悪役令嬢レベル100

夏見ナイ

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第42話 ドワーフの来訪

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エルフの一団がヴァルハイト領の新たな住民となってから、私の日常はさらに彩り豊かなものとなった。
彼らは私が村の隣に用意した森の一角に、驚くべき速さで自分たちの集落を築き始めた。彼らの建築術は、私の土魔法とは全く異なるアプローチだった。森の木々を一本も切り倒すことなく、枝を編み、幹を曲げ、生きている木そのものを利用して美しい住居を作り上げていく。それはまるで、森全体が一つの巨大な芸術作品へと変わっていくようだった。
約束通り、私はエルフの長エルウィンから銀細工の作り方を教わった。レベル100のDEX(器用さ)を持つ私にとって、それは朝飯前の作業だった。私がほんの数時間で作った銀の髪飾りは、エルウィンに「千年を生きた我が一族の誰よりも、精緻で美しい……」と絶句させるほどの出来栄えだった。
私の領地は、ますます賑やかになっていく。
人間、獣人、そしてエルフ。多種多様な種族がそれぞれの文化を持ち寄り、奇妙で、しかしどこか穏やかな共同体を形成し始めていた。
私の「静かな」スローライフはもはや風前の灯火だったが、これはこれで悪くない、と私は思い始めていた。
毎日が文化祭の前日のような、不思議な活気に満ちている。
そんな、新たな日常が始まった矢先。
案の定、次なる訪問者たちがこの地へとやってきた。

その日、私はバルドルとゼノを伴い、領地内の巡察という名目で山の方へ散策に出ていた。
目的は、先日私が水路を作るために拳でぶち抜いた巨大なトンネルの様子を見ることだ。
トンネルの入り口は、もはやヴァルハイト領の名所の一つとなりつつあった。村人たちはそれを『女神様の御門』と呼び、畏敬の念を込めて眺めている。
私たちがその場所にたどり着くと、そこには見慣れぬ一団がいた。
背は低いが、誰もが樽のようにがっしりとした体格をしている。豊かな髭をたくわえ、その腕は丸太のように太い。手には巨大な槌やつるはしを握っている。
ドワーフだ。
その特徴的な姿から、私はすぐに彼らの種族を看破した。
彼らはトンネルの断面―――私が拳で砕いた剥き出しの岩盤を、まるで宝石商が極上の原石を吟味するかのように食い入るような目で見つめていた。
その目には、狂信的とも言えるほどの輝きが宿っている。
「おお……なんという地層……」
「花崗岩の層を突き抜け、閃緑岩を砕き、そしてこの……この輝きは……!」
一団のリーダーらしき、立派な赤髭のドワーフが震える指で岩盤の一点を指差した。
その場所は、他とは違う鈍い銀色の輝きを放っていた。
「……ミスリル……。それも、これほどの純度の鉱脈がこれほど地表近くに露出しているなど……!神話の時代の鍛冶神ドゥリン様でも、これほどの鉱床は見つけられなかったに違いない!」
ドワーフたちは興奮のあまり、持っていたつるはしで地面をガンガンと叩き始めた。
「親方!やべえ!こいつはとんでもねえお宝だ!」
「この山、丸ごと鉱山になるぞ!」
彼らは自分たちの世界に完全に没入しており、私たちの接近に全く気づいていないようだった。
私はその異様な光景に、少しだけ首を傾げた。
(ミスリル……?そういえば、ゲームで聞いたことがあるような)
確か、非常に希少で強力な武具の材料になる魔法の金属だったはずだ。
どうやら私は水路を作った際に、偶然とんでもない鉱脈を掘り当ててしまったらしい。

私がそんなことを考えていると、ようやくドワーフの一人が私たちの存在に気づいた。
「な、何者だ、お前ら!」
彼の警戒の声に、他のドワーフたちも一斉にこちらを振り返り、武器である槌やつるはしを構えた。
その時、リーダーの赤髭ドワーフが私の姿を認め、目を見開いた。
彼の視線は私の顔ではなく、私が退屈しのぎに指でくるくると回していた一本の銀の矢に注がれていた。それはエルフのエルウィンが、友好の証として私に贈ってくれた工芸品だった。
「……その矢……」
赤髭ドワーフが呻くように言った。
「その銀細工の緻密さ……エルフの中でも王族クラスの職人でなければ不可能……。そして、矢じりに使われている微かな魔石の輝き……。なぜ、お前のような人間の小娘がそんなものを持っている?」
その問いに、私は面倒くさそうに答えた。
「これ?友達にもらったのよ。エルフのね」
「エルフだと!?」
ドワーフたちの間に、動揺が走る。
ドワーフとエルフは種族的にあまり仲が良くないと、ゲームの知識で知っていた。互いの価値観が違いすぎるのだ。
「そうだ。エルウィンという名のエルフだ。今、私の領地で暮らしている」
「エルウィン……『銀の森』のエルウィンか!奴らが人間の下で暮らしているだと!?馬鹿な!」
赤髭ドワーフは信じられないというように首を振った。
しかし、その時、彼の視線は私の後ろに控える二人の男に気づいた。
一人は亡国グリモリアの宝剣を下げた、伝説の騎士。
もう一人は闇に紛れる暗殺者の気配を纏った、謎の従者。
そして私の足元には、神獣フェンリルがまるでただの飼い犬のように退屈そうに寝そべっている。
人間、亜人、エルフ、伝説の騎士、暗殺者、そして神獣。
ありえない組み合わせ。ありえない光景。
この、あまりにも混沌とした状況の中心に、一人の赤い髪の少女が平然と立っている。
ドワーフのリーダーは、ごくりと唾を飲んだ。
彼はただの頑固な職人ではない。幾多の鉱山を渡り歩き、数々の修羅場をくぐり抜けてきた百戦錬磨の親方だ。
彼の長年の経験と勘が、警鐘を乱れ打っていた。
目の前の少女は、自分たちがこれまで出会ったどの王侯貴族とも、どの魔物とも違う。
全く異質の、規格外の『何か』であると。
そして彼は理解した。
この地で起きているという、数々の奇跡の噂。
それは、全て真実なのだ、と。
赤髭ドワーフの膝が、ゆっくりと折れた。
彼はその頑固なドワーフの頭を、深く、深く地面にこすりつけた。その仕草は彼らが信仰する鍛冶神に祈りを捧げる時と、全く同じだった。
「……お見それいたしました」
震える声だった。
「我らは偉大なる『山を穿つ者』様が、この地にいらっしゃると聞き、その御業を確かめに参った次第。まさか、これほど若く美しいお方だったとは……」
「山を穿つ者?」
また、変なあだ名が増えた。
「この鉱脈!これほどの宝を世に示してくださった!貴女様こそ、我らドワーフが永遠に仕えるべき、真の『山の王』にございます!」
親方の言葉に、他のドワーフたちも次々とその場にひれ伏した。
槌やつるはしを置き、彼らは自分たちの種族にとっての最高の敬意を示した。
「どうか!どうか、我らもこの地に住まわせてはいただけないでしょうか!」
親方は顔を上げて懇願した。
「このミスリル鉱脈を我らの手で採掘し、最高の武具を鍛え上げ貴女様に捧げることをお約束いたします!我らが持つ全ての技術と知識を、貴女様のために!」
その申し出は、非常に魅力的だった。
ドワーフの鍛冶技術は大陸一と名高い。彼らが仲間になれば、農具の質も格段に上がるだろう。私のスローライフが、さらに快適になることは間違いない。
追い返す面倒さと、彼らの技術への興味。
天秤はもはや計るまでもなく、後者に傾いていた。
「……はあ」
私はもはやお約束となった深いため息をついた。
「分かったわよ。好きにしなさいな」
私のいつもの投げやりな許可。
それを聞いた瞬間、ドワー-フたちの間から地鳴りのような歓声が上がった。
「おおおおおお!」
「親方!やったぞ!」
「最高の鉱山で、最高の仕事ができるんだ!」
彼らは抱き合い、肩を叩き合い、新しい主君と新しい故郷の誕生を、心の底から祝った。
獣人、エルフ、そしてドワーフ。
私の知らぬ間にヴァルハイト領は、人間以外の主要な亜人種族が全て揃う多種族共生コミュニティへと、その姿を変えようとしていた。
私はそのあまりの展開の速さに、少しだけ、本当に少しだけ眩暈を覚えた。
「……なんだか、すごいことになってきちゃったわね」
その小さな呟きは、ドワーフたちの鬨の声の中に、あっさりと掻き消えていった。
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