追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第21話 エルフの国の使者

湖の呪いが解かれてから、一月が過ぎた。
村は、まるで長い冬眠から目覚めたかのように、活気に満ち溢れていた。

澄み渡った湖の水が水路を通って畑へと引かれ、乾いていた大地を潤していく。そのおかげで、作物の育ちは驚くほど良かった。セレスティアが時折かける祝福の魔法も相まって、まだ季節の半ばだというのに、いくつかの野菜は収穫できるまでに成長していた。

村人たちの顔からは、かつてのような暗い影は消え、誰もが明るい笑顔で日々を過ごしている。男たちは壊れていた水車を修理し、女たちは湖で獲れた新鮮な魚を調理する。子供たちの元気な笑い声が、村のあちこちで響いていた。

俺とセレスティアは、そんな村の中心にいた。

俺は、村の男たちに知識を貸しながら、より効率的な水路の整備や、傷んだ家々の補修計画を立てていた。パーティー時代の野営や偵察の経験が、こんな形で役立つとは思ってもみなかった。

セレスティアは、教会の前に小さな学び舎を開いていた。村の子供たちに文字を教えたり、怪我をしないための簡単なお祈りの言葉を教えたりしている。最初はぎこちなかった彼女も、今ではすっかり子供たちの人気者だった。彼女の周りには、いつも笑顔の輪ができている。

穏やかで、満ち足りた日々。
俺たちが手に入れたこの平穏が、ずっと続いていく。誰もがそう信じていた。

その日、村に一人の来訪者が現れた。

村の入り口にある見張り台に立っていた若者が、慌てた様子で鐘を鳴らす。何事かと広場に集まった村人たちの前に現れたのは、一人の見慣れない男だった。

すらりとした長身に、森の若葉のような色の装束。腰には優美な装飾が施された細身の剣を佩いている。何よりも目を引くのは、陽光を浴びてきらきらと輝く白金の髪と、その間から覗く長く尖った耳だった。

エルフ。

その場にいた誰もが、一目で彼の種族を理解した。辺境のこんな寂れた村に、森の民であるエルフが姿を現すことなど、通常ではあり得ない。村人たちの間に、緊張が走った。エルフは人間、特に辺境に住む者たちを見下す傾向がある。トラブルの匂いを、誰もが感じ取っていた。

だが、エルフは集まった村人たちには一瞥もくれなかった。その翡翠のような色の瞳は、ただまっすぐに、丘の上にある俺たちの教会を見据えている。彼は迷うことなく、ゆっくりとした、しかし威厳のある足取りで、丘へと続く道へ向かってきた。

「リアム様、セレスティア様、お客様のようです」

学び舎で子供たちといたセレスティアが、村の異変に気づいて俺を呼びに来た。俺たちは教会の前に立ち、丘を登ってくるエルフを静かに待った。

やがて、エルフは俺たちの目の前にたどり着いた。間近で見ると、その気品はさらに際立っていた。肌にはシミ一つなく、その顔立ちはまるで彫刻のように整っている。だが、その表情は硬く、瞳の奥には深い疲労と、隠しきれない焦りの色が滲んでいた。

エルフは、まず俺を、次にセレスティアを、値踏みするようにじろりと見た。そして、その視線を俺に戻すと、尊大な口調で問いかけてきた。

「貴公が、リアムか。この辺りで『呪いを癒す男』と呼ばれているそうだな」

その言葉には、明らかに疑いの響きがあった。目の前にいるのは、変哲もない、むしろ少し貧相に見えるただの人間の男だ。こんな男が、本当に奇跡を起こせるのか。そう言いたげだった。

俺は動じず、穏やかに答えた。

「俺はただのリアムだ。呪いを癒す、なんて大層なものじゃない」

俺の飾り気のない答えに、エルフは少し意外そうな顔をした。もっと傲慢な、あるいは胡散臭い男を想像していたのかもしれない。

「私はフィン。エルフの国『シルヴァヌス』の王に仕える者だ」

フィンと名乗ったエルフは、一つ咳払いをすると、本題を切り出した。

「単刀直入に言おう。我が国の王女、ルナリエル様を救っていただきたい」

その声は、必死さを押し殺しているせいか、少し震えていた。

フィンの話は、衝撃的なものだった。

エルフの王女ルナリエルは、王家に代々伝わる魔剣【月穿(げっせん)】の継承者だった。その剣は比類なき力を誇るが、同時に使用者を蝕む強力な呪いが宿っているという。ルナリエルは若くしてその剣を手にし、呪いをその身に受け入れてしまった。

最初は些細な変化だった。少し好戦的になったり、気分にムラが出たり。だが、呪いは徐々に彼女の理性を蝕んでいった。今では完全に正気を失い、目に入るもの全てを破壊しようとする戦闘狂へと成り果ててしまったらしい。

「ルナリエル様は、今、茨の魔法で創られた牢獄に幽閉されております。国の賢者も、高位の神官も、あらゆる手を使いましたが、魔剣の呪いを解くことはできませんでした。もはや、我々には打つ手がないのです……」

語るうちに、フィンの顔から尊大な態度は消え、ただただ深い苦悩の色が浮かんでいた。国の希望であった姫が、呪いに狂い、獣のように囚われている。その絶望は、察するに余りある。

「そんな時、旅の行商人から、貴公の噂を聞いたのです。『どんな呪いも癒す男が辺境の村にいる』と。……正直に言えば、半信半半疑でした。ですが、我々にはもう、この噂にすがるしか道は残されていないのです」

彼の翡翠の瞳が、懇願するように俺を射抜く。その瞳は、もはや森の民の誇りなどかなぐり捨てた、ただ助けを求める者の目だった。

俺は、彼の話を聞きながら、セレスティアの呪いを解いた時のことを思い出していた。俺にできるのは、あくまで代償や呪いを『引き受ける』ことだけだ。魔剣にかけられた呪いそのものを消し去る力はない。果たして、俺のスキルが通用するのか。

俺が返答に窮していると、隣にいたセレスティアが、俺の袖をくっと引いた。見ると、彼女は悲しそうな目でフィンを見つめていた。

「リアム様……。この方、本当に困っています。わたしたちが、苦しんでいた時と同じように……」

その言葉が、俺の心を決めた。

そうだ。俺もセレスティアも、絶望の淵にいた。誰にも助けを求められず、一人で苦しんでいた。目の前のこのエルフも、彼の姫も、きっと同じなのだ。

見捨てることなど、できるはずがない。

俺が何かを言おうとするより先に、フィンが動いた。

彼は、その場に静かに膝をついた。そして、気高く、誇り高いはずのエルフが、俺というただの人間の前で、その額を地面に擦り付けたのだ。

土下座。

その衝撃的な光景に、セレスティアが息を呑んだ。遠巻きに見ていた村人たちからも、どよめきが起こる。

「どうか、お願い申し上げる! 我らが姫君、ルナリエル様をお救いください! この通りだ! 貴公が望むなら、国の宝物でも、この私の命でも、何でも差し出そう! だから、どうか……!」

フィンの声は、もはや悲鳴に近かった。その背中は、国の未来を憂い、敬愛する主君を案じる忠誠心で、小さく震えていた。

俺は、そんな彼の姿に、もう何も言えなかった。

「……顔を上げてください、フィンさん」

俺は、静かに、しかしはっきりと告げた。

「あなたの姫君の話、詳しく聞かせてもらいましょう。俺にできることがあるかは分かりません。ですが、見過ごすことはできません」

その言葉に、フィンはゆっくりと顔を上げた。その端正な顔は、泥と涙で汚れていたが、その瞳には、暗闇の中でようやく見つけた、一条の光が確かに宿っていた。
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