スコップ1つで異世界征服

葦元狐雪

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第55話「漆黒の鎧」

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 強い風が吹いていた。
 少女たちは睨み合う。杖を構えるパンパカーナと、無防備に両手を下げてただ見つめている運転手だ。
 間歇的に吹く強弱を伴った悪戯な風は、パンパカーナの洋紅色のフードを取り払った。金色の髪の全貌が露わになる。だが、視線は外さない。狼狽えなかった。
 同時に、運転手の小さなマントが軍旗みたく翻った。飛んでいる。垂直にはためく様を見て、そう思った。見比べてみると、パンパカーナよりも小さい。パンパカーナが約百五十八センチなので、随分と背が低い。色とりどりの髪の束を貼り付けている。風に煽られ、束が持ち上がると、隠れた額が顔を見せた。そこには薄藤色の紋章があった。
 息がつまるほどの沈黙。静寂を破り、まず口を開いたのは、パンパカーナだった。

「私を憶えているか」

「......ノー」

 運転手は臆面なく答える。いいえ。違います。わかりません。ではなく、彼女は『NO』といった。英語でいったのだ。この世界に送還された時点で、言語の隔たりは自動的に解決されているようだったが、しかし、元々モンドモルトにいる民が、わざわざ外来語を用いるだろうか。現実世界から輸入され、勇者たちの手によって既に普遍化されていたと仮定するなら納得がいく。
 俺は運転手に対し、懐疑の念を抱きはじめていた。些細なことだが、可能性は大いにあった。小さな違和感。それが心の湖に一石を投じた。波紋は広がり、疑念の波はより強くなった。

「本当に、憶えていないのか」

 パンパカーナの声音は熱を帯びはじめる。

「......イエス」

 対照的に落ち着いた声音だった。運転手の顔には焦燥の影すら伺えない。

「バンダの酒場へ行っただろう」

「......バンダ」

「お前は白いフードをした女性と酒を酌み交わし、あるものを少額の金銭と引き換えに手に入れたはず」

「......あ」

「バレッタの杖。私の魂の神器だ。それを、返していただきたい」

「......ない。売った」

「貴様!」

 感情の急激な上昇。矢庭に放たれる紅蓮の弾丸。突発的に引き金を引いたのだ。螺旋状に回転しつつ、ターゲットの左胸部を狙う。

「殺すつもりか」

 俺は怒声を放った。パンパカーナがはっと我に返ったような顔をした。冷や汗が垂れる。着弾した。しかし、漆黒の鎧に阻まれ、炎は花のように散った。

「......」

 うなじの部分から、虹色の一本の髪束が垂れ下がっている鎧兜の顔には、斜めに斬撃を受けたように空いた穴があった。暗いので中はよく見えない。背丈は少し大きくなっただろうか。強堅な鎧が彼女を大きく見せていた。鋭利な刃物のような装飾が肩や背などに見られる。感触を確かめるように手を握っては解くを繰り返している。

「その姿......。まさかっ」

 運転手は拳を固めて構えた。草地に足が食い込み、土を掻き出す。駆けた。

(トガさん!)

 ラルエシミラが叫んだ。わかっている。止めなければ。

「穿孔・改の剣——第二の刃・端敵(はがたき)」

 俺は刃の切っ先をパンパカーナの方へ向けると、鍵を回すように捻った。地面を割り、彼女の眼の前に泥の人形が出現する。両手を広げ、庇う格好になる。
 それを運転手は鎧を纏った拳で勢い良く殴りつけた。フック気味に放たれた強烈なパンチは、いともたやすく人形の首を断った。頭が遥か遠くへ飛んでいく。泥人形は崩れた。

「そいつから離れろ! パンパカーナ」

 剣を振るう。鎧の腕が受け止める。火花が散り、金属同士の衝突する音がした。両者引かぬ鍔迫り合い。俺はガラ空きの腹部へ蹴りを入れる。後方へ飛んだ。運転手はハンドスプリングをするように回転し、空中で体を四回転捻って着地した。鎧のガチャリという重い音がする。彼女は既に拳を構えて立っていた。

「強いな」

「......」

 返事はない。篭った息遣いだけが聞こえてくる。
 魂の神器だ。着弾する寸前に運転手を鎧が覆いつくした。その現象と凄まじい力は、魂の神器でしかなし得ないことだった。彼女の精錬された動き。扱いに慣れているようだ。何者だ。真相を確かめるべく、無力化を図る。少々手荒になってしまうが、致し方ないこだと割り切って挑む。

(無理しないでくださいね。私の技はまだ第二までしか使えませんから)

 剣を担ぐ。ラルエシミラのいう通り、現状、未だ会得するに至っていない。技量が未熟であるからだ。鍛錬と経験を積むしかない。

「了解」

「戸賀勇希」

 パンパカーナが駆け寄る。スナイパーライフルを模した杖を構えていった。

「あいつが私のアルマ・アニマの片割れを持っていた」

「持っていた?」

「どこぞへ売り飛ばしたらしい」

 パンパカーナは悔しげに歯ぎしりした。

「じゃあ、どこへ売ったのか白状させないとな」

 俺は剣を地面に突き刺していった。

「ああ。私は支援射撃をする。バイザーや関節部を狙うから。崩れた隙を突け」

「相解った!」(相わかりました!)

 それを皮切りに、運転手が滑るように間合いを詰めてきた。炎の銃弾が二、三発。当たっては弾かれる。突如、地中に大穴が空く。巨大な落とし穴だ。タイミングを見計らい、運転手がそこへたどり着くのを待っていた。
 彼女は奈落の底へ落ちていく。ちょっとやそっとでは這い上がれないように深く設計したのだ。魂の神器使いだ。死ぬことはあるまい。

「さて。ゆっくり話でも聞こうか」

 俺は穴を覗きこんだ。姿が見えない。深く掘りすぎたのだろうか。それにしても、鎧の擦れる音一つ聞こえないとは。不気味な——

「灼熱魔弾(アルスーラ)!!」

 背後でパンパカーナの声がした。凄まじい熱気を背中に感じた。振り向く。運転手の拳を躱しながら、パンパカーナが軽やかに跳び回っていた。

「馬鹿な」

(トガさん! あそこを)

 想像で指を差すラルエシミラ。その方を見やると、人一人が通れるほどの穴があった。あいつ。地中を掻き分けてきたのか。なんというパワーだ。
 このままパンパカーナに相手をさせるのはキツいだろう。実力は未知数。疾風怒濤のインファイター。ここは退くべきだろうか。体を動かしながら考える。

「こっちを向け!」

 俺は吠えた。兜がこちらを向く。そうだ。こっちへ来い。相手をしてやる。

「穿孔・改の剣——第三の刃」

(——っ! まだ早い!)

 俺はラルエシミラの制止を振り切り、あのときを思い出しながら、見よう見まねで居合いの構えをとった。

「馬簾」

 一本の太い糸が地面から飛び出してきた。不規則な動きで乱舞している。運転手はそれに気づくと、立ち止まり、腕をクロスさせて、ガードの体制に入る。ムチのようにしなる具現化した斬撃の束は、彼女の脇腹を打った。体がくの字になり、吹き飛ばされる。地面にバウンドする度に土を抉った。やがて、肩がめり込む形で沈黙した。数十メートル先まで吹き飛んでいた。

「追いかけるぞ」

 いうと、パンパカーナは運転手を見据えたまま、小さく頷いた。ラルエシミラが、あれは軽率で危険な行動だと憤慨していたので、想像で謝った。
 いつ起き上がり、反撃に転じてくるかわからないため、武器を構えながらゆっくりと近寄った。
 黒い鎧は消えていた。運転手は眠るように横たわっていた。息はある。気を失っているだけのようだ。

「どうしようか」

 俺はパンパカーナに処遇を問う。

「とりあえず、縛ろう」

 剣で地面を穿ち、炭素で出来た手枷足枷を嵌めた。念のため、地中に下半身を埋めておいた。
 俺たちは運転手が目を覚ます間、幾つか質問したいことをリストアップした。

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