悪役令嬢レベル100

夏見ナイ

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第33話 住環境の改善

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食糧革命を成し遂げた翌日。
私は麓のホープスプリング村を改めて訪れていた。
目的は村人たちの住環境の視察だ。昨夜、宴の後に見た彼らの粗末な住居がどうにも気になっていた。
豊かなスローライフを送るためには快適な住まいは不可欠だ。それは私自身だけでなく、この領地に住む人々にとっても同じはず。ご近所さんが不幸そうに暮らしている中で、自分だけ快適な生活を送るのはどうにも寝覚めが悪い。
それに彼らには畑仕事を手伝ってもらっている。いわば、私のスローライフ計画における重要なパートナーだ。彼らの労働環境を改善することは巡り巡って私のためにもなる。
そんな、半分は自己満足、半分は実利的な理由で私は行動を起こすことにしたのだ。
村に到着すると村長のボルツが慌てて出迎えてくれた。その顔は昨日までの飢えた表情が嘘のように、血色が良く活気に満ちている。
「め、女神様!このようなみすぼらしい村に、わざわざ御足労いただくなど!」
「いいのよ、ボルツさん。少し、皆さんの家を見せてもらってもいいかしら?」
私の申し出にボルツは一瞬戸惑ったが、すぐに恭しく頷いた。
「もちろんでございます!さあ、こちらへ!」
私はボルツの案内で、村の家々を見て回った。
どの家も想像以上に酷い状態だった。
壁は石と泥を固めただけの粗末なもので、あちこちに大きな亀裂が入っている。そこから吹き込む隙間風が室内の気温を外と変わらないくらいに下げていた。
屋根は枯れ草や木の皮を重ねただけ。雨が降ればたちまち雨漏りを起こすだろう。
床は固く踏みならしただけの土間だ。
家具らしい家具はなく、人々は干し草を敷いた上でぼろ布にくるまって眠っているようだった。
「……これは、酷いわね」
私は思わず眉をひそめた。
これではただの洞窟と大差ない。いや、風が吹き抜ける分、洞窟の方がまだマシかもしれない。
「お恥ずかしい限りでございます……」
ボルツは申し訳なさそうに頭を下げた。
「この地では家を建てるための立派な木材も手に入りませず。我らはこうして暮らすのが精一杯で……」
彼の言葉には、長年この厳しい環境で生きてきた人々の深い諦めが滲んでいた。
私は腕を組んで少し考えた。
木材がない。確かにこの辺りの木は寒さで捻じ曲がり、建材には向かないだろう。
石ならいくらでもある。だが、石を切り出し加工するには高度な技術と道具が必要だ。今の彼らにはそれもない。
どうしたものか。
普通に考えれば八方塞がりだ。
だが、私は普通の人間ではない。
そして私の思考回路も、常識には縛られない。
(木がないなら、石がないなら、別のものを使えばいいじゃない)
私の脳裏に、一つの名案が閃いた。
それは前世で読んだ絵本に出てきた、三匹の子豚の話から得たヒントだった。
藁の家、木の家、そしてレンガの家。
一番頑丈なのはレンガの家だ。
だが、レンガを作るのも手間がかかる。
もっと手軽で、この土地にあるもので作れる頑丈な家。
そうだ。
土があるじゃないか。
私が足踏み一つでふかふかにした、あの魔力たっぷりの土が。
あれを固めて家の材料にすればいいのだ。

「ボルツさん」
私は名案を思いついた喜びで、にこやかに村長を振り返った。
「皆さん。今から、私が新しい家を建ててあげます」
「……へ?」
ボルツは間の抜けた声を上げた。
他の村人たちもきょとんとして私を見つめている。私が何を言っているのか、全く理解できていない様子だった。
「い、いえ、しかし姫様……。家を建てるなど何年もかかる大事業でございます。それに材料が……」
「材料なら、そこにいくらでもあるわ」
私は足元の黒い土を指差した。
「この土を使います」
「つ、土……でございますか?」
村人たちの困惑はますます深まっていく。土で家など、自分たちが今住んでいる家と同じではないか。もっと頑-丈な家が欲しいのに。
そんな彼らの不安を私は笑顔で一蹴した。
「まあ、見ていてくださいな」
私はそう言うと村の広場の中央へと進み出た。
そしておもむろに、両手を地面についた。
ひんやりとした魔力を帯びた土の感触が、手のひらに伝わってくる。
(よし)
私は心の中で呟いた。
これは私のスローライフにおける、趣味の延長だ。
前世で粘土遊びや、砂場で泥団子を作るのが好きだった。あの感覚を今、この壮大なスケールで再現するのだ。
想像しただけでワクワクしてくる。
私はニヤリと口角を吊り上げた。
そして体内の魔力を練り上げ、それを両手から大地へと一気に注ぎ込んだ。
スキル《土魔法 Lv.MAX》、発動。
詠唱は、ない。
ただ、イメージするだけ。
私の頭の中にある理想の家の設計図。暖炉があって、煙突があって、頑丈な壁と屋根を持つ、温かくて快適なコテージ。
そのイメージを大地に伝える。
「―――起きなさい」
私の、囁くような命令。
それが、引き金だった。

ゴゴゴゴゴゴ……!
大地が再び鳴動を始めた。
しかし、それは地震のような無秩序な揺れではない。
まるで巨大な生き物がその身を起こすかのような、意思を持った脈動だった。
村人たちが見守る中、広場の地面がゆっくりと隆起し始める。
黒い土が意思を持った粘土のように、自らの形を変えていく。
それは巨大な壁となり、屋根となり、窓枠となり、煙突となった。
土は私の魔力によって極限まで圧縮され、その性質を変化させていた。もはやそれはただの土ではない。鋼よりも硬く、しかし陶器のように滑らかな全く新しい建材へと生まれ変わっていた。
あっという間だった。
ほんの数分で広場の中心に、一軒の美しい石造りのコテージがその姿を現したのだ。
それはおとぎ話に出てくるような、可愛らしくも頑丈そうな家だった。壁は滑らかな黒色で、屋根には赤茶色の瓦(これも土から作ったものだ)が葺かれている。窓枠は綺麗に整えられ、煙突からはまるで今しがた火を入れたかのようにうっすらと煙が立ち上っていた。
私は地面から手を離し、立ち上がった。
そして自分の作品の出来栄えに、満足げに微笑んだ。
「ふう。まずは、一つ目。こんな感じでどうかしら?」
私は振り返って村人たちに尋ねた。
しかし、返事はなかった。
彼らは今、目の前で起きた天地創造の御業を前に完全に言葉を失っていた。
口を半開きにし、焦点の合わない目で忽然と姿を現した家と、涼しい顔で立つ私をただ交互に見つめるだけ。
恐怖も、歓喜も、崇拝も、全てを通り越してしまった純粋な『無』の表情。
彼らの魂は、そのキャパシティを超える情報量を処理できず一時的にフリーズしてしまっていたのだ。
私はそんな彼らの様子に気づくこともなく、自分の創造物に見とれていた。
(うん、なかなかいい出来じゃない)
趣味の土いじりがこんなにも楽しいなんて。
これは、癖になりそうだ。
私のスローライフは思いがけず、建築家という新たなキャリアと共にその幕を開けようとしていた。
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