スコップ1つで異世界征服

葦元狐雪

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第61話「もう一人の異世界征服者」

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 公園にはブランコやシーソー、砂場、鉄棒、雲梯、広場があった。広場はフットサル程度ならできそうなくらいの広さだった。
そこに小学生ほどの男の子が三人いた。彼らは何かを取り囲んで、それを見たり、つついたりしていた。

 ラルエシミラはその様子を公園の入り口に立って眺めていた。
戸賀勇希の深層意識にようやく入り込むことができたのだ。
これまで幾度となく侵入を試みたが、大小様々な塵芥の記憶たちによってこの記憶は巧妙に隠蔽されており、探索は難航を極めていた。

そんなとき、彼の精神に多大な負荷がかかったことで扉を開くひとつ目のキーとなる『戸賀勇希のトラウマの片鱗』が現れたことはまさに僥倖だった。
容赦なくトラウマに爪を立て、ほとばしる黒い奔流に抗いながら、ラルエシミラはとうとう彼のルーツへとたどり着いたのだ。

 それがこの情景だった。西日が差していた。空にはルネ・マグリットが描いたような空をバックに巨大な月が燦然と輝いていた。
 ラルエシミラは少年たちに気付かれぬよう、そっと背後に忍び寄った。黒髪でキャラ物のシャツを着た男の子がスコップを握りしめ、茶髪の子と、陰毛のような髪の子は膝を抱えて何かを見ていた。

 覗き込んでみる。思わず口を手で押さえた。
 鳥だ。
 血まみれのツバメが虫の息だ。羽はツバメ自身の血液で固まり、羽を動かせないでいるようだ。
つぶらな目を細め、短い舌をだらんと垂らした黒い口からは弱々しい鳴き声が漏れていた。

「これから手術を開始しますっ!」

 スコップを持った子が意気揚々といった。外科医になりきっている。このスコップはメスだ。そして、お前たちは助手だ。助手は同時にコクリと頷いた。メスの先端が赤いまだら模様の腹にあてがわれる。 
 執刀開始——。
 刺した瞬間、ツバメは大きな声で鳴いたが、また弱々しい声に戻った。鳥もも肉に包丁を入れるような生々しい感触に手が震えている。僕が助けるんだ。僕が命を救ってみせる。きっと、元気に飛び立てるはずさ。なんたって、僕はスーパードクター戸賀勇希なのだから。

「汗!」

 陰毛がハンカチでドクター戸賀の額をそっと優しく拭いた。僕はスーパードクターの右腕だと自負しているような面持ちだった。
 赤黒い液体がドロっと零れ出てきた。そのまま引裂いて行くと、臓物が飛び出してきた。

「ドクター! これは、なんでしょうかっ」

 と陰毛がいった。使命感に満ちた熱い眼差しだった。

「これは、悪いものです。患者を苦しめていたのは、これが原因なのです。すぐに”てきしゅつしょち”に入ります」

 そういうと、神妙な面構えでスコップを抜き、砂にまみれた内臓をすくい上げた。

「手術は......成功しました......」

 長い息を吐く。透明のマスクと透明の手術帽子を脱ぎ、達成感に身を浸しながら空を仰ぎ見る。

「おめでとうございます」

 陰毛が拍手をしながらいった。

「これで、患者は元気です。はい、もう退院です。飛べるはずです」

 スコップの先でツバメの体をつつく。ぐったりとしたツバメはもう動かなかった。目と口と腹を開けたまま死んでいた。

「え......。なんで? なんで? 飛べ......飛べよ! 手術は成功しました! 手術は成功しました!」

 何度もつついた。しかし、動かない。死んだツバメは動かないのだ。
不安げに眉を八の字にしている陰毛は、絶対的信頼を寄せるスーパードクターの顔色を伺うとともに、幼い彼の心にはドクターに対する疑心が芽生えつつあった。
 ツバメは転がり、砂が天ぷらの衣のように纏わりついた。

「もう、僕帰る!」

 一部始終をずっと見ていた茶髪が立ち上がりいった。瞳は潤んでいた。下唇をかみしめていた。

「違う! 違う! 成功したはずだって! だから動くまで待ってってば」

「僕もう嫌だ! ゆうきくんがツバメ殺したこと、お母さんに言いつけるから」

 茶髪の唐突な脅迫に戸賀は憮然としていう。

「は? 意味わからないし。ってかなんでなんで? ダメに決まってるじゃん」

「......言うから。絶対にいうからっ」

 茶髪は背を向けて走り出した。戸賀も「おい! 待て」といって追いかけた。
パッパとランニングシューズが砂地を踏む音がこだまする。赤いブランコの間を通り抜け、入り口へと向かう。

「やーめーて! やーめーて! やーめーて!」

 戸賀は半泣きで叫びながら追いかける。しかし、茶髪は何もいわずに走り去る。

「あ」

 立ちつくしていた陰毛が指をさした。ラルエシミラもその方に視線を向けると、同じく「あ」と呟いた。

「トラック」

 茶髪は宙を舞っていた。捻れた身体はくたばったブレスアップフィギュアのようになっていた。
血を広範囲に撒き散らして、彼はアスファルトの上に叩きつけられた。

 トラックが路肩に止まった。ハザードランプも点けずに顔面蒼白の運転手が飛び出してきた。人の形を諦めた茶髪に駆け寄ると「誰か! AEDをお願いします」と反復していた。
 運転手は公園の入り口でへたり込んでいる戸賀に視線を向け、

「君......君が原因か。君が、この子を殺したんだよね? そうなんだよね?」

 と震えた声で懇願するようにいった。責任は私にない。こいつが悪いんだ。という意思を含ませながら。

「お母さん......。そうだ、君のお母さんを呼んでくれるかな? ねえ? 聞いてるかな? おい......! 聞いているのかっていってんだよ!!」

 絶叫。空間が歪み、遊具が轟音を立てて崩れはじめた。激しい揺れが起こった。月が粉々に砕かれた。破片が流星のように降り注ぎ、家々を破壊していく。
 ラルエシミラはしゃがみ込み、この空間からどうやって脱出しようかと謀りを巡らせていた。隣にいたはずの陰毛の子は溶けて消えていた。

「なるほど。どうして彼に最も適合するのがスコップなのかと思っていたら、こんな因縁があったのですね」

 ラルエシミラは顎に手を添えていった。月の欠片が眼前に落ちてきた。
砂ぼこりが舞い、ラルエシミラを吹き飛ばす。
受け身を取り、体勢を立て直した。このままではこの世界に閉じ込められ、トラウマの一部になり果ててしまうだろう。

 考えた結果、ラルエシミラは戸賀勇気の体を乗っ取ることに決めた。
勇者を殲滅し、禁忌の剣である『閃光・改の剣』の片割れ『暗黒・壊滅の剣』を手に入れ、この世界を手中に収めること。それが彼女の目的である。

 ラルエシミラは現実世界とモンドモルトの間『アンダーグラウンド』で黒いラルエシミラとの戦闘で負った傷を癒していた。
日々の生活に退屈を感じていた。なんとかして目的を成し遂げたい。となると、モンドモルトを支配している魔王が邪魔である。
そこで、現実世界から人間を連れ去り、虚偽の契約を交わし、勇者に仕立て上げた人間を派遣した。

だが、今度は勇者たちが魔王の代わりに世界を統治してしまった。
すると、勇者が邪魔になる。さすがに一人では分が悪いだろう。
そこでラルエシミラは与し易そうな戸賀勇気を最後の勇者として、己とともにこの世界へ送り込んだ。
計画は逐次上手く進んでいった。最初に短冊にされたのは敢えてそうしたのだ。そうした方が楽しめるでしょう。と思ったからだ。

それに確信があった。彼奴らも同じように、この世界をアンニュイ飽和に感じていると。ここで戸賀勇気を殺すはずがないと。翫(もてあそ)び、楽しむだろうと。
たまに協力してやろう。彼が危殆に瀕した場合は助けてやろう。美味しいところだけを戴いてやろう。
知識や力を与えることに関して何ら抵抗はなかった。むしろ、願ってもいないことだった。

さらなる力を身につけることができるのだから、それは歓迎し享受すべきことだろう。
もはや私に敵はない。遅かれ早かれこの体も乗っ取るつもりでいた。
ならば、これを機に計画の階段を一気に駆け上がってしまおう。
戸賀勇気と過ごした日々はなかなかに楽しかった。少し名残惜しい気もするが、まあ、いいだろう。

 ラルエシミラはスコップをスリットの中から取り出した。
 戸賀勇気から生まれし二つ目の魂の神器——。
 念のため、朱印玉を二つ飲ませておいて正解だった。これが扉を開くための二つ目のキーだ。

「トガさん。いままでありがとうございました。体、もらいますね」

 といって、ラルエシミラはスコップを地面に突き刺し引き抜いた。
 世界はしんと静まりかえり、一拍おいて、目下にある穴から血の噴水が奔出する。
それを浴びたラルエシミラの体は何倍にも膨れ上がり、空を目指して高く高く成長していく。

眼下にはミニチュアサイズになった街並みが広がっていた。
大気圏を突き抜けると一筋の光が頭上に見えた。
ラルエシミラは、その光に吸い込まれていくようにして、身を投じた——。

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