悪役令嬢レベル100

夏見ナイ

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第95話 お掃除

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玉座の間に絶対的な沈黙が支配していた。
数十体の異形の怪物が、瞬き一つする間に光の中に消滅した。
そのあまりにも現実離れした光景を前に、その場にいた誰もが思考を停止させていた。
私の後ろに控えるバルドルと騎士団は、もはや驚くことさえ忘れ、ただ神の御業を目の当たりにした証人としてその場に立ち尽くしている。
玉座の影で拘束されていたエリオット王子もまた、猿ぐつわの下で信じられないものを見る目で私を見つめていた。
そして、全ての元凶である宰相は。
「……あ……あ……うそだ……」
その場にへたり込み、子供のように首を振り続けていた。
彼の最強の切り札が、彼の信じる災厄の力が、まるで子供の玩具のように一瞬で無に還された。その事実を、彼の精神が受け入れきれずにいた。
私はそんな彼らの様子には全く興味を示さず、宣言通りエリオット王子が捕らえられている玉座の影へと優雅に歩みを進めた。
「やあ、王子様。久しぶりね」
私はしゃがみ込み、彼の顔を覗き込んだ。
エリオットは、びくんと身体を震わせた。その瞳には恐怖と混乱と、そしてほんのわずかな救いを求めるような色が浮かんでいた。
「んぐっ! んー!」
彼は必死に何かを訴えようとしている。
「ああ、ごめんなさい。これを外し忘れていたわね」
私は彼の口に詰められた猿ぐつわを何の躊躇もなく引き抜いた。
「ぷはっ! はあ……はあ……!」
解放されたエリオットは貪るように空気を吸い込んだ。
「アシュリー……! なぜ……なぜ君がここに……」
「お散歩の途中よ」
私は事もなげに答えた。
そして彼の手足を縛り付けている黒い魔力を帯びた鎖に、指を触れさせた。
パリンという軽い音と共に、いかなる物理攻撃でも断ち切れないはずの魔法の鎖は、まるでガラス細工のようにあっけなく砕け散った。
「……立てるかしら?」
私が手を差し伸べると、エリオ-ットは戸惑いながらもその手を取った。
彼はまだ状況が飲み込めていないようだった。
自分が断罪したはずの悪役令嬢に、今自分は救い出されている。そのあまりにも皮肉な状況に。
「さて、と」
私は立ち上がったエリオットの埃を軽く払ってやると、満足げに頷いた。
「これで邪魔者はいなくなったわね。ゼノ、バルドル。あとはあの転がっている粗大ゴミをさっさと片付けてちょうだい。話はそれからよ」
私は未だに床で呆然としている宰相を顎でしゃくった。
そのあまりにも無慈悲で、そしてどこかぞんざいな物言い。
それが砕け散っていた宰相の精神を、最後の、そして最も醜悪な狂気へと叩き落とした。

「……ゴミ……だと……?」
宰相の低い、地の底から響くような声が玉座の間に響いた。
「この私を……! 偉大なる災厄様の代行者たるこの私を……! ただのゴミだと……ッ!」
彼はゆっくりと、しかしぎこちない動きで立ち上がった。
その顔にはもはや理性のかけらも残っていなかった。
あるのは純粋な、そして底なしの憎悪だけ。
「許さん……許さんぞ、小娘……!」
彼の全身から黒く禍々しいオーラが、煙のように立ち上り始めた。
「貴様だけは……! 貴様だけは、この私が直々に地獄の底へと叩き落としてくれるわ!」
「バルドル様!」
その異常な気配を察知し、騎士たちが剣を構える。
だが、もう遅い。
宰相は狂ったように笑いながら、床に描かれた魔法陣の中心へとその身を躍らせた。
そして、懐から取り出した黒曜石の短剣を、自らの心臓へと何の躊躇もなく突き立てたのだ。
「ぐっ……はっ……!」
ゴボリと彼の口から黒い血が溢れ出す。
しかし、彼の顔には苦痛ではなく恍惚とした笑みが浮かんでいた。
「ご覧あれ、魔女よ! これこそが我が一族に伝わる究極の秘術! 我が身を生贄と捧げ、災厄様のお力をこの身に降ろす、『神降ろし』の儀!」
彼の身体は捧げられた生命力を糧に、急速にその姿を変え始めた。
皮膚は黒く変色し、その身体は風船のように膨張していく。背中からは蝙蝠のような歪な翼が生え、顔はもはや人間のそれではなく、いくつもの眼球を持つおぞましい怪物へと変貌していく。
「はっはっは! 力が……力が、満ちてくる! これぞ、神の力!」
完全に人の形を失った『それ』はもはや宰相ではなかった。
災厄の力を不完全にその身に宿した、ただの暴走する力の塊。
混沌の化身だった。
「さあ、死ねええええええええええええっ!」
変貌を遂げた宰相は、もはや言葉とは呼べない咆哮を上げ、凄まじい速度で私に向かって突進してきた。
その爪はミスリルさえも切り裂き、その拳は城壁を容易く砕くだろう。
それはまさしく神話級の脅威。
その絶望的な光景を前にして。

「……はあ」
私は心の底から面倒くさそうな、深いため息をついた。
「……しつこいわね」
ぽつりと私の口からいつもの口癖が漏れた。
私は隣で恐怖に固まっているエリオット王子の肩を、ぽんと軽く叩いた。
「少し耳を塞いでいた方がいいわよ。ちょっとだけ大きな音が出るかもしれないから」
「え……?」
エリオットが聞き返す間もなく。
私は目の前に迫る混沌の化身に向かって、右の拳をただ真っ直ぐに突き出した。
何の力みもない。何の魔力も纏っていない。
まるで目の前の扉を軽くノックするかのような、ごく自然な動き。
しかし、その拳の先端には。
レベル100のSTRが、私の『面倒くさい』という感情によって極限まで凝縮された純粋な『破壊』の意志が込められていた。
そして、私の小さな拳と怪物の巨大な爪が、激突した。
音はなかった。
ただ、一瞬の静寂。
そして、次の瞬間。
世界が白く染まった。
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