限られたある世界と現実

月詠世理

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限られたある世界と現実

子ども×人格×泣く

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 泣いている子どもがいた。どうして泣くのか。ただ近しいものが死んだだけではないか。そなたにとって、そこに伏しているものは大切だったのか? そんなはずなかろう。そなたは、なぜ、どうして、なんで、泣く?

 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 何度も何度も謝る子どもがいた。子どもの傍には、人だったであろう残骸。ドロドロでぐしゃぐしゃ。血に塗れている。地に流れ出した赤色は、子どもを中心に広がっていた。

 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。おとーさん、おかーさん、みんな、みんな……。ごめんなさい、悪い子でごめんなさい」

 子どもの全身が赤に染まっている。髪の毛から足まで、赤が飛び散っていた。何色だったのかはわからない。子どもの着ている服は赤のような、黒のような色をしていた。

 「ああ、僕はまた悪いことをしてしまった。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。悪い子でごめん……ごめん……ね?」

 泣き出しそうな表情だった。子どもの真っ赤な手が真っ赤なものに手を伸ばしていた。その真っ赤なものに子どもが触れることはなかったが……。

 今にも泣き出してしまいそうな子どもの表情は変わった。一瞬にして、歪んだ笑みを浮かべる。まるで、大きな笑い声が聞こえてきそうだった。案の定、「あははははははははははははははは!!」と哄笑している。

 「僕はやっと! やっと! この苦しみから解放されるんだ! 僕が僕を作り出してしまった。だから、元凶である君たちを、両親を、僕は……」

 命が流れている。真っ赤な血が流れ出ている。もう元に戻ることはない。そうであるとしても、僕は満足だ。

 彼らは僕をいじめていた。僕を虐げていた。僕は我慢した。誰にも相談できなくて、我慢して、我慢して、我慢して――。苦しみから逃れるために、新たな人格を形成してしまった。

 普段は、大人しくて、オドオドしていて、人を傷つけるようなことはできない「僕」。一方で、荒々しく、ハキハキしていて、人を傷つけることをいとわない「僕」。前者は元からいた表の「僕」。後者は形成された裏の「僕」。裏の「僕」は、苦しみや憎しみ、恨み、悲しみ、怒りなどの負の感情でできた人格だ。

 僕は僕に宿っていた負の感情を、全部全部余すことなく、彼らに伝えただけ。愚かなやつらに伝えただけ。もう届いてはいないけれど、もう届くことはないけれど、やめられない。もう一度、もう一度と手を伸ばしてしまいそうだ。ああ、もう傷つけるところなど残ってはいないと言うのに……。

 僕はこんなことがしたかったんじゃない。苦痛から逃げたかっただけなんだ。それなのに、僕は闇にのまれた。自分自身が作ってしまった闇に。

 ――泣いた。一雫の涙が頰を濡らした。僕はみっともなく泣き叫びそうになった。だが、声は溢れてこなかった。泣き叫びたかったはずなのに、喉が詰まってしまったかのように声は出てこなかった。

 血だまりに映る僕が嗤った気がした。これは幻覚だ。そうであるはずだ。もう一人の僕は出てきてないはずなんだ。

 「ずっと眠ってればいいさ。僕が僕に変わってあげるから。辛いこのことは僕に任せればいい」

 ふっと意識が途切れたような――。
 ――僕が僕に僕を任せたら最後。僕はもう二度と僕に僕を返さない。そうしたら、今までの主人格が表の「僕」だったのが、これからの主人格は裏の「僕」になるんだ。だって、僕は消えたくないもの。消えるんだったら、僕を作ったが消えてくれ。

 「消えたくない」。そんな泣き声が聞こえてくる。何度言われても表を渡す気はないよ。裏は表に溶けてしまえばいいんだ。ああ、「消えたくない」と鬱陶しくて叶わない。だから、早く消えてくれ。
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