐを——」

ルトがとっさにパンパカーナの口を塞ぐ。

(バカ、声が大きい。聞こえたらどうするんだ)

(ほへんなさい)

(今晩、使用人長が鍵について何か言うはず。そこでいかにシラを切り通すかが問題だ。できるな?)

パンパカーナは無言で二、三回頷き、肯定の意思表示をした。

(よし、あとは晩飯まで適当に掃除するぞ)

解放されたパンパカーナはぷはっと息を吐き出し、

「大丈夫だ、ルト! これでも私は——」

と誇らしげに言いかけたが、

(声が大きいっての!)

「いたいっ」

ルトにゲンコツを喰らって涙目になっていた。
その様子を何人かの使用人に見られていたが、先輩に楯突いたので叱っていたのだというルトの詭弁によって事なきを得た。


$$$


「何もなかったな」

使用人室のひとつであるパンパカーナとルトの部屋。
そこで風呂上がりのストレッチをしながらルトは言う。

「あ......ああ......晩御飯の......時でも......集会でも......な......」

逆立ちをしながら言うパンパカーナは、血が頭に上ってゆでダコのようになっている。

「たぶんあれだな、自分が鍵をなくしたと思って言うに言えないとかさ。まさか、誰かに取られたとは思うまいよ」

「そ......う......だな......でも......油断は......できな......い」

「まあそうだよなあ、何たって夜の屋敷の様子なんか皆目見当もつかないからな——ってか、何やってんだよ」

ルトは未知のものを見るような目でパンパカーナを見る。
関節を曲げて、抑圧されたバネが解放されるように、パンパカーナは宙で一回転すると、音もなく着地した。

「おお......。意外と運動神経いいよな、パンパカーナって」

「そうだろう? しかし、意外とは何だ、見た目も運動神経抜群に見えるだろうに」

そう主張するパンパカーナはお世辞にも「見える」とはいえず、低い身長にネグリジェ姿の彼女はむしろいいところの「お嬢様」に見えて、お花を愛でているのがお似合いだとルトは口には出さないが、そう思っていた。

「それで、動き出す時間だが、深夜一時でどうだろうか」

現在の時刻は午後十時。
準備をする時間も含めて、ちょうど良い時間であるといえる。
パンパカーナは少しムッとした不満感のある顔をして、

「そうだな。くれぐれも足を引っ張るなよ、ルト」

と言った。
ルトはパンパカーナの背後に忍び寄り、抱きついて赤らんだ頬を指で時計回りに円を描く。

「何だよ、何も言ってないだろ〜? 拗ねんなよぉ〜」

「うるさい、離れろ! 気色悪い、あっちいけ!」

逃げ回るパンパカーナをルトが追い回す。
と、部屋のドアがコンコンとノックされた。
瞬時に動きを止めるパンパカーナたち。ドアの向こうにいる人物の動向を探る。

「ちょっと、よろしいですか。パンパカーナ、ルト」

使用人長だ。
緊張が走る。心臓の鼓動が加速し、まるで耳元に心臓があるかのようだ。
それほどまでに鼓動の音が五月蝿かった。煩わしい、静かにしろ、集中させろ。

「なんでしょうか、使用人長」

ドア越しに、ルトが平静を装って言う。
どうする。どうする? どうする?
鍵はかけてある。しかし、開けろと言われれば拒否はできない。
盗んだことがバレたか? それとも、ドアの前で耳をそばだてていて、先の会話を聞かれていたのか?

「あなたたち、ちょっと——」

ゴクリと生唾を飲む二人。
鼓動はさらに加速する。
手に汗が纏わりつく。
口の中はカラカラになる。
無意識に瞬きの回数を制限している——やめろ、口にするな、あのことを喋るな。

「ドタバタと走り回る音が外まで聞こえてきていますよ。もう遅いのですから、いい加減になさい」

唖然とするパンパカーナたち。
ややあって、ようやく言葉を咀嚼し、飲み込む。

「「は、はい。申し訳ございませんでした」」

違った。
鍵の件とは全く関係なかった。
鼓動は徐々に速度を落としていく。

「では、おやすみなさい」

「「おやすみなさい、使用人長」」

少しして、パンパカーナたちはその場にへたり込んだ。
意図せず溜め込んでいた息を吐き出してやる。

「あー、心臓に悪いぜ、あの使用人長。今日、俺を二度目もドキドキさせやがった」

ルトは手をうちわ代わりにして顔を扇ぐ。そして「恋しちゃいそうだ」と言った。

「勘弁してくれ。そっちの気があるのは女王陛下だけでたくさんだ。もしかして、お前も——」

パンパカーナはピンクの絨毯に溶けるようにして倒れながら言う。

「まさか。俺はこう見えて、筋肉質の男が好みなのさ」

「ああ、イメージにぴったりだね」

「なんだか釈然としない物言いだな——まあいいさ。うまくいけば、明日にはここから出られる」

ルトは立ち上がり、パンパカーナに手を差し伸べる。

「ああ。準備は入念にしておかないとな——絶対、ここから一緒に逃げよう。ルト」

ああ、もちろんさ、と言うルトの手を掴み、パンパカーナは体を起こす。

それぞれの目には、決意の炎が揺らめいているようであった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!? 婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。 気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。 美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。 けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。 食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉! 「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」 港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。 気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。 ――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談) *AIと一緒に書いています*

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

エレンディア王国記

火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、 「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。 導かれるように辿り着いたのは、 魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。 王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り―― だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。 「なんとかなるさ。生きてればな」 手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。 教師として、王子として、そして何者かとして。 これは、“教える者”が世界を変えていく物語。

処理中です...