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三章 天才と凡才
何でもかんでも酔いのせい
しおりを挟む「お、おう……なんか、すんません」
「ああ、まあ、こっちもすまん」
思わず口に出してしまった言葉のせいで、微妙な空気になってしまった。
「あーあ、変な事言うから……」
「いや、うん。なんかごめんね? こっちから聞いたのに」
「ああ、いや、はい。んじゃ、知ってること話していいっすか?」
「あ、うん。お願いします」
申し訳なさそうな顔をして言ってくるアンさんに罪悪感を感じながらも、続きを促す。いやほんとごめんね?
「あーっ、で。ナツミ……さんのことなんだが、あんたの紫色の髪をした女の子ってそんな名前か?」
「ああ。トウドウジ ナツミっていう子だ」
「そんじゃ、俺が知ってるナツミさんと同一人物って体で話進めるな」
「おう」
ナツミなんて、この世界じゃそうない名前だ。
まさかここで同名な別人だなんてオチは無いはずだ。
「これは噂なんだが、ここの領主の養子ってのがナツミさんっつー名前らしい」
「は? 領主に養子ってどういう……」
あのナツミさんが領主の養子?
嘘だろ……働かないと豪語していたあのナツミさんが。働いたら負けだとか、あたしは働かずに生きていくだとか宣言していたあのナツミさんが。
……よく考えたら、言ってることダメ人間のそれだよな。
「数年ほど前に、領主の屋敷に運ばれていく紫色の髪をした女の子を見たやつがいたんだってよ。んで、その子がそれから屋敷に住み着いていたことから、隠し子だとか奴隷を買ったとかの噂が流れたんだ」
奴隷、と、その言葉を聞いてレイがそっと目を伏せる。
「……そっからの流れで、その紫色の髪をした女の子は養子じゃないかって噂が流れるようになったのか」
「ああ。まあ、ここの領主には跡取りとか居なかったしな」
つまり、信憑性は特になく、ほんとに噂の範囲でしかないってことか。
「ちなみに、その領主ってどんなやつなんだ?」
ふと、さっきから話に上がってくる領主について気にかかり、アンさんに聞いてみる。すると、複雑そうな表情をすると、内緒話をするかのように、声量を落として話し出した。
「あー、まあ、なんというかな。悪い領主っつーわけじゃねーんだよ……」
「その言い方だと、いい領主じゃないって言ってるようなものだぞ」
そうツッコミをいれると、あー、まあ、と煮え切らない態度で言葉を濁す。
「まあ、暴君だとか呼ばれてっけど、前の領主が良すぎただけで、普通に政策だけだったら普通だぞ。態度とか抜いたら」
「おい待て、暴君と言ったか?」
なにその二つ名。不安しかないんだけど。
アンさんは、しまったと目を見開くと、口を押えて目を泳がせる。
「……いや、うん。ちょっと強引だったり、手段を選ばないだけだ、うん」
「おい、そのちょっとって色々と大丈夫なラインなんだよな」
ゆさゆさと揺さぶるが、アンさんは一向に話してくれない。
「前の領主とよく比べられるだけで、税を無駄に増やしたりとか、領民がただ不利益を被るような政策はしてない……以上! 悪いけど、俺ちょっと用があるから!」
そう言い切ると、さっさと逃げていってしまう。
「あっ、おい……!」
手を伸ばして制止の声を上げるが、アンさんはこちら側を振り返ろうとはせず、そのまま酒場の外へと消えていった。
「……まあ、これ以上聞けそうになかったしいいか……」
はあ……っと、一息吐いてグラス一杯に入ったカースタスを一気に煽る。
「うーむ、ちょっと苦い……」
ぷはぁ、と息を漏らして感想を呟く。そして、カラッと揚げに手を伸ばすと、大きめな肉を選んで口に放る。
「うん、冷めてても美味い」
「……さっきからどうしたんですか」
「ん、いや、話してばっかであんま食ってなかったから」
やっぱ唐揚げは何も付けずに食べるのが一番だよなー。いや、カラッと揚げか。ほんとに何が違うんだろうか。
「それで、女の子の事情をコソコソと集めて、何かわかりましたかー?」
「やめろよ、その言い方。いやまあ、言ってることはあってんだけども……」
もごもごと口をもごらせながら、目を逸らす。
俺は結構自分のやってることを客観的に見ることが出来るタイプだ。だからこそ、自覚していることを言われると、言い訳にすらならない言葉がよく口から出てきてしまう。
「ま、少なくとも、今日とはアプローチは変えてみるつもりだ」
次は疑似蘇生装置については触れずに、まずは目的の質問を終わらせよう。
それで、彼女にどう関わっていくかを決める。
「……で、実際どうなんです? もしその人が、前の魔王の死について知ってたとしたら」
「……まあ、詳細を聞くわな」
「それで?」
なし崩し的に決まった目標。
それが達成したあと、俺はどうするのか。どうしたいのか。
「内容によっては、復讐とか……するのかねぇ……」
もう一つカラッと揚げを口に運びながら、考え考え口を開く。
「自分でも、分からないんですか」
「……ああ、まあ」
真実とやらを知ったあと、俺はどうしていくのか。それが、いくら考えても分からない。
「……ま、先のことはその時考えましょうか」
「……そうだな」
これが、現実逃避だってことは分かっている。レイがくれた逃げ道に縋っていることも。
ただ、今出した結論も、きっと自分の答えではない気がしたから。
「未だに明確な目的のないこの旅も、いつか意味が出てくるんですかねぇ」
感慨深く、そう呟く彼女の姿は、少しだけ儚げに見えた。
「……そーいう意味は、最後に付けられるもんだろ。終わりよければすべてよしっつー言葉がある通り、物事の意味なんかは終わってから付けられるもんなんだよ」
柄にもなく、そんな慰めているのかよく分からない言葉が溢れ出てきてしまった。
「ははっ。かなり捻くれ者の考えですなー」
俺を見て目を丸くしたかと思うと、ぷっと吹き出して笑い出した。
苦々しい顔でグラスに残った酒をちびちびと飲んでいると、何が面白いのかまたしても笑い出す。
「……なーにが面白いんだか」
「ふふっ、面白いですよー」
怪訝そうな目で見てみると、楽しそうに笑いながら続ける。
「君と一緒に旅が出来て、楽しい思い出がたくさん出来たからねー!」
楽しそうに笑うその姿に、窓から差し込む月の灯りが重なった姿が、いつもよりも輝いて見えた。
「――なんちゃって」
てへっとあざとく笑う表情を見て、はっと我に返った。
ちらと視線を向けると、ちょうど目が合って思わず目を逸らしてしまう。
「……あれ~? サトウさん、どーしたんですか?」
面白がるような声音が聞こえてくる。
「おやおやぁ、顔が赤いですよ。……もしかして、今ので照れちゃったんですか?」
「うるせぇ。これはちょっと酔ったんだよ」
少しばかり鬱陶しくなって、睨むように視線を向けると、不意に気づく。
レイの耳元が、真っ赤に染っていることに。
思わずそのことを指摘しようと口を開くと、それを遮るように声が聞こえてきた。
「へいへーい、朗報だよー!」
これまた顔を赤くしたセシルが、こちらにタタタッと駆け寄ってきた。
「お前……もしかして飲んだ?」
「飲んでない飲んでない。空気に酔っただけ」
「それで……?」
空気だけでこんだけ酔うとか、酒飲ませたらどうなるんだ……。
好奇心が湧いてくるが、まだ未成年だということを思い出し鎮める。
「で? 何が朗報なんだ?」
「よくぞ聞いてくれました!」
ふふんっ、と胸を張り、語り出したのは、つい先程アンさんから聞いた内容と非常に酷似した情報だった。
「……セシル、非常に言い難いんだが、その情報、さっき聞いた」
「はあ!? えっ、待って、キミのために頑張ったボクの苦労は!? 酷いよ……あっ、そうだ! ちょっと今からキミの記憶一旦なくして!!」
「早い早い。っつーか、人の記憶をほいほい消そうとすんな。つか、しねぇよ」
「はい、落ち着こうねー。セシル、カラッと揚げあるけど、食べるー?」
酔っ払ったセシルをレイと二人で宥める。
その後、酒を飲もうとしたセシルを止めたり、煽り出すレイを怒ったりと、なかなか濃い時間を過ごした。
――そうしていくうちに、騒がしい夜は明けていった。
☆ ☆ ☆
明るい一日の始まりと反対に、セシルの顔は朝からずっと世界の終わりを告げられたかのような沈んだ顔だった。
「ころ……して……」
昨日ナツミさんと待ち合わせた路地裏へ向かう途中、なんなら朝からこの調子だ。
「もしくはキミの記憶を即刻消して!」
「なんでそんなに記憶を消そうとすんだよ。もーいいだろ、諦めろ。一夜の過ちは直ぐに忘れるに限る」
「うわっ、すごいクズ人間のセリフ」
いや確かにそんな感じするけど、過ちの意味違うしセーフってことで。
「……というか、全然来ないね」
「まあ、時間とか決めてたわけじゃないしな」
「今すぐ過去に戻って自分をぶん殴りたい……」
そんな会話を繰り広げながら、ナツミさんが来るのを俺たちは待ち続けた。
――しかしこの日、ナツミさんが来ることはなかった。
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