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第62話「無頼」
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路地はたいへん入り組んでおり、ここら一帯の地図を精緻に記憶していなければ、まず間違いなく迷うだろう。
そんな路地では少女、与太者、侍が追いかけっこをしていた。
水茶屋を過ると、キセルをくわえたまま、腕や足を大きく振り、草履の軽々しい音を立てながら走っている、与太者となじられても文句は言えないような男が少女にいった。
「あ、あのさあ」
「なに」
童話に登場する赤ずきんのような風貌をしたパンパカーナはそっけなくいった。
「なんでワシらは必死こいて逃げとるんかいのう」
「何をいっているの? 貴様が逃げろといったんだろう!」
パンパカーナは憮然としていった。
「そこ右」
男がいう。十字路を右に曲がると、直線的な道が二百メートル先まで続いていた。
肩越しに後ろを振り向くと、サングラスをかけた、死に際に「I'll be back」などと言いそうな、継裃を着た男が追いかけてきていた。
男は前方に向き直った。
「だってよお、本当に追いかけてくるとは思うてなかったんじゃ」
「——っ! 適当だったのか!」
「ちょっとした遊びのつもりだったんよ......。そしたら、なんでかしらんが本当に追いかけてきよったけえ、ぶちたまげたわ! ははは」
「笑っている場合か!」
「まあ、そう怒鳴りんさんなや。何事も笑顔じゃ。笑顔が運を引き寄せる。いっつも眉間にしわ寄せてはぶてたような顔しとる奴に勝負の女神さんは微笑んでくれんけえのう」
「左な」と男がいうと、パンパカーナたちは角から人が飛び出してくる可能性を考慮せず、勢いよく曲がった。
「しっかし、まあ、お前さん。なんで追いかけられとるんなら? 何かやらかしたんけ」
「知らん! この国では何もしていない」
「あん? 『この国では』ってのはどういうことじゃ」
男が訝しげにいう。
ああ、しまった。口を滑らせた。とパンパカーナは思った。舌打ちをした。
「なんでもない! それより、あいつは何者なの」
「あれはたしか姫さんとこの使いだったかのう。『花の五人衆』とか呼ばれちょる」
腕を組み、思い出すように男はいった。
「姫? 十二単牡丹のことか」
とパンパカーナは訊ねる。
「そうじゃ。もしかして、姫さんに喧嘩でもふっかけたんか」
「だから、私は何もしていないんだ! それに、今日はその姫に会いに行く予定だった」
「だった?」
今度は男が訊ねた。道を右に曲がった。
「......ちょっと、あってな」
パンパカーナは思いつめたような暗い表情で答えた。
心がズキンと痛み、刺股で心臓を押さえつけられているような圧迫感が胸を支配している。
男はそんな彼女を横目で見やると、
「ふーん。ま、何があったかとか、根堀り葉掘り聞くような野暮な真似はせんけどよ——」
といい、パンパカーナの背中を力いっぱい平手で叩いた。
「いたいっ!」
パンパカーナは腰を反らせて飛び上がった。その後、男を睨み付けた。
「何をする!」
「そがいにしけた顔すんなや。言ったばっかりじゃろうが。お前さんは笑わんからいかんのじゃ。大いに笑え! どんな状況も楽しめ! そういう奴が運を引き寄せる」
「妄言も甚だしい! 根拠がない。実例でもあるのか」
「あののお。何でも根拠根拠いうとったらのお、頭固くなるで? 人はすぐそうやってやれ論拠だやれ理屈だなんだと求めようとするが、それじゃあ凝り固まった思想に囚われてしまって、柔軟な考え方ができなくなるわな。経験則に従うのは利口なこったが、それを確実であると必ずしもいえるわけではないじゃろうて。特に博打では、な」
男は歯を見せながら笑っていった。パンパカーナはムッとして、
「博打なんか、堕落した人間がやることだ」
と唾棄するようにいった。道を左に曲がる。
「そうかいのお。ワシからしたら人生なんてある種博打みたいなもんじゃと思うが。ほら、人生は勝負の連続で、先のことなんてわからないままに、皆、自身が正しいと思う道を迷いながら選択して生きとるじゃろ。博打も同じ。ときに勝ち、ときに負ける——、その繰り返し。そう考えたら、生きとるやつらは皆やくざやな」
男はそういうと、愉快そうに笑った。
「また妄言を......」
パンパカーナは短いため息をひとつ吐いた。
背後からはまだ走る音がする。タフなやつだ。
「ワシは、己の信念に従って生きとるだけじゃけえ」
と男はいった。
「信念?」
「人生を楽しむこと。笑う、楽しむ、受け入れる。悪い過去と手を切り、未来を目指して今を一所懸命に生きる。それがワシの信念じゃ」
「ふん。ご立派な信念だこと。よくもまあ、ここまで生きてこられたもんだな」
パンパカーナは嘲笑気味にいった。
「ま、ワシという存在、それがワシの信念が世に通じるという証明になる」
「論拠を言っているじゃないか」
「論拠じゃねえ。事実だ」
「はあ......」
パンパカーナはなんだか急に馬鹿ばかしくなって、話すことをやめた。
と、向こうにある民家の瓦屋根の上に人が降り立ったのが見えた。
なんだろう。既視感がある、あの虹色の髪。小さいマントとギンガムチェックのミニスカート......。
「おいおい、あんなところに人がおるで。何をしよるんかいのお」
男が驚いた風な声でいった。その方を見ていた。
「あいつだ......。逃げ出してきたんだ」
パンパカーナも見据えていう。その姿との距離がだんだん近くなる。
「あいつ?」
男がそういったところで、パンパカーナが急ブレーキをかけて止まる。
慌てた様子で男も立ち止まった。前のめりになり、転びそうになる。
背後にいたサングラスの男は、パンパカーナたちが立ち止まったことを視認すると、ゆっくりと近づいてきた。
「魔女だ」
とパンパカーナはいった。
魔女は無表情のまま、パンパカーナを指さして
「......見つけた」
といった。
瞬間。運転手であり、魔女である少女の体は漆黒の鎧に包まれた。
そんな路地では少女、与太者、侍が追いかけっこをしていた。
水茶屋を過ると、キセルをくわえたまま、腕や足を大きく振り、草履の軽々しい音を立てながら走っている、与太者となじられても文句は言えないような男が少女にいった。
「あ、あのさあ」
「なに」
童話に登場する赤ずきんのような風貌をしたパンパカーナはそっけなくいった。
「なんでワシらは必死こいて逃げとるんかいのう」
「何をいっているの? 貴様が逃げろといったんだろう!」
パンパカーナは憮然としていった。
「そこ右」
男がいう。十字路を右に曲がると、直線的な道が二百メートル先まで続いていた。
肩越しに後ろを振り向くと、サングラスをかけた、死に際に「I'll be back」などと言いそうな、継裃を着た男が追いかけてきていた。
男は前方に向き直った。
「だってよお、本当に追いかけてくるとは思うてなかったんじゃ」
「——っ! 適当だったのか!」
「ちょっとした遊びのつもりだったんよ......。そしたら、なんでかしらんが本当に追いかけてきよったけえ、ぶちたまげたわ! ははは」
「笑っている場合か!」
「まあ、そう怒鳴りんさんなや。何事も笑顔じゃ。笑顔が運を引き寄せる。いっつも眉間にしわ寄せてはぶてたような顔しとる奴に勝負の女神さんは微笑んでくれんけえのう」
「左な」と男がいうと、パンパカーナたちは角から人が飛び出してくる可能性を考慮せず、勢いよく曲がった。
「しっかし、まあ、お前さん。なんで追いかけられとるんなら? 何かやらかしたんけ」
「知らん! この国では何もしていない」
「あん? 『この国では』ってのはどういうことじゃ」
男が訝しげにいう。
ああ、しまった。口を滑らせた。とパンパカーナは思った。舌打ちをした。
「なんでもない! それより、あいつは何者なの」
「あれはたしか姫さんとこの使いだったかのう。『花の五人衆』とか呼ばれちょる」
腕を組み、思い出すように男はいった。
「姫? 十二単牡丹のことか」
とパンパカーナは訊ねる。
「そうじゃ。もしかして、姫さんに喧嘩でもふっかけたんか」
「だから、私は何もしていないんだ! それに、今日はその姫に会いに行く予定だった」
「だった?」
今度は男が訊ねた。道を右に曲がった。
「......ちょっと、あってな」
パンパカーナは思いつめたような暗い表情で答えた。
心がズキンと痛み、刺股で心臓を押さえつけられているような圧迫感が胸を支配している。
男はそんな彼女を横目で見やると、
「ふーん。ま、何があったかとか、根堀り葉掘り聞くような野暮な真似はせんけどよ——」
といい、パンパカーナの背中を力いっぱい平手で叩いた。
「いたいっ!」
パンパカーナは腰を反らせて飛び上がった。その後、男を睨み付けた。
「何をする!」
「そがいにしけた顔すんなや。言ったばっかりじゃろうが。お前さんは笑わんからいかんのじゃ。大いに笑え! どんな状況も楽しめ! そういう奴が運を引き寄せる」
「妄言も甚だしい! 根拠がない。実例でもあるのか」
「あののお。何でも根拠根拠いうとったらのお、頭固くなるで? 人はすぐそうやってやれ論拠だやれ理屈だなんだと求めようとするが、それじゃあ凝り固まった思想に囚われてしまって、柔軟な考え方ができなくなるわな。経験則に従うのは利口なこったが、それを確実であると必ずしもいえるわけではないじゃろうて。特に博打では、な」
男は歯を見せながら笑っていった。パンパカーナはムッとして、
「博打なんか、堕落した人間がやることだ」
と唾棄するようにいった。道を左に曲がる。
「そうかいのお。ワシからしたら人生なんてある種博打みたいなもんじゃと思うが。ほら、人生は勝負の連続で、先のことなんてわからないままに、皆、自身が正しいと思う道を迷いながら選択して生きとるじゃろ。博打も同じ。ときに勝ち、ときに負ける——、その繰り返し。そう考えたら、生きとるやつらは皆やくざやな」
男はそういうと、愉快そうに笑った。
「また妄言を......」
パンパカーナは短いため息をひとつ吐いた。
背後からはまだ走る音がする。タフなやつだ。
「ワシは、己の信念に従って生きとるだけじゃけえ」
と男はいった。
「信念?」
「人生を楽しむこと。笑う、楽しむ、受け入れる。悪い過去と手を切り、未来を目指して今を一所懸命に生きる。それがワシの信念じゃ」
「ふん。ご立派な信念だこと。よくもまあ、ここまで生きてこられたもんだな」
パンパカーナは嘲笑気味にいった。
「ま、ワシという存在、それがワシの信念が世に通じるという証明になる」
「論拠を言っているじゃないか」
「論拠じゃねえ。事実だ」
「はあ......」
パンパカーナはなんだか急に馬鹿ばかしくなって、話すことをやめた。
と、向こうにある民家の瓦屋根の上に人が降り立ったのが見えた。
なんだろう。既視感がある、あの虹色の髪。小さいマントとギンガムチェックのミニスカート......。
「おいおい、あんなところに人がおるで。何をしよるんかいのお」
男が驚いた風な声でいった。その方を見ていた。
「あいつだ......。逃げ出してきたんだ」
パンパカーナも見据えていう。その姿との距離がだんだん近くなる。
「あいつ?」
男がそういったところで、パンパカーナが急ブレーキをかけて止まる。
慌てた様子で男も立ち止まった。前のめりになり、転びそうになる。
背後にいたサングラスの男は、パンパカーナたちが立ち止まったことを視認すると、ゆっくりと近づいてきた。
「魔女だ」
とパンパカーナはいった。
魔女は無表情のまま、パンパカーナを指さして
「......見つけた」
といった。
瞬間。運転手であり、魔女である少女の体は漆黒の鎧に包まれた。
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