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第78話 王子の監禁
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私がヴァルハイト領で『大掃除』の準備を着々と進めている頃、アストライア王国の王城では一つの小さな、しかし決定的な事件が起きていた。
エリオット王子は日に日に深まる苦悩の中にいた。
宰相から与えられる情報と彼が独自に得る情報の食い違い。聖女リリアの奇跡の裏で進行する世界の不吉な軋み。そして北の地で急速に力を増す、かつての婚約者の影。
彼の信じてきた『正義』はもはや砂上の楼閣のように、いつ崩れてもおかしくない状態だった。
そして彼はついに一つの決断を下す。
宰相を問い質そう、と。
全ての情報の流れを管理し、自分を導いてきたこの男。彼の真意を確かめねばならない。
もし彼が自分を欺き、何かを企んでいるのだとしたら。
その時は王子として国を乱す奸臣を、断じなければならない。
覚悟を決めたエリオットは夜更けを待ち、宰相の執務室の扉を叩いた。
「……これは、これは、殿下。このような夜分にいかがなさいましたか」
宰相はいつものように穏やかな笑みを浮かべ、エリオットを迎え入れた。その態度には何の動揺も見られない。
エリオットはその余裕の表情に苛立ちを覚えながらも、努めて冷静に切り出した。
「宰相。単刀直入に聞く。お前は私に何か隠してはいないか」
そのあまりにも直接的な問い。
宰相の笑みがぴたりと止まった。
「……ほう。と、申しますと?」
「とぼけるな! 大陸各地で起きている異常現象! 聖女の奇跡との関連性! そしてお前の報告と私が独自に得た情報との明らかな食い違い! これら全て、お前が裏で糸を引いているのではないのか!」
エリオットは机を強く叩き、激しい口調で問い詰めた。
もはや回りくどい探り合いは不要。彼は真実を求めていた。
宰相はしばらく黙ってエリオットの顔を見つめていた。その昏い瞳は、まるで彼の魂の奥底まで見透かしているかのようだった。
やがて宰相は、ふうと大きなため息をついた。
そしてこれまで被っていた忠実な臣下の仮面をあっさりと脱ぎ捨てた。
「……ようやくお気づきになりましたか。愚かな、しかし愛すべき我が王子よ」
その口調はもはや臣下のものではなかった。
全てを操る黒幕のそれだった。
「なっ……!?」
エリオットは言葉を失った。
目の前の男があっさりと本性を現したことに、彼の思考が追いつかない。
「いかにも。全ては私が仕組んだこと。聖女の力を増幅させ、世界のバランスを崩し、そして貴方様を『正義の英雄』に仕立て上げ、北の魔女と戦わせる。全ては来たるべき『大いなる浄化』のための、壮大な儀式の前座にございます」
「浄化……だと……? 貴様、一体何を企んでいる!」
「企む? 人聞きの悪い。私はこの腐敗しきった世界を一度リセットし、新たなる清浄な世界を創造しようとしているのです。それこそが古の災厄様が望む真の救済」
宰相の瞳が狂信的な光を放った。
「貴様……! 災厄の使徒だったのか!」
エリオットは、ようやく全ての点と線が繋がったことに戦慄した。
そして自らがその邪悪な計画の中心的な駒として踊らされていたことに、絶望的な怒りを覚えた。
彼は腰の剣に手をかけた。
「国を、世界を、己の狂気のために滅ぼそうとする逆賊め! ここで成敗してくれる!」
「おやめなさい、殿下」
宰相は全く動じることなく静かに言った。
「貴方に私は斬れません。なぜなら貴方はまだ役目を終えていないのですから」
「何を……!」
エリオットが剣を抜き放とうとした、その瞬間。
執務室の影から音もなく数人の黒装束の男たちが姿を現し、彼の四肢を拘束した。宰相直属の暗部『影法師』たちだった。
「ぐっ……! 離せ!」
エリオットは必死に抵抗するが、彼らの力はあまりにも強く身動き一つ取れない。
「しばらく頭を冷やしていただく必要がありそうですな」
宰相は冷ややかに笑った。
「貴方様にはこれから始まる壮大な『劇』を、特等席でご覧になっていただきます。そして自らの無力さと世界の真実を、その身をもって味わっていただくのです」
彼は影法師たちに目配せをした。
「王子を地下牢へ。誰にも気づかれるな」
「はっ」
エリオットは為す術もなく、影の中へと引きずり込まれていった。
彼の耳に最後に聞こえたのは、宰相の嘲るような声だった。
「ご安心を、殿下。貴方様の出番はクライマックスに、ちゃんとご用意してございますので。聖女様をその手で『救済』していただくという、最も名誉ある役どころを、ね……」
意識が遠のいていく。
エリオットは深い、深い絶望の闇の中へと落ちていった。
自らが信じた正義に裏切られ、信頼していた臣下に欺かれ、そして愛する少女さえも自らの手で破滅へと導く駒にされようとしている。
そのあまりにも残酷な真実を前に、彼の心は完全に砕け散ってしまった。
王城の光が当たる華やかな舞台。
そのすぐ足元で本当の主役が、静かに、そして無慈-悲に退場させられていた。
そしてその空になった舞台に、邪悪な道化師が一人、立とうとしていた。
エリオット王子は日に日に深まる苦悩の中にいた。
宰相から与えられる情報と彼が独自に得る情報の食い違い。聖女リリアの奇跡の裏で進行する世界の不吉な軋み。そして北の地で急速に力を増す、かつての婚約者の影。
彼の信じてきた『正義』はもはや砂上の楼閣のように、いつ崩れてもおかしくない状態だった。
そして彼はついに一つの決断を下す。
宰相を問い質そう、と。
全ての情報の流れを管理し、自分を導いてきたこの男。彼の真意を確かめねばならない。
もし彼が自分を欺き、何かを企んでいるのだとしたら。
その時は王子として国を乱す奸臣を、断じなければならない。
覚悟を決めたエリオットは夜更けを待ち、宰相の執務室の扉を叩いた。
「……これは、これは、殿下。このような夜分にいかがなさいましたか」
宰相はいつものように穏やかな笑みを浮かべ、エリオットを迎え入れた。その態度には何の動揺も見られない。
エリオットはその余裕の表情に苛立ちを覚えながらも、努めて冷静に切り出した。
「宰相。単刀直入に聞く。お前は私に何か隠してはいないか」
そのあまりにも直接的な問い。
宰相の笑みがぴたりと止まった。
「……ほう。と、申しますと?」
「とぼけるな! 大陸各地で起きている異常現象! 聖女の奇跡との関連性! そしてお前の報告と私が独自に得た情報との明らかな食い違い! これら全て、お前が裏で糸を引いているのではないのか!」
エリオットは机を強く叩き、激しい口調で問い詰めた。
もはや回りくどい探り合いは不要。彼は真実を求めていた。
宰相はしばらく黙ってエリオットの顔を見つめていた。その昏い瞳は、まるで彼の魂の奥底まで見透かしているかのようだった。
やがて宰相は、ふうと大きなため息をついた。
そしてこれまで被っていた忠実な臣下の仮面をあっさりと脱ぎ捨てた。
「……ようやくお気づきになりましたか。愚かな、しかし愛すべき我が王子よ」
その口調はもはや臣下のものではなかった。
全てを操る黒幕のそれだった。
「なっ……!?」
エリオットは言葉を失った。
目の前の男があっさりと本性を現したことに、彼の思考が追いつかない。
「いかにも。全ては私が仕組んだこと。聖女の力を増幅させ、世界のバランスを崩し、そして貴方様を『正義の英雄』に仕立て上げ、北の魔女と戦わせる。全ては来たるべき『大いなる浄化』のための、壮大な儀式の前座にございます」
「浄化……だと……? 貴様、一体何を企んでいる!」
「企む? 人聞きの悪い。私はこの腐敗しきった世界を一度リセットし、新たなる清浄な世界を創造しようとしているのです。それこそが古の災厄様が望む真の救済」
宰相の瞳が狂信的な光を放った。
「貴様……! 災厄の使徒だったのか!」
エリオットは、ようやく全ての点と線が繋がったことに戦慄した。
そして自らがその邪悪な計画の中心的な駒として踊らされていたことに、絶望的な怒りを覚えた。
彼は腰の剣に手をかけた。
「国を、世界を、己の狂気のために滅ぼそうとする逆賊め! ここで成敗してくれる!」
「おやめなさい、殿下」
宰相は全く動じることなく静かに言った。
「貴方に私は斬れません。なぜなら貴方はまだ役目を終えていないのですから」
「何を……!」
エリオットが剣を抜き放とうとした、その瞬間。
執務室の影から音もなく数人の黒装束の男たちが姿を現し、彼の四肢を拘束した。宰相直属の暗部『影法師』たちだった。
「ぐっ……! 離せ!」
エリオットは必死に抵抗するが、彼らの力はあまりにも強く身動き一つ取れない。
「しばらく頭を冷やしていただく必要がありそうですな」
宰相は冷ややかに笑った。
「貴方様にはこれから始まる壮大な『劇』を、特等席でご覧になっていただきます。そして自らの無力さと世界の真実を、その身をもって味わっていただくのです」
彼は影法師たちに目配せをした。
「王子を地下牢へ。誰にも気づかれるな」
「はっ」
エリオットは為す術もなく、影の中へと引きずり込まれていった。
彼の耳に最後に聞こえたのは、宰相の嘲るような声だった。
「ご安心を、殿下。貴方様の出番はクライマックスに、ちゃんとご用意してございますので。聖女様をその手で『救済』していただくという、最も名誉ある役どころを、ね……」
意識が遠のいていく。
エリオットは深い、深い絶望の闇の中へと落ちていった。
自らが信じた正義に裏切られ、信頼していた臣下に欺かれ、そして愛する少女さえも自らの手で破滅へと導く駒にされようとしている。
そのあまりにも残酷な真実を前に、彼の心は完全に砕け散ってしまった。
王城の光が当たる華やかな舞台。
そのすぐ足元で本当の主役が、静かに、そして無慈-悲に退場させられていた。
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