悪役令嬢レベル100

夏見ナイ

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第93話 再会

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王城の内部は不気味なほど静まり返っていた。
豪華な絨毯が敷かれた長い廊下には人っ子一人いない。壁にかけられた歴代国王の肖像画だけが、まるで亡霊のように侵入者である私たちを無言で見つめている。
しかし、空気は淀んでいた。
濃密な負の魔力。そして、血と獣の臭い。
この城の中で何かおぞましい儀式が行われていることは誰の目にも明らかだった。
「……気をつけろ。床下や天井に何かが潜んでいる気配がする」
バルドルが低い声で騎士たちに警告する。
ゼノは既に影の中に溶け込むように、私の数歩先を音もなく進んでいた。斥候としての彼の能力は、この薄暗い城内で最大限に発揮される。

私たちは一直線に玉座の間を目指した。
宰相がいるとすれば、そこ以外に考えられない。
やがて、目の前に金細工の施された壮麗な両開きの扉が現れた。
玉座の間へと続く最後の扉。
ゼノが扉に仕掛けられた罠の有無を確認しようと手を伸ばした。
だが、その瞬間。
扉はまるで私たちを招き入れるかのように、ギィィと重い音を立ててひとりでに開き始めた。
「……罠か」
バルドルが身構える。
私はそんな彼らを手で制し、臆することなく開かれた扉の向こうへと一歩、足を踏み入れた。

玉座の間は私が知っている頃の面影を完全に失っていた。
かつては陽光が差し込み、煌びやかなシャンデリアが輝いていたはずのその場所は、今は禍々しい紫色の光を放つ無数の蝋燭によって不気味に照らし出されているだけだった。
床にはおびただしい血で描かれた、巨大で複雑な魔法陣が脈打つように明滅している。
そして、その魔法陣の中心。
玉座の前には二人の人影が立っていた。
一人はこの国の宰相。
彼はいつもの謹厳実直な臣下の服装ではなく、黒い司祭服のようなものを身にまとっていた。その顔には狂信的なまでの恍惚とした笑みが浮かんでいる。
そして、もう一人。
彼の隣でまるで人形のように虚ろな表情で佇んでいたのは、聖女リリア・スチュワートだった。
彼女の純白のドレスは儀式のせいか、どことなく色褪せて見えた。その瞳からはかつての慈愛に満ちた光は消え失せ、ただ焦点の合わない空っぽの光だけが揺らめいていた。
彼女の身体からは絶えず膨大な魔力が溢れ出し、床の魔法陣へと吸い込まれ続けている。彼女自身が災厄を呼び出すための生きた触媒と化しているのだ。

「―――よくぞ、参られた。北の魔女よ」
宰相が芝居がかった口調で私たちを歓迎した。
その声は玉座の間に不気味に響き渡る。
「貴様の到来は計算通り。いや、計算以上だったと言うべきかな。まさかこれほど早くこの玉座の間にまでたどり着くとは。大陸連合軍は存外、役に立たなかったと見える」
彼は心底楽しそうに肩をすくめてみせた。
私はそんな彼の道化じみた態度には付き合わず、ただ冷たく問いかけた。
「エリオット王子は、どこ?」
「おお、王子のことをご心配か。ご安心めされよ。彼は最高の特等席でこの歴史的瞬間を見届けておるわ」
宰相は玉座の影を親指で指し示した。
その暗がりには手足を鎖で縛られ、猿ぐつわをかまされたエリオット王子の姿があった。
彼は悔しさと絶望に顔を歪ませ、必死に何かを訴えようともがいていた。
「……そう」
私は短く応えた。
無事なのが確認できればそれでいい。後で助け出してやればいいだけのことだ。
私の視線は再び宰相へと戻った。
「茶番はもういいわ。単刀直入に聞きましょう。あなた、一体何がしたいの?」
そのあまりにも根本的で、そしてどこか子供のような問い。
それを聞いた宰相は腹を抱えて高らかに笑い出した。
「はーっはっはっは! 何がしたいか、だと? 愚かな! この私が見ているのは貴様のようなちっぽけな個人の欲望などではない! 世界の、宇宙の真理そのものよ!」
彼は両手を広げ、狂気に満ちた瞳で私を睨みつけた。
「この世界は腐敗した! 偽りの平和に溺れ、緩やかな死へと向かう醜い生命の澱み! 私はそれを『浄化』するのだ! 古の災厄様のお力によって全てを無に還し、真に清浄な新たなる世界を創造するのだ!」
「……はあ。またそういう壮大で、ありがちな話なのね」
私は心底うんざりして深いため息をついた。
世界の浄化だの、新世界の創造だの。
そういうのはもう聞き飽きた。
「結局、あなたのやっていることはただの『八つ当たり』じゃない。自分の思い通りにならない世界が気に食わないから、全部壊してしまおうっていう子供の癇癪と何も変わらないわよ」
私のあまりにも的確で、そして容赦のない指摘。
それが宰相の逆鱗に触れた。
彼の顔から笑みが消える。
代わりに憎悪と侮蔑に満ちた昏い怒りが、その顔を支配した。
「……黙れ、小娘が」
宰相の低い声が床を這う。
「貴様のような世界の理から外れた『バグ』に、我が一族の何千年にもわたる悲願が理解できてたまるものか!」
彼は杖を高く掲げた。
「だが、その減らず口もここまでだ。貴様はここで死ぬ。そして、その汚れた魂は我が偉大なる災厄様の復活のための最後の贄となるのだ!」
彼の言葉と共に、床の魔法陣がこれまでとは比較にならないほどの禍々しい光を放ち始めた。
玉座の間全体が激しく揺れる。
壁や天井からバリバリと何かが砕けるような音が響き渡る。
「化け物め」
宰相は私を心の底からの憎悪を込めてそう罵った。
「貴様のその存在そのものが、この美しい計画を狂わせた! だが、それももう終わりだ! 思い知るがいい! 真の絶望というものを!」
彼は狂ったように笑いながら、儀式の最後の段階を始めようとしていた。
私はその光景をただ冷めた目で見つめていた。
(……再会、ね)
卒業パーティ以来の再会。
あの時、壇上の上で偽りの正義を振りかざしていた攻略対象の一人。
その彼が今、世界の全てを敵に回す本物の『悪役』として私の前に立っている。
運命とはなんと皮肉なものだろうか。
私は深紅のドレスの裾をそっと払いながら、静かに呟いた。
「……ええ。本当に終わりにしてあげるわ。あなたの、そのくだらない茶番劇をね」
最後の舞台の幕が今、静かに上がった。
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