悪役令嬢レベル100

夏見ナイ

文字の大きさ
28 / 100

第28話 畑仕事の始まり

しおりを挟む
森の平定という、私にとっては全く意図しない偉業を成し遂げてから数日が過ぎた。
ヴァルハイト領の魔物たちは、頂点捕食者が不在となったことで完全に統率を失ったらしい。彼らは森の奥深くへと姿を消し、城の周辺は嘘のように静かになった。
麓の村人たちも安心して森に入れるようになったと大喜びで、毎日山の幸を城まで届けに来てくれる。その度に「姫様!」と拝まれるのは少々居心地が悪いが、新鮮な食材が手に入るのはありがたい。
ゼノは、どこから連れてきたのか分からない職人たちを使い、城の修復作業を驚異的なスピードで進めている。彼の頭の中では、既に壮大な王城の完成図が出来上がっているようだった。
ペットのシロはすっかり番犬としての役目がなくなり、城の中庭で日向ぼっこをしてばかりいる。
全てが順調に進んでいた。
そして、ついにこの時が来た。
私は、私のスローライフ計画における最重要項目に着手することを決意した。
「ゼノ」
城の設計図を広げ、職人たちに指示を飛ばしているゼノを呼び止める。
「本日より、私は農業を始めるわ」
その宣言に、ゼノの動きがぴたりと止まった。彼はゆっくりとこちらを振り返ると、その瞳に狂信的なまでの輝きを宿らせた。
「の、農業……でございますか! ついに、この不毛の大地に御自らの手で命を吹き込まれるのですね!」
「ええ、まあ。まずはジャガイモからね」
「ジャガイモ! なんと! いかなる過酷な環境でも育ち、民の腹を満たす慈悲の作物! それを最初に選ばれるとは! ああ、アシュリー様、貴女様の深きお考えに、このゼノ、涙で前が見えません!」
「前が見えないと危ないわよ」
感涙に咽ぶゼノをなだめ、私は彼に一つの命令を下した。
「例のクワを持ってきてちょうだい」
「ははっ! 承知いたしました! 我が主の神聖なる儀式に用いる祭具、『大地を穿つもの(ガイアブレイカー)』を、ただ今!」
ゼノは、もはや訂正する気力も失せるような返事をすると、風のように駆け去っていった。
数分後、彼は黒いオーラを放つ伝説のクワを、恭しく私に捧げた。
私はその、どう見ても農具ではない代物を受け取ると、城の裏手に広がる開けた土地へと向かった。そこが、私の記念すべき第一農園の予定地だ。
シロも、何事かと興味を引かれたのか、のそりと後をついてきた。

農園予定地は、見渡す限りの荒野だった。
黒く痩せた土は長年の極寒によってカチカチに凍てついている。そこかしこに大小の岩が突き出し、とても作物が育つようには見えない。
だが、私の心は希望に満ちていた。
この何もない土地を自分の手で緑豊かな畑に変えていく。これこそが、開拓の醍醐味というものだ。
「さてと」
私は腕まくりをし、伝説のクワを力強く握りしめた。
『家庭菜園入門』の第一章には、こう書かれている。「美味しい野菜作りは、良い土作りから」。まずはこの凍てついた大地を深く耕し、空気を含ませてやらねばならない。
私は腰を落とし、しっかりとしたフォームでクワを振りかぶった。そして狙いを定めた地面に向かって、渾身の力で振り下ろした。
ズンッ、という鈍い音。
伝説のクワは、まるで熱したナイフがバターを切るかのように、凍土をいとも容易く切り裂いた。深々と突き刺さった刃は地中の岩盤にまで達し、ミシリ、と嫌な音を立てさせた。
普通の人間なら、その一撃で腕の骨が砕けているだろう。
だが、STR9999の私にとっては、ほんのわずかな手応えでしかなかった。
「ふむ。思ったより硬いわね」
私はクワを引き抜き、再び別の場所に振り下ろす。ズン。また振り下ろす。ズン。
確かに、耕すことはできる。
だが、この広大な土地を全て耕し終えるのに、一体どれだけの時間がかかるだろうか。
一日? いや、三日はかかるかもしれない。
私は、十回ほどクワを振るったところで、ぴたりと動きを止めた。
額に汗は一滴もかいていない。息も全く上がっていない。
だが、私の心は既に労働への意欲を失いかけていた。
「……面倒だわ」
ぽつりと、本音が漏れた。
スローライフとは、のんびり、ゆったりと過ごすことだ。こんな単調で骨の折れる作業は、私の理想とする生活とは相容れない。
もっと楽で、効率的な方法はないものか。
私はクワを地面に突き刺し、腕を組んで考え込んだ。
土魔法を使えば一瞬で土を柔らかくできるだろう。だが、魔法を使うのはなんだか大げさな気がする。MPも消費するし、それは非常時のためにとっておきたい。
もっと単純で、物理的な方法がいい。
そうだ。
要するに、この硬い地面をほぐしてやればいいのだ。
どうすれば、広範囲の地面を一度にほぐせるか。
振動だ。
強い振動を与えれば土の粒子はバラバラになり、ふかふかの状態になるはずだ。『はじめての土木建築』にも、地盤を固めるためにローラーで転圧すると書いてあった。その逆をやればいい。
私の頭の中で、とんでもない結論が導き出された。
そうだわ。
軽く、地震でも起こせばいいのよ。

「よし」
私は名案を思いつき、にっこりと微笑んだ。
そばで一部始終を見ていたシロが、主のその笑顔を見て何かを察したようにさっと身を伏せた。彼の野生の勘が、これから起こる天変地異を予期したのだ。
私はクワを脇に置くと、その場で軽く屈伸運動をした。足首を回し、アキレス腱を伸ばす。
そして、農園予定地の真ん中に仁王立ちになった。
「いくわよ」
誰に言うでもなく、小さく呟く。
そして右足を、ほんの少しだけ持ち上げた。
そして、それを。
とん、と。
地面に、軽く、下ろした。
子供が駄々をこねて床を軽く踏み鳴らすような、実に些細な動き。
その、直後だった。
世界が、揺れた。

私の足の裏から大地に叩き込まれた、レベル100のSTRが乗った衝撃波。
それはヴァルハイト領の脆弱な地盤を易々と貫通し、地下深くのプレートにまで達した。
ゴゴゴゴゴゴ……!
地鳴りと共に、凄まじい揺れが領地全体を襲った。
私が立っている場所を中心に地面に巨大な亀裂が放射状に走り、大地はまるで荒れ狂う海のように激しく波打った。ゴロゴロしていた岩は、その振動で砂のように砕け散り、カチカチに凍てついていた土は見る見るうちに粉々になっていく。
遠くに見える山々が轟音を立て、雪崩が発生しているのが見えた。
麓の村では、村人たちが何事かと家から飛び出し、揺れる大地にひれ伏して祈りを捧げている。
城の修復作業をしていたゼノは、足元の揺れに一瞬驚きながらもすぐに天を仰いで感涙にむせんでいた。
「おお……! 始まった! 我が主による、天地創造の御業が! 古き大地を砕き、新たなる世界を築かれるのだ!」
彼は崩れ落ちてくる城の瓦礫にも気づかず、ただ恍惚とした表情でその場に立ち尽くしていた。

数分後。
まるで何事もなかったかのように揺れはぴたりと収まった。
後に残されたのは、静寂と。
そして見渡す限り、どこまでも続く、ふかふかの最高の土壌へと生まれ変わった広大な耕地だった。
私は足元の土の感触を確かめるように、数歩歩き回った。
うん。完璧だ。
これならクワを使わなくても、手で簡単に畝が作れそうだ。
「よし。これで畑を耕すのが、ずいぶん楽になったわね」
私はその完璧な仕上がりに満足げに微笑んだ。
自分のたった一回の足踏みが、この地域の地図を永久に書き換えてしまったことなど、全く気にも留めずに。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

わがままな婚約者はお嫌いらしいので婚約解消を提案してあげたのに、反応が思っていたのと違うんですが

水谷繭
恋愛
公爵令嬢のリリアーヌは、婚約者のジェラール王子を追いかけてはいつも冷たくあしらわれていた。 王子の態度に落ち込んだリリアーヌが公園を散策していると、転んで頭を打ってしまう。 数日間寝込むはめになったリリアーヌ。眠っている間に前世の記憶が流れ込み、リリアーヌは今自分がいるのは前世で読んでいたWeb漫画の世界だったことに気づく。 記憶を思い出してみると冷静になり、あれだけ執着していた王子をどうしてそこまで好きだったのかわからなくなる。 リリアーヌは王子と婚約解消して、新しい人生を歩むことを決意するが…… ◆表紙はGirly Drop様からお借りしました ◇小説家になろうにも掲載しています

修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね

星井ゆの花
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』 悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。 地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……? * この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。 * 2025年12月06日、番外編の投稿開始しました。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)

ラララキヲ
ファンタジー
 乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。  ……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。  でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。 ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」  『見えない何か』に襲われるヒロインは──── ※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※ ※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※ ◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました

AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」 公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。 死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった! 人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……? 「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」 こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。 一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。

処理中です...