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第79話 魔王討伐令
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エリオット王子が宰相の奸計によって地下牢に幽閉された翌朝。
アストライア王国の王城は、何事もなかったかのように穏やかな一日の始まりを迎えていた。
王子の突然の不在は、「急な病によるご静養のため」と公式に発表された。人々は聖女リリアの奇跡の力で、すぐに回復されるだろうと楽観的に噂し合うだけだった。
誰もその裏で、国家転覆に等しいクーデターが静かに完了していたことなど、知る由もなかった。
宰相は病床の国王(彼もまた宰相が盛った緩慢な毒によって、既に判断能力を失っていた)を巧みに操り、事実上この国の全権を掌握した。
そして彼はついに、長年計画してきた最終段階の布石を打つ。
その日の正午。
王城の最も高いバルコニーに聖女リリアと、その後見人である宰相が姿を現した。
バルコニーの下には広場を埋め尽くすほどの、おびただしい数の民衆が集まっている。彼らは聖女の姿を一目見ようと、熱狂的な歓声を上げていた。
リリアはその光景に少しだけ戸惑いながらも、人々の期待に応えるように優しく微笑んで手を振った。
彼女はエリオット王子が病に倒れたと聞き、心を痛めていた。彼のそばで看病したいと申し出たが、宰相に「殿下は聖女様の御力を、ご自分のためではなく民のために使ってほしいと願っておられます」と説得され、こうして民衆の前に立つことになったのだ。
その純粋な善意が、今、最も邪悪な企みに利用されようとしていることを彼女はまだ知らない。
やがて宰相が一歩前に進み出た。
彼が手を上げると、あれほど熱狂的だった群衆が水を打ったように静まり返った。
宰相は魔道具で増幅された朗々とした声で、高らかに演説を始めた。
「ここに集いしアストライア王国の民よ! そして大陸全土に生きる、全ての善なる人々よ!」
その声は広場だけでなく王都中に、そして魔法通信によって大陸の主要都市へと同時に届けられていた。
「我らは今、未曾有の危機に直面している! 世界は原因不明の災厄によって蝕まれ、そのバランスを崩しつつある! 大地は枯れ、海は荒れ、山は怒りの炎を噴き出している!」
彼の言葉に民衆の間に不安のどよめきが広がる。彼らもまた肌で感じていた世界の異変。その正体を宰相は今、ここで断言しようとしていた。
「諸君らは問うだろう! その災厄の根源は一体何なのだ、と! 我らは聖女リリア様の御神託により、その忌まわしき正体を、ついに突き止めた!」
宰相はそこで一度言葉を切り、劇的な間を取った。
そして全ての聴衆の意識が最高潮に達したのを見計らい、北の方角を指差し、雷鳴のような声で叫んだ。
「その元凶の名は、アシュリー・フォン・ヴァルハイト! 北の辺境に巣食い、その邪悪な魔力で世界を蝕む、現代に蘇りし『魔王』である!」
魔王。
そのあまりにも衝撃的な言葉。
民衆は息を呑んだ。
アシュリーの名は既に『紅姫』として恐怖の対象だった。だが『魔王』という呼称は、その恐怖をさらに現実的で具体的な脅威へと昇華させた。
世界の異変は、全てあの魔女の仕業だったのだ、と。
「彼女はその力に驕り、五カ国を滅ぼしただけでは飽き足らず、今やこの世界そのものを自らの欲望のために作り替えようとしている! その証拠に彼女は北の地で、人間以外の異形なる者どもを従え、禁断の技術で軍備を増強し、我らが王国を、いやこの世界全てを飲み込もうと、その牙を研いでいるのだ!」
宰相の言葉は巧みだった。
彼はヴァルハイト領で起きている事実(亜人との共存、技術の発展)を悪意に満ちたフィルターを通して語ることで、人々の心に恐怖と、そして正義の怒りを植え付けていった。
「我らはもはや沈黙しているわけにはいかない! このままでは世界は魔王の手に落ち、永遠の闇に閉ざされてしまうだろう!」
彼の扇動に、民衆の顔が不安から怒りへと変わっていく。
「そうだ! 魔王を討て!」
「我らの世界を、守るのだ!」
群衆の中からそんな声が上がり始めた。
宰相はその熱気が最高潮に達したのを見計らい、傍らに立つ聖女リリアの手を取った。
そして彼女を民衆の前に掲げるようにして、宣言した。
「だが我らには希望がある! この聖女リリア様という光がある! 彼女の聖なる力こそ、魔王の闇を打ち払う唯一の刃!」
彼はリリアの耳元で優しく囁いた。
「さあ、リリア様。民にお言葉を。彼らに勇気と希望をお与えください」
リリアはそのあまりに急な展開に戸惑っていた。
アシュリー様が魔王? 世界の災厄の元凶?
にわかには信じがたい話だった。あの卒業パーティで見せた、恐ろしくもどこか悲しげな瞳。彼女が世界を滅ぼすような悪だとは、どうしても思えなかった。
だが宰相の言葉には有無を言わせぬ説得力があった。そして目の前には自分を信じ、救いを求めるおびただしい数の民衆がいる。
彼らを見捨てるわけにはいかない。
リリアは覚悟を決めた。
そしてマイクの前に立ち、震える声で、しかしはっきりと、言った。
「……皆さん。心を一つにしましょう。光は必ずや闇に打ち勝ちます。私が皆さんと、共にいます」
その純粋な善意に満ちた言葉。
それが引き金だった。
「「「うおおおおおおおおおっ!」」」
民衆の熱狂は頂点に達した。
聖女が我らと共に戦ってくださる!
その事実は彼らにとって、何よりも心強い約束だった。
宰相はその光景に満足げに頷いた。
そして彼はこの歴史的な日の仕上げとして、一枚の羊皮紙を高々と掲げた。
それは国王の印が押された正式な勅書。
「アストライア国王アルフォンスの名において、そして聖女リリアの名において、ここに大陸全土に檄を発する!」
宰相の声が世界中に響き渡る。
「世界の災厄の元凶、魔王アシュリーを討伐せよ! 正義と光の下に集い、我らと共に聖戦を始めんことを!」
『魔王討伐令』。
それは一人の少女を人類共通の敵として断定し、その抹殺を正当化する恐るべき宣言だった。
そしてそれは同時に、宰相が仕組んだ世界を破滅へと導く最終戦争の始まりを告げる号砲でもあった。
偽りの正義と熱狂する民衆。
その裏で黒幕の笑い声が、不気味に響いていた。
アストライア王国の王城は、何事もなかったかのように穏やかな一日の始まりを迎えていた。
王子の突然の不在は、「急な病によるご静養のため」と公式に発表された。人々は聖女リリアの奇跡の力で、すぐに回復されるだろうと楽観的に噂し合うだけだった。
誰もその裏で、国家転覆に等しいクーデターが静かに完了していたことなど、知る由もなかった。
宰相は病床の国王(彼もまた宰相が盛った緩慢な毒によって、既に判断能力を失っていた)を巧みに操り、事実上この国の全権を掌握した。
そして彼はついに、長年計画してきた最終段階の布石を打つ。
その日の正午。
王城の最も高いバルコニーに聖女リリアと、その後見人である宰相が姿を現した。
バルコニーの下には広場を埋め尽くすほどの、おびただしい数の民衆が集まっている。彼らは聖女の姿を一目見ようと、熱狂的な歓声を上げていた。
リリアはその光景に少しだけ戸惑いながらも、人々の期待に応えるように優しく微笑んで手を振った。
彼女はエリオット王子が病に倒れたと聞き、心を痛めていた。彼のそばで看病したいと申し出たが、宰相に「殿下は聖女様の御力を、ご自分のためではなく民のために使ってほしいと願っておられます」と説得され、こうして民衆の前に立つことになったのだ。
その純粋な善意が、今、最も邪悪な企みに利用されようとしていることを彼女はまだ知らない。
やがて宰相が一歩前に進み出た。
彼が手を上げると、あれほど熱狂的だった群衆が水を打ったように静まり返った。
宰相は魔道具で増幅された朗々とした声で、高らかに演説を始めた。
「ここに集いしアストライア王国の民よ! そして大陸全土に生きる、全ての善なる人々よ!」
その声は広場だけでなく王都中に、そして魔法通信によって大陸の主要都市へと同時に届けられていた。
「我らは今、未曾有の危機に直面している! 世界は原因不明の災厄によって蝕まれ、そのバランスを崩しつつある! 大地は枯れ、海は荒れ、山は怒りの炎を噴き出している!」
彼の言葉に民衆の間に不安のどよめきが広がる。彼らもまた肌で感じていた世界の異変。その正体を宰相は今、ここで断言しようとしていた。
「諸君らは問うだろう! その災厄の根源は一体何なのだ、と! 我らは聖女リリア様の御神託により、その忌まわしき正体を、ついに突き止めた!」
宰相はそこで一度言葉を切り、劇的な間を取った。
そして全ての聴衆の意識が最高潮に達したのを見計らい、北の方角を指差し、雷鳴のような声で叫んだ。
「その元凶の名は、アシュリー・フォン・ヴァルハイト! 北の辺境に巣食い、その邪悪な魔力で世界を蝕む、現代に蘇りし『魔王』である!」
魔王。
そのあまりにも衝撃的な言葉。
民衆は息を呑んだ。
アシュリーの名は既に『紅姫』として恐怖の対象だった。だが『魔王』という呼称は、その恐怖をさらに現実的で具体的な脅威へと昇華させた。
世界の異変は、全てあの魔女の仕業だったのだ、と。
「彼女はその力に驕り、五カ国を滅ぼしただけでは飽き足らず、今やこの世界そのものを自らの欲望のために作り替えようとしている! その証拠に彼女は北の地で、人間以外の異形なる者どもを従え、禁断の技術で軍備を増強し、我らが王国を、いやこの世界全てを飲み込もうと、その牙を研いでいるのだ!」
宰相の言葉は巧みだった。
彼はヴァルハイト領で起きている事実(亜人との共存、技術の発展)を悪意に満ちたフィルターを通して語ることで、人々の心に恐怖と、そして正義の怒りを植え付けていった。
「我らはもはや沈黙しているわけにはいかない! このままでは世界は魔王の手に落ち、永遠の闇に閉ざされてしまうだろう!」
彼の扇動に、民衆の顔が不安から怒りへと変わっていく。
「そうだ! 魔王を討て!」
「我らの世界を、守るのだ!」
群衆の中からそんな声が上がり始めた。
宰相はその熱気が最高潮に達したのを見計らい、傍らに立つ聖女リリアの手を取った。
そして彼女を民衆の前に掲げるようにして、宣言した。
「だが我らには希望がある! この聖女リリア様という光がある! 彼女の聖なる力こそ、魔王の闇を打ち払う唯一の刃!」
彼はリリアの耳元で優しく囁いた。
「さあ、リリア様。民にお言葉を。彼らに勇気と希望をお与えください」
リリアはそのあまりに急な展開に戸惑っていた。
アシュリー様が魔王? 世界の災厄の元凶?
にわかには信じがたい話だった。あの卒業パーティで見せた、恐ろしくもどこか悲しげな瞳。彼女が世界を滅ぼすような悪だとは、どうしても思えなかった。
だが宰相の言葉には有無を言わせぬ説得力があった。そして目の前には自分を信じ、救いを求めるおびただしい数の民衆がいる。
彼らを見捨てるわけにはいかない。
リリアは覚悟を決めた。
そしてマイクの前に立ち、震える声で、しかしはっきりと、言った。
「……皆さん。心を一つにしましょう。光は必ずや闇に打ち勝ちます。私が皆さんと、共にいます」
その純粋な善意に満ちた言葉。
それが引き金だった。
「「「うおおおおおおおおおっ!」」」
民衆の熱狂は頂点に達した。
聖女が我らと共に戦ってくださる!
その事実は彼らにとって、何よりも心強い約束だった。
宰相はその光景に満足げに頷いた。
そして彼はこの歴史的な日の仕上げとして、一枚の羊皮紙を高々と掲げた。
それは国王の印が押された正式な勅書。
「アストライア国王アルフォンスの名において、そして聖女リリアの名において、ここに大陸全土に檄を発する!」
宰相の声が世界中に響き渡る。
「世界の災厄の元凶、魔王アシュリーを討伐せよ! 正義と光の下に集い、我らと共に聖戦を始めんことを!」
『魔王討伐令』。
それは一人の少女を人類共通の敵として断定し、その抹殺を正当化する恐るべき宣言だった。
そしてそれは同時に、宰相が仕組んだ世界を破滅へと導く最終戦争の始まりを告げる号砲でもあった。
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