スコップ1つで異世界征服

葦元狐雪

文字の大きさ
25 / 75

第25話「囚われのバガボンド」

しおりを挟む
 パンパカーナは瞼をゆっくりと持ち上げると、華々しく彩られた天井としばらく見つめ合った。
自身の肩と胸のあたりを慎重に撫でる。
しかし、予想していた感触とは異なり、違和感なく指は柔肌を滑っていく。

かけ布団をガバッと剥がし、目視で射抜かれたであろう場所を確認する。
何もなかった。
何事もなかったように、跡形もなく、傷は消え失せていた。

それに、服装は純白のネグリジェになっていることに気がつく。
パンパカーナは眉をひそめて考える。
誰が、いったいどうやってここへ連れてきたのか——
——あの女は倒したのか、戸賀勇希は無事なのか、そもそもここはどこなのか......。

と、コンコンとノックの音。
ドアノブがぐるりと回転し、豪奢な扉が静かに開かれる。
そこから顔を覗かせた若い女性はこちらを見ると目を丸くしたと思いきや、すぐににっこりと微笑み、パンパカーナに歩み寄りながら労りの言葉をかける。

「お体に異常はございませんか? どこか、痛みなどは?」

「いや、大丈夫だ。問題無い——あの、ここは」

パンパカーナは恐縮気味に答える。
メイド服のようなものを着た女性は笑顔のまま、

「よかった。ここはシーボ国宮殿・医務室でございます。ちなみに私、レベッカ女王陛下に仕えさせていただいている使用人でございます」

「以後、お見知りおきを」、と言って軽く頭を下げた。

「あ、ああ。よろしく。傷の手当ても、あなたが?」

女性はふるふると頭を左右に振って否定する。

「いえ、あなたはレベッカ女王陛下直々に治療していただいたのですよ」

「そうだったのか、それは名誉なことだ。あとでお礼に参らねばならないな——ところで」

「はい、なんですか?」

「私の着ていた服などはどこにあるのか、知っているだろうか」

「申し訳ございません。随分と汚れていたようですので、まこと勝手ながら処分させていただきました。それに、ここではあのようなモノはふさわしくありませんので」

女性は声色、顔色一つ変えず淡々と一定のリズムで言う。
パンパカーナは少し残念そうな表情になる。

「まあ、私の血でも染み付いていたのだろう。仕方ない。この服はいつか返すから」

女性は笑顔のまま、

「返さなくても結構ですよ」

と、間髪入れずに言った。
思わず言葉に詰まるパンパカーナ。

「で、では——外へ案内してくれないだろうか」

「どうしてですか?」

女性は依然として表情を崩さない。

「なぜって、仲間を外に待たせているのだ。安否も気になる」

「なりません。私用での外出許可は基本的に禁じられています」

「——っ! 待て、それではまるで——」

「はい。あなたは本日付でレベッカ女王陛下の使用人として、ここで半永久的に勤めて頂くことになりました」

「馬鹿な」

コンコンと再びノックする音。
今度は先ほどよりも若い声がした。

「レベッカ女王陛下がおみえになりました」

すると、バラのようなドレスを身に纏った豪奢な女性が現れた。
オレンジ色の髪とパッチリとした大きな目。
それに、他者の目を引くほど大きな胸。
窓から射す光を背に立つその姿は趣があり、神秘的に思える。

「大丈夫かしら?」

レベッカの放った一言。
それはまるで優しく抱かれているかのような安らぎを感じさせ、パンパカーナは不思議な感覚にたじろぐ。

「大丈夫です、女王殿下。あの、わざわざ傷を治していただいてありがとうございました」

ダブルベッドから降り、深々と頭を垂れるパンパカーナ。
最初に入ってきた女性の頬がピクリと痙攣した。

「礼には及ばないわ。顔を上げなさい」

レベッカはツカツカとパンパカーナに歩み寄ると、顎を人差し指に乗せて、

「あなた、やっぱり可愛いわね」

と、恍惚とした表情で言った。

「な......」

パンパカーナはさらにたじろいだ。
背筋に氷が張り付く思いだったが、抵抗することはできなかった。

「フフ。あなたたち、彼女にあれを着せてあげなさい」

「はい、承知いたしました。レベッカ女王陛下」

パンパカーナは力なく、ぺたんと赤いカーペットに膝をつく。

「そうだわ。あなた、名前はなんというのかしら」

去り際、レベッカは流し目で言った。

「ちっ......パンパカーナ・パスティージュ・パンナコッタだ。女王陛下」

レベッカは口許を緩めると、ドレスを翻して去っていった。

「さあ、パンパカーナ。この服に着替えてもらいますよ」

メイド服のようなものが、パンパカーナの前に差し出されていた。



$$$



「相変わらず、この服には慣れん......」

パンパカーナはフリルが装飾されたスカートをヒラヒラと、大げさに広げて見せる。

「まあそう言わんなさんな。可愛いし、似合ってるぜ?」

パンパカーナの隣で手を口許にやり、からかうように言う赤髪の少女。

「冷やかすな」

「おっと、おいでなすったぜ」

白色の巨大な扉が開かれ、二人の使用人を背後に引き連れてレベッカ・トラヴォルジェンテ・イモルタリータが現れた。
中央に敷かれた長い長いレッドカーペットを挟んで、その両端には使用人達がずらりと並んでいる。
言わずもがな、それらはすべて若く、美しい女性であった。
そして、レベッカの姿が完全に現れた時、皆、一斉に腰を折り、頭を垂れる。

悠然とした足取りで玉座に向かうレベッカ。
使用人達、一人一人を慈しむように見ながら歩く。
パンパカーナの前にスラリと伸びた艶かしく、美しい脚がやってくる。
その時だけ、時間の流れがやたらと遅く感じたのは気のせいだっただろうか。
その視線が性的ないやらしさを内包したものでないことを祈るばかりのパンパカーナであった。

ようやく濃密な時間が終わり、玉座に至ったレベッカはゆっくりと腰を掛ける。
それを皮切りに、頭を垂れていた使用人達は統率された、機敏な動作で玉座に正面を向ける。
集団の中で一呼吸遅れていたパンパカーナは、隣でクスリと笑う赤毛の脇腹を肘で小突いた。

レベッカの左脇に立つ眼鏡をした女性が、咳払いを一つする。
ややあって、レベッカが言葉を発する。

「我が愛しき娘達よ、本日も我のため、よく働き、よく尽くしなさい」

使用人達は再び頭を垂れ、

「「「はいっ! レベッカ・トラヴォルジェンテ・イモルタリータ女王陛下!!」」」

と、盛大に言った。
狂気だ。
パンパカーナはそう思った。
聞けば皆ほとんどの者が、自ら志願して女王に従事しているわけではない。
ならば何故、不平不満を言う者がいないのだろうか。脱走をしたという報告すら聞かない、おかしい。
パンパカーナは下唇を血が滲む寸前まで噛み締めた。


$$$


「パンパカーナァ。もう五日目だし、そろそろ慣れたかい?」

赤髪の少女は、壁に体を預けて腕を組んでいる。

「まあそりゃあね。この服も家族みたいなものよ、ルト」

フリルのスカートをヒラヒラと揺らすパンパカーナ。

「はは、家族、ね。家族かぁ......」

遠い目をして天井を仰ぎ見るルト。
パンパカーナはハッとして、

「すまない! 失言だった」

と、言って頭を下げた。

「いや、気にしてないさ。ただ、元気にやってるのかねぇ、と思ってさ」

「ルトも無理やり連れてこられたのだったな」

「この国で盗みなんてしたのが運の尽きさ。あの時は腹が減ってて金もなくてさあ——」

ルトは、旅の途中に屋台街で食べ物を盗んで逃げた途中、レベッカに仕える衛兵に捉えられて連行されたことを話した。

「そんで今では食い物に困らなくなったけどさ、ちょっと......窮屈だよねぇ」

そう言うとルナは、出窓から景色を覗き込んだ。
様々な形にデザインされた庭木があちらこちらに散らばっている。
噴水にカラフルな小鳥たちが集っているなか、微動だにしない甲冑が不気味であり、ある種の趣を感じさせるようでもあった。

「なあ。パンパカーナはここから出たい、とか思わないの?」

耳打ちをするルト。

「無理よ。誰にも見つからずに脱出するなんて。それに、宮殿内と外は衛兵だらけだ。すぐに捕まってしまう」

それに合わせて、声をひそめて言うパンパカーナ。
と、すぐ近くに使用人長が通りがかったため、とっさに顔を伏せて黙る。
使用人長は彼女たちを一瞥すると、何も言わずに立ち去って行った。

「あっぶなかったぁ! ドキドキしたぜ、ちくしょう」

「ほら、ここは油断も隙もないんだから」

パンパカーナがふーっとため息を吐く。

「せめて、武器がありゃまだマシなんだけどなぁ......」

「そうね......」

ルナとパンパカーナは、目の前にあるバラのような可憐な植物の油絵を見つめる。
静寂がしばし続く。
ややあって、ルトが指をパチンとならして、

「そうだ! 探しに行こうぜ、武器! 俺たちの荷物もどっかにあるかも?」

「うーん、期待はできないな。捨てられている可能性が高い」

魂の神器も。と思うパンパカーナ。
どうせここから出られないのだから、必要のないものだったが。

「いいじゃん、行こうぜ? 荷物が見つからなくても、何かあるかもしれない」

「何かって?」

「地下通路の鍵、とか?」

ルトの瞳が、キラリと光った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...