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最終話「約束なき未来」
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叡智の国・ネリナールの王宮にある秘匿された地下実験施設にて、
ルイ・アルベールの骸は積み立てられた魔傑たちの死骸の山に鎮座していた。
彼は魔人という存在に心を惹かれていた。魔人を一目見たときから感じていた、
未知に対するとめどない好奇心——解剖したい——実験したいという欲求。
魔王討伐後、彼はすぐさま王宮に地下実験施設をこしらえた。
缶詰で研究に没頭する毎日を過ごすうちに、彼は禁忌に手を染めてしまったのだ。
——人間と魔人の配合——
やがてそれは世界中の至る所で目撃されるようになる。
多くの無辜の民が犠牲になった。すべては実験のためだ、仕方ないが彼の決まり文句だった。
習性、嗜食、生殖行動などのデータを、魔傑の体内に埋め込んだマイクロチップで収集した。
もうすぐだ......。もうすぐで最強の魔傑を生み出すことが可能なのだ。
そう思っていた矢先、彼の研究室はラルエシミラの凶刃によって突如壊滅した。
ホルマリン漬けのように分厚いガラスの中で息を潜めていた魔傑たちは、日の目を見ることなく切り刻まれた。
死骸の山が積み重なってゆく。
壁際に追いやられたルイは、内包型の魂の神器『ペアーズ』を発動した。
その能力は『二つの異なる物体を強制的にひとつに融合させる』こと。
——彼が融合したものは、己の両手だった。
「くっ......! なんだよ、お前......! ボクに何か恨みでもあるのか!」
ルイの輪のようになった両腕を掴んでいるラルエシミラは艶笑した。
彼の耳元に顔を寄せると、甘たるい声音で答えた。
「何も。ただ、邪魔だから殺すのです。それ以外に理由なんてありません」
ルイは愕然とする。幼い表情に焦慮の色が浮かびあがる。
「馬鹿な......! くそ! どけ! どけよ! お前なんかがこの天才である僕の邪魔をするなんて、許されると思っているのか! ふざけるな!」
唾を飛ばしながら、必死の形相で振り解こうと身をよじるけれど微動だにしない。
ラルエシミラは左手で錆びた剣の柄を掴むと、ルイの後ろにある機械ごと、彼の腹を刺し貫いた。
「くはッ」
吐血した彼の気色は蒼白に変わってゆく。
ラルエシミラは右手で銀色の剣の柄を掴む。ルイの瞼を指で拡張してやると、目玉の下に刃を滑り込ませた。
「やめろ......やめてくれ......」
震えた声で哀願する少年の意を女神は汲むことなく、無情にも彼の両の目玉は取り除かれ、脳をグチャグチャと攪拌された。
絶叫は誰にも届くことはない。断末魔は地の底で孤独に彷徨うのだ。
「......さあ。あとはエレボスとマキナだけですねえ」
ラルエシミラは息絶えたルイを魔傑の山に放り投げていう。
「この記憶の中にあるパンパカーナとかいう女はどうしましょうか。まあ、たいして強くもないし、性急に殺す必要もないでしょう」
ラルエシミラが地下実験施設を後にしようとしたそのとき、黒狼が彼女の頭上から躍りかかった。
$$$
パンパカーナは真剣な眼差しでいう。
「私は、アロウザールさんを探すよ。どこにいるのかわからないけれど、探してみる」
「なんべんもいうが、ワシらも付き合うで。ほんまにええんか?」
「......私も」
エニシとアーミラもいった。
ラルエシミラの下した決断——それは、戸賀勇希とその師匠であるアロウザールを訪ねること。
彼奴を倒すためには、彼らの助力が不可欠であると踏んだからだ。
アロウザールはあの後、どこかへ去ってしまったらしいので、放浪としている彼を探すことは骨が折れることだろう。
それでも行こう——生半可な覚悟ではいけない。
そう思ったパンパカーナは、一人で旅立つことに決めたのだ。
「二人とも、ありがとう。でも、考えを改めるつもりはないよ」
「そうか......。う〜ん、なんか心配じゃのお」
エニシがはにかみながらいった。
「......同感」
アーミラもいった。眉がちょっと下がっている。
「こういうときくらい、素直に送り出してほしいのだが」
パンパカーナはことさらに頬を膨らませていう。
「すまんすまん。まあ、なんかあったらいつでも頼りに来たらええ。ワシはバジコーレにおるけえ」
「......私も。タクシー、使って。いつでもいいから」
二人の言葉に胸が熱くなる。惜しい別れである。
パンパカーナは涙腺が緩まないよう目に力を込めて堪えた。
その面が随分といかめしいものになっていたので、彼らの心中にいらぬ心配をかけてしまったことについては彼女の与り知るところではなかった。
「じゃあ、みんな。元気で」
パンパカーナはやおら踵を返すと、渺然たる荒野へ向けて歩き出した。
振り向きはしなかった。エニシたちがどんな表情をしているのかいささか気になったが、
その気持ちは心の片隅に追いやった。
コンバットブーツが砂地を踏む。容赦なく照りつける日差しや砂埃が早々にパンパカーナを出迎えた。
もう、立ち止まらない。
私は歩き続ける——目的に向かって、ただ勇往邁進するのみ。
パンパカーナはふと空を見上げた。
真っ赤な太陽に、雲がかかりはじめていた。
<了>
ルイ・アルベールの骸は積み立てられた魔傑たちの死骸の山に鎮座していた。
彼は魔人という存在に心を惹かれていた。魔人を一目見たときから感じていた、
未知に対するとめどない好奇心——解剖したい——実験したいという欲求。
魔王討伐後、彼はすぐさま王宮に地下実験施設をこしらえた。
缶詰で研究に没頭する毎日を過ごすうちに、彼は禁忌に手を染めてしまったのだ。
——人間と魔人の配合——
やがてそれは世界中の至る所で目撃されるようになる。
多くの無辜の民が犠牲になった。すべては実験のためだ、仕方ないが彼の決まり文句だった。
習性、嗜食、生殖行動などのデータを、魔傑の体内に埋め込んだマイクロチップで収集した。
もうすぐだ......。もうすぐで最強の魔傑を生み出すことが可能なのだ。
そう思っていた矢先、彼の研究室はラルエシミラの凶刃によって突如壊滅した。
ホルマリン漬けのように分厚いガラスの中で息を潜めていた魔傑たちは、日の目を見ることなく切り刻まれた。
死骸の山が積み重なってゆく。
壁際に追いやられたルイは、内包型の魂の神器『ペアーズ』を発動した。
その能力は『二つの異なる物体を強制的にひとつに融合させる』こと。
——彼が融合したものは、己の両手だった。
「くっ......! なんだよ、お前......! ボクに何か恨みでもあるのか!」
ルイの輪のようになった両腕を掴んでいるラルエシミラは艶笑した。
彼の耳元に顔を寄せると、甘たるい声音で答えた。
「何も。ただ、邪魔だから殺すのです。それ以外に理由なんてありません」
ルイは愕然とする。幼い表情に焦慮の色が浮かびあがる。
「馬鹿な......! くそ! どけ! どけよ! お前なんかがこの天才である僕の邪魔をするなんて、許されると思っているのか! ふざけるな!」
唾を飛ばしながら、必死の形相で振り解こうと身をよじるけれど微動だにしない。
ラルエシミラは左手で錆びた剣の柄を掴むと、ルイの後ろにある機械ごと、彼の腹を刺し貫いた。
「くはッ」
吐血した彼の気色は蒼白に変わってゆく。
ラルエシミラは右手で銀色の剣の柄を掴む。ルイの瞼を指で拡張してやると、目玉の下に刃を滑り込ませた。
「やめろ......やめてくれ......」
震えた声で哀願する少年の意を女神は汲むことなく、無情にも彼の両の目玉は取り除かれ、脳をグチャグチャと攪拌された。
絶叫は誰にも届くことはない。断末魔は地の底で孤独に彷徨うのだ。
「......さあ。あとはエレボスとマキナだけですねえ」
ラルエシミラは息絶えたルイを魔傑の山に放り投げていう。
「この記憶の中にあるパンパカーナとかいう女はどうしましょうか。まあ、たいして強くもないし、性急に殺す必要もないでしょう」
ラルエシミラが地下実験施設を後にしようとしたそのとき、黒狼が彼女の頭上から躍りかかった。
$$$
パンパカーナは真剣な眼差しでいう。
「私は、アロウザールさんを探すよ。どこにいるのかわからないけれど、探してみる」
「なんべんもいうが、ワシらも付き合うで。ほんまにええんか?」
「......私も」
エニシとアーミラもいった。
ラルエシミラの下した決断——それは、戸賀勇希とその師匠であるアロウザールを訪ねること。
彼奴を倒すためには、彼らの助力が不可欠であると踏んだからだ。
アロウザールはあの後、どこかへ去ってしまったらしいので、放浪としている彼を探すことは骨が折れることだろう。
それでも行こう——生半可な覚悟ではいけない。
そう思ったパンパカーナは、一人で旅立つことに決めたのだ。
「二人とも、ありがとう。でも、考えを改めるつもりはないよ」
「そうか......。う〜ん、なんか心配じゃのお」
エニシがはにかみながらいった。
「......同感」
アーミラもいった。眉がちょっと下がっている。
「こういうときくらい、素直に送り出してほしいのだが」
パンパカーナはことさらに頬を膨らませていう。
「すまんすまん。まあ、なんかあったらいつでも頼りに来たらええ。ワシはバジコーレにおるけえ」
「......私も。タクシー、使って。いつでもいいから」
二人の言葉に胸が熱くなる。惜しい別れである。
パンパカーナは涙腺が緩まないよう目に力を込めて堪えた。
その面が随分といかめしいものになっていたので、彼らの心中にいらぬ心配をかけてしまったことについては彼女の与り知るところではなかった。
「じゃあ、みんな。元気で」
パンパカーナはやおら踵を返すと、渺然たる荒野へ向けて歩き出した。
振り向きはしなかった。エニシたちがどんな表情をしているのかいささか気になったが、
その気持ちは心の片隅に追いやった。
コンバットブーツが砂地を踏む。容赦なく照りつける日差しや砂埃が早々にパンパカーナを出迎えた。
もう、立ち止まらない。
私は歩き続ける——目的に向かって、ただ勇往邁進するのみ。
パンパカーナはふと空を見上げた。
真っ赤な太陽に、雲がかかりはじめていた。
<了>
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