悪役令嬢レベル100

夏見ナイ

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第7話 宰相の息子の告発

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騎士団長の息子アレクセイが、衛兵たちによって引きずるように運び出されていく。彼の無様に伸びた手足が、ホールの静寂を一層際立たせた。
会場は死んだように静まり返っている。誰もが目の前で起きた信じがたい光景を、まだ消化しきれていなかった。
壇上のエリオットは、怒りを通り越して顔が青白くなっていた。彼はもはや後に引けなくなっていた。ここで止めれば、王家の権威は失墜し、彼自身も笑いものになるだろう。
「……次だ!」
絞り出すような声だった。彼の指が、震えながら次の告発者を指し示す。
「宰相の息子、レオナルド・フォン・ヘス! 前へ!」
その声に応じ、一人の青年が静かに前に進み出た。
銀縁の眼鏡をかけた、理知的な顔立ちの青年。彼の名はレオナルド。アストライア王国の政治を牛耳る宰相の嫡男であり、エリオット王子の最も信頼する側近の一人だ。
彼は武力ではなく、知略と弁舌で相手を追い詰めるタイプの男だった。その顔には恐怖の色が見えるものの、それを知性という仮面で巧みに隠している。
(今度は頭脳派か)
私は少しだけうんざりした。
早く終わらせてほしいのに、次から次へと出てくる。まるでRPGのボス戦前のイベントシーンのようだ。スキップ機能が欲しい。
レオナルドは私の前に立つと、眼鏡の位置を指で押し上げ、冷静さを装いながら口を開いた。
「アシュリー・フォン・ヴァルハイト様。騎士殿の告発は、あくまで貴女個人の些細な問題。私が告発するのは、この国の秩序そのものを揺るがす、遥かに重大な罪です」
彼は周囲の貴族たちに聞こえるよう、明瞭な声で語り始める。
「貴女は、ヴァルハイト公爵家の絶大な権力を背景に、王国の公共事業に不当な介入を繰り返しました。王家が計画した南部の街道整備事業を、貴女の一言で凍結させ、代わりに公爵家の息がかかった商会に北部の港湾整備を請け負わせた。これにより国庫にどれほどの損失が出たか、お分かりですか!」
知らない。というか、興味がない。
憑依前の記憶を探っても、そんなことをした覚えはない。おそらく、ヴァルハイト公爵家の誰か、例えば私のお父様あたりがやったことなのだろう。それを全部私のせいにしているに違いない。
(まあ、いいけど)
罪状は何でもいい。多ければ多いほど追放が確実になる。
私は黙って彼の言葉を聞き流した。
レオナルドは私の反応を見て、さらに言葉を続ける。
「それだけではありません! 貴族院において、伝統と格式ある派閥の均衡を力でねじ伏せ、数々の法案を骨抜きにしてきた! 全てはヴァルハイト公爵家の利益のため。その傲慢で自己中心的な振る舞いが、この国の政治にどれほどの混乱をもたらしたことか!」
彼の弁舌は滑らかだった。理路整然と、私の罪を並べ立てていく。
だが、その内容はあまりにも小難しく、退屈だった。公共事業だの派閥だの法案だの。そんな話は、前世の会社の会議で聞き飽きている。
(あくびが出そう……)
私は必死で欠伸を噛み殺した。
口をきつく結び、少しだけ俯く。眠気を追い払うように、小さく首を振った。
その何気ない仕草が、レオナルドの目にどう映ったか。
私の俯いた顔は、彼の告発を鼻で笑っているように見えた。
私の噛み殺した欠伸は、彼の言葉の退屈さを嘲る、無言の侮辱に見えた。
彼の完璧に構築された論理が、ガラガラと音を立てて崩れ始める。
「な……何を……」
レオナルドの声が、わずかに上擦った。
「私が……この私が、積み上げた証拠と論理を前にして……貴様は、それを……くだらないと、言うのか……ッ!」
彼の冷静な仮面が、ひび割れていく。
知性で抑え込んでいた恐怖が、その亀裂から溢れ出してきた。
私の無意識の覇気が、彼の理性を直接攻撃する。それは物理的な圧力ではなく、精神をじわじわと蝕む毒のようだった。
彼の脳裏に、ありえない計算結果が閃く。
目の前の少女の存在が、この世界の全ての法則、全ての論理を超越したイレギュラーであるという、絶対的な事実。
彼の知性が、彼の築き上げてきた世界の全てが、否定される感覚。
「あ……あ……」
レオナル-ドの額から、滝のような汗が流れ落ちた。眼鏡がずり落ち、その下の瞳が恐怖に見開かれる。
「違う……ありえない……私の計算では……私の計画では、貴様はここで泣き崩れ……罪を認めるはず……だったのに……」
彼の言葉は、もはや告発ではなく、ただの混乱した独り言になっていた。
「なぜだ……なぜ笑う……なぜ私の言葉が届かない……? おかしい……何かが、おかしい……!」
彼は頭を抱え、ぶつぶつと何かを呟き始めた。その姿は、もはや王子の側近として知られた切れ者ではなく、ただの壊れた子供のようだった。
私は少し、彼を哀れに思った。
(可哀想に。頭が混乱してしまったんだな)
早く誰か、彼を連れて行ってあげてほしい。
そう思い、私は彼に助け舟を出すつもりで、そっと声をかけようと一歩前に出た。
その瞬間だった。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
レオナルドは金切り声を上げると、その場にへたり込んだ。
そして、あろうことか、大勢の貴族たちの前で、子供のようにわんわんと泣き出してしまったのだ。
「いやだ! こっちに来るな! 食べないでくれえええ!」
意味不明な絶叫が、ホールに響き渡る。
武の象徴、アレクセイは失神した。
そして、知の象-徴、レオナルドは精神が崩壊した。
アシュリー・フォン・ヴァルハイトという存在は、人間の力も知恵も、一切通用しない絶対的な規格外の『何か』なのだと。
ホールにいる全ての人間が、その事実を骨の髄まで理解した。
壇上のエリオットは、もはや顔に色はなく、ただ呆然と立ち尽くすだけだった。
自分の正義が、取り返しのつかない怪物を目覚めさせてしまったのかもしれない。
その絶望的な予感が、彼の心を支配し始めていた。
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