シンデレラのないしょ話 ~元祖悪役令嬢は王子様に報われない恋をする~

すえつむ はな

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王子様、人間になる

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「もう、五、六年くらい前かな。うちの家族が町中をパレードしたことがあって……」
「あ、覚えてます」
 覚えてる。忘れるわけない。私が王子様に恋した日。
 でも、そうかあ。私達市井しせいの人間から見たらロイヤルファミリーのパレードだけど、当事者達からしたら家族でパレードなんだ。

「それでね、パレードの日は町中の人達が歓迎してくれて、花や紙吹雪を散らしてくれて、すごく楽しかった。誰もが皆せわしなく動いていてね、僕らの馬車と一緒に走ってついてくる子供とかもいて……」
 懐かしそうに目を閉じて、長いまつげが頬に影を落とす。
 王子様にとって、あのパレードは楽しい思い出なんだ。
 私にとっては心に闇を抱くきっかけになった出来事だったけど、王子様には良い思い出になったのなら、良かった……

「そんな中、一人だけ全く動かない人がいたんだ」
 王子様が目を上げて、私を見つめる。

 青い美しい瞳に私の姿が映る。あれほどまでに憧れた瞳が、私を映している。

「そこだけ時間の流れが止まっているみたいだった。最初は人形が置いてあるのかと思ったけど、よく見るとそれは一人の可愛い女の子だったんだ。………君だよ」

 あのパレードの日がよみがえる。
 人々のざわめき。
 晴れ渡った明るい青空。
 白い馬に乗った騎士達。
 パレードの美しい馬車。
 お母さんが笑って「そんなに紙吹雪を投げたら王様方が通った時に無くなってしまうわよ」と言い、そして……

 初めて王子様を見て、私は動くことが出来なかったのだ。あまりに美しくて、見とれてしまって。

「ほら!また、固まってる」
 くすくすと耳元で笑い声が響くが、私はまだ固まったまま。

 あの日?私が王子様に恋をした日?
 王子様も私を見つけていたというの?

「あの時から、僕の胸には一つの明かりが灯ったんだ」

 私の心には闇が入り込んだのに、あなたの胸には明かりが灯ったの?

「僕は君がシンデレラだって、信じて疑いもしなかった。じいの安請け合いのせいでね」
「ごめんなさい」
「どうして謝るの?僕が勘違いしただけなのに。……そうだ、その後にも僕達は一度会ってるよね?」

 ………え?

 えっと、まさかそれって、私が城門の前で無様に転んだ時のこと?
 でも、それ以外今までに王子様と同じ場所にいたことって、ない……

 王子様が乗っている馬車からは死角になっていたはず、とタカをくくっていたあの日のことが、鮮明に思い出された。

 王子様をひと目見たくて、プリンス親衛隊の後ろをウロウロしていた挙動不審な私。
 出てきた馬車と親衛隊の動きに対応出来ず、転んでしまった私。
 親衛隊に不審がられて、慌てて逃げた私。

 どこから?!どこまで?!見られていたの?!?!?!?!

 カァ――ッと赤くなる顔を両手で押さえ、その場に突っ伏してしまった。

「え? どうしたの? 大丈夫?」
「……大丈夫じゃ、ないです……」

 王子様は私の肩を支え、抱き起こそうとしながら「そういえば」と呟いた。
「あの時も、君はそんな恰好していたよね」

「それって、城門の前で、私が転んだ時……ですよね……?」
「うん」
 やっぱり――――!

 絶望的な気分の私とは反対に、王子様は嬉しそうな口調で言った。
「パレードの後、ずっと君のことが忘れられなかったんだよ。ずっと、あの時の女の子にまた会いたいって、毎日思っていた。……そしてあの日、馬車で城を出た時、親衛隊の子達に混じって、親衛隊ではない女の子がいたんだ。でも、すぐにわかったよ。あのパレードの時の少女だ!…って」

 そして、恥ずかしさの余りまた突っ伏してしまった私を、もう一度抱き起こそうとする。

「あの日、転んでしまった君を、こうして起こしてあげたかった。馬車を飛び降りてでも、起こしてあげればよかったと、何度も何度も後悔したんだ」

 王子様の柔らかい声が、耳をくすぐる。その声に励まされて、顔を上げた。

 その私の顔をじっと見つめた後、ふわりと微笑んで言う。
「……よかった。傷は残っていないみたいだね」

 王子様の吐息を、かすかに感じた。それほどに、近い。

「今日は、君を抱き起こすことが出来て、よかった」

 そして、照れたように一度目を伏せたあと、真剣な顔になり……目を閉じてゆっくりと私に近づいてきた。
 心臓が壊れてしまったみたいに、耳を、頭を、体中を鳴らしている。

 ………こ、これって……私も目を閉じた方がいいのかしら……?
 これが、私の、ファースト・キ……

……スとはならなかった。
 王子様が「あ……」という声とともに、その場に転がってしまったからだ。
 支えようとした私も、一緒になって転んでしまった。

 二人とも四阿あずまやのベンチの前でしゃがみこんでいたため、足がしびれてしまったのだ。

「………はぁ――――、もう。いい雰囲気だったのに」
 王子様は情けない声で起き上がろうとするが、足の痺れがとれないのか、またへたりこんでしまった。

「ごめん、僕はこんな間抜けな男なんだ。親衛隊なんてついて、女の子からキャーキャー言われて、いつも澄ましているけど、この始末さ」
 さっきの私みたいに、頭を抱えてうずくまる。
「幻滅したよね。………こんなのが、この国の王子だなんて」

 項垂うなだれた王子様は、まるで小さい子供みたい。
 ダンスでリードしていた時のスマートさの欠片かけらもない、格好悪い姿。情けない顔。

 なのに、どうしようもなく沸き起こる感情が、私の中を駆け巡った。

 ああ、私、この人が好き。
 好き。
 好き!
 大好き!

 五年前のパレードの日から、私はずっと王子様に恋していた。……と思っていた。

 違った。あれは恋じゃなかった。

 私は今日、初めて王子様と、王子様の本当の姿と出会って、初めて恋をしたのだ。

 自信満々に人違いをして、「じいの嘘つき」と叫んで、頭を掻いて、慌てて、足を痺れさせて転んで、恥ずかしがってうずくまって、恰好悪くて、そして、私のことを知っていたという、王子様に。

 気付くと私の頬を涙がポロポロ、ポロポロと零れ落ちていた。王子様がまた勘違いして慌てる。

「ごめん、転んだ時、痛くした?どこが痛いの?」
 優しい声で、よけいに涙が零れていく。

「痛いんじゃないんです。痛いところは、ないです」

 もう余計なことは何も考えられず、素直な言葉が涙と一緒にあふれ出た。

「好きです。……王子様が、好きです」
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