悪役令嬢レベル100

夏見ナイ

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第32話 食糧革命

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私の畑から掘り出された規格外の作物たち。
それらはホープスプリング村の広場に運び込まれ、小山のような丘をいくつも形成していた。家ほどもあるカボチャ、岩塊のようなジャガイモ、丸太のようなキュウリ。村人たちはその現実離れした光景を前に、喜びと畏怖が入り混じった表情で立ち尽くしている。
彼らの人生において、これほど大量の食料を一度に目にしたことはなかっただろう。
何世代にもわたってこの不毛の地で飢えと戦い続けてきた人々。その目の前に、一夜にして現れた食の楽園。
やがて誰かがこらえきれずに泣き出した。
それを皮切りに広場は嗚咽と歓喜の渦に包まれた。人々は抱き合い、肩を叩き合い、自分たちの身に起きた奇跡を確かめ合っていた。
「夢じゃない……本当に、食い物だ……」
「もう、子供に木の皮を食わせなくて済むんだ……」
「ああ、神よ……いや、女神様よ……!」
彼らの視線は熱狂的な感謝と崇拝を込めて、少し離れた場所からその様子を眺めている私に注がれる。
私はそのあまりに劇的な反応に、どうしていいか分からずただ曖昧に微笑み返すことしかできなかった。
(……そんなに、大変だったのね)
前世の日本では飽食が問題になるほどだった。食べ物がなくて死ぬ、という感覚は私には想像することしかできない。彼らにとってこの巨大な野菜の山がどれほどの価値を持つのか。その重みを、私は少しだけ理解した気がした。

「さて、皆さん!泣いている暇はありませんよ!」
私が少し大きな声を出すと、村人たちははっとしたように顔を上げた。
「せっかくの収穫です。美味しくいただきましょう!」
その言葉は宴の始まりを告げる合図となった。
村人たちの顔に、ぱあっと明るい表情が広がる。彼らは早速調理の準備に取り掛かった。
しかし、すぐに新たな問題に直面することになる。
「お、頭……このジャガイモ、どうやって切ればいいんだ……?」
村の若者たちが数人がかりで巨大ジャガイモに斧を振り下ろしている。しかしキィン、という甲高い音を立てて斧の刃の方が欠けてしまった。ジャガイモの皮はまるで岩のように硬いらしい。
「ダメだ!歯が立たねえ!」
「カボチャの方もだ!つるはしでもなけりゃ、穴一つ開けられんぞ!」
巨大すぎる作物は彼らの貧弱な調理器具では、加工することすらままならなかったのだ。
せっかくの食料を前に手も足も出ない。村人たちの間に、再び暗い影が差し始めた。
私はその様子を見て、やれやれとため息をついた。
「仕方ないわね。少し、貸してちょうだい」
私は若者の一人が持っていた刃こぼれした斧を受け取ると、巨大ジャガイモの前に立った。
そしてその斧を、片手でひらりと振るった。
特別なことは何もしていない。ただ薪を割るような、ごく自然な動き。
しかし、レベル100のSTRが込められた一振りはもはや斧としての性能を超越していた。
ズバァァァァンッ!
空気を切り裂くような轟音と共に斧の刃は見えない衝撃波を纏い、巨大ジャガイモを綺麗に真っ二つに断ち割った。
断面はまるで鏡のように滑らかだった。湯気を立てる、美しいクリーム色の果肉が姿を現す。
「……」
村人たちは再び沈黙した。
彼らは今自分たちが目にしたものが信じられず、ただ呆然と真っ二つになったジャガイモと涼しい顔で斧を返す私を交互に見つめるだけだった。
私はそんな彼らを気にすることなく、指示を飛ばした。
「さあ、これをさらに小さく切って、大きなお鍋で蒸しましょう。バターを乗せて食べたら、きっと美味しいわよ」
私の言葉で村人たちは我に返った。
「お、おおおおお!」
「女神様が、我らに食を与えてくださった!」
「切れぬものなど、何もないのだ!」
彼らはもはや何を言っているのか分からないが、再び熱狂的に作業を再開した。
私が同じように巨大カボチャやキュウリも切り分けてやると、調理は一気に進んだ。
広場には大きなたき火がいくつも熾され、村中の鍋という鍋が総動員される。
やがて湯気を立てる巨大な蒸しジャガイモ、とろとろに煮込まれたカボチャのスープ、瑞々しいキュウリのサラダ(というよりは棒)などが次々と完成していった。
村人たちは恐る恐る、しかし目を輝かせながらその料理を口に運んだ。
そして次の瞬間。
広場は再び、今度は幸福な沈黙に包まれた。
「……うまい」
誰かが、ぽつりと呟いた。
「なんだこれ……こんなに美味いもの、生まれて初めて食った……」
「甘い……ジャガイモが、果物のように甘い……」
「スープが……身体に染み渡る……力が、湧いてくるようだ……」
私の魔力が染み込んだ作物は味もまた規格外だったのだ。
一口食べるごとに失われていた活力が蘇り、冷え切っていた身体が内側から温まっていく。それはもはや食事というよりは、回復薬を飲んでいるのに近い感覚だっただろう。
彼らは言葉を忘れ、夢中で食べた。
泣きながら、笑いながら、何度も何度もおかわりをして腹がはち切れんばかりになるまで食べ続けた。
何年も忘れていた、「満腹」という幸福な感覚。
それを彼らは今、噛みしめていた。
私はその光景を、城のバルコニーから静かに見下ろしていた。
隣にはゼノが控えている。
「……素晴らしい光景ですね」
ゼノが静かに言った。
「ええ、そうね。みんな、幸せそう」
「貴女様が彼らに幸福をお与えになったのです。飢えは人の心から余裕を奪い、時に争いを生みます。食の安定こそが国家安寧の第一歩。貴女様は、この地に降り立って早々にその最も重要な礎を築かれました」
彼の言葉はいつになく真面目だった。
「このヴァルハイト領は貴女様という絶対的な指導者の下、食糧問題から完全に解放されたのです。これはもはや革命です。アシュリー様による、『食糧革命』と歴史に記されるべき偉業です」
「大げさよ。私はただ、自分が食べるものに困りたくなかっただけ」
私がそう言うと、ゼノは静かに微笑んだ。
「その『我が身を思う心』が結果的に全ての民を救うのです。それこそが、真の王の器。民はそんな貴女様を、こう呼ぶでしょう」
ゼノは広場で歓喜の声を上げる村人たちを見下ろした。
彼らはいつの間にか、私を讃える即席の歌を歌い始めていた。
『♪赤い髪の女神様~ 我らに恵みを与えたもう~』
『♪巨大なカボチャは~ 女神様の愛の形~』
拙く単純な歌詞。だが、そこには彼らの偽らざる感謝の心が込められていた。
そして彼らは歌の最後に、声を揃えて叫んだ。
「我らが豊穣の女神、アシュリー様、万歳!」
その声はヴァルハイトの谷間に、いつまでもこだましていた。
「……豊穣の女神、か」
ゼノは満足げに頷いた。
「実に、相応しい御名です」
私はその新たな称号に、頭が痛くなるのを感じた。
虐殺の紅姫、歩く天災、そして今度は豊穣の女神。私のあだ名リストはどんどんカオスなことになっていく。

宴が終わり、満ち足りた村人たちが千鳥足でそれぞれの家へと帰っていく。
彼らの顔には心からの満足と、明日への希望が浮かんでいた。
私はその一人一人の姿を目で追いながら、ふとあることに気づいた。
彼らが帰っていく家。
それは私がこの地に来た時と何も変わらない、壁が崩れ屋根に穴が空いた、粗末な小屋のままだった。
お腹はいっぱいになった。
だが、あの家では今夜も冷たい風に吹かれ、雨が降れば雨漏りに悩まされながら眠るのだろう。
食が満たされれば次に人が求めるのは、安全で快適な住処だ。
「……お腹がいっぱいでも、あんな家じゃゆっくり眠れないわよね」
私の口から、ぽつりと独り言が漏れた。
その呟きを隣にいたゼノが聞き逃すはずはなかった。
彼の目が再び、あの狂信的な輝きを宿した。
「……!アシュリー様!もしや……!」
「え?」
「食の次は、住!民の生活基盤の全てを御自らの手で改革されるおつもりなのですね!ああ、なんと慈悲深く、そして壮大なるご計画!」
「いや、だから、ただ家がボロいなって思っただけなんだけど……」
私の小さな懸念は彼の脳内で、またしても国家規模の都市開発計画へと勝手にバージョンアップされてしまったようだった。
私のスローライフ計画は次なるステージへと、否応なく突き進んでいく。
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