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第59話 竜と賢者の蹂躙
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ナリエルの剣がバルカスの喉元に突きつけられた、その時。
戦場は一瞬の静寂に包まれた。本隊は完全に壊滅し、勝敗は決したかのように見えた。
だが、戦いはまだ終わっていなかった。
「……まだだ! まだ終わっておらん!」
絶体絶命の窮地に立たされたバルカスが、狂気に満ちた叫び声を上げた。彼は懐から取り出した角笛を震える手で吹き鳴らす。
ブオオオオオオオオッ!
低く不気味な音が谷間に響き渡った。それは最後の切り札を呼び出す合図だった。
その音に呼応したのは、土砂崩れによって分断され谷底で孤立していた敵の前衛部隊だった。彼らは崖の上からの火矢と村の若者たちの果敢な攻撃によって、すでに半壊状態にあった。だが、角笛の音を聞いた瞬間、彼らの動きが変わった。
「うおおおっ!」
彼らは残った最後の力を振り絞り、狂ったように崖をよじ登り始めたのだ。その目にもはや恐怖はない。あるのはバルカスに植え付けられた盲目的な狂信だけだった。
「まずい! 奴ら、崖を登ってくるぞ!」
崖の上で戦っていたタロウが焦りの声を上げる。
「数が多い! このままでは防衛線が突破される!」
村の若者たちは必死に抵抗するが、死に物狂いで崖を登ってくる敵の勢いを完全に押しとどめることはできない。数人の兵士が、ついに崖の上へと這い上がってきた。
その光景を見て、バルカスは再び下卑た笑みを浮かべた。
「ふはははは! 見たか、エルフめ! 我が精鋭たちはただでは死なん! 数で押し潰してしまえ!」
状況は一転して混沌としてきた。ルナリエルはバルカスを抑えているため、崖の上の援護には行けない。
このままでは村の防衛線が破られ、非戦闘員がいる村の中心部まで敵の侵入を許してしまう。
俺が防壁の上から新たな指示を出そうとした、その時だった。
「――リアムさん。ここは私たちにお任せを」
静かで、しかし自信に満ちた声が俺の隣から聞こえた。
ソフィアとアイリスだった。
アイリスは相棒であるフレアの首を優しく撫でた。
「フレア、おやつは後でたっぷりあげるからね。ひとっ飛び、お願い!」
「グルル!」
フレアは力強く頷くと、アイリスを背に乗せ大空へと舞い上がった。
そしてソフィアは、その手に持った古めかしい杖をゆっくりと天に掲げた。
「リアムさん、見ていてください。私たちの、エデンの空と大地の力を」
彼女の紫色の瞳が、古代の叡智の光を宿し妖しく輝いた。
まず動いたのは空だった。
崖の上へと這い上がろうとする兵士たちの頭上を、真紅の影が高速で駆け抜けた。アイリスとフレアだ。
「これ以上、みんなを傷つけるのは許しません!」
アイリスの凛とした声と共に、フレアが大きく口を開けた。その喉の奥で灼熱の炎が渦を巻く。
ゴオオオオオオオオッ!
一直線に放たれた竜のブレス。だが、それは兵士たちを焼き尽くすためのものではなかった。炎は彼らがよじ登っている崖そのものに直撃し、その表面を瞬時に溶解させたのだ。
崖はまるでガラスのように、つるつると滑りやすい壁へと姿を変えた。
「うわあああっ!?」
「足が滑る!」
「登れない!」
兵士たちは次々と足を滑らせ、谷底へと真っ逆さまに墜落していく。それは一人の負傷者も出すことなく、敵の進軍を完全に無力化する完璧な一手だった。
「どうだ! ざまあみろ!」
上空で旋回しながら、アイリスが勝ち誇ったように叫んだ。
その見事な連携に、崖の上で戦っていた村の若者たちから歓声が上がる。
だが、エデンの反撃はまだ終わらない。
次に行動を起こしたのは大地だった。
崖の上で、ソフィアが静かに、しかし恐ろしく長大な呪文の詠唱を始めていた。それは俺たちがこれまで一度も聞いたことのない、複雑で神々しい響きを持つ古代の言語だった。
彼女の足元に巨大な魔法陣が展開され、その紫色の瞳が人知を超えた輝きを放ち始める。
「な……なんだ、あれは……!?」
崖の下でその異常な魔力の高まりを感じ取ったルナリエルが、驚愕の声を上げた。
「あの魔法は……まさか、伝説に謳われる『古代禁呪』……!?」
詠唱がクライマックスに達する。
「――万象の理よ、我が声にひれ伏せ。偽りの勇気を砕き、その魂に根源的な恐怖を刻み込め。幻想の王よ、その威光を今ここに示せ――『インサイト・フィアー』!」
ソフィアが杖を振り下ろした瞬間、彼女の足元の魔法陣から不可視の衝撃波が戦場全体へと放たれた。
それは物理的な破壊力を持つものではなかった。人の精神に直接作用する、恐るべき幻惑魔法。
谷底にいる残った全ての兵士たち。そして馬上で呆然としているバルカス。彼らの脳裏に同じ幻影が強制的に叩き込まれた。
それは彼らが心の奥底で最も恐れているものの姿だった。
ある者は幼い頃に見た悪夢の中の化け物を見た。
ある者は過去に殺してきた亡霊たちの軍勢を見た。
ある者は自分自身の最も惨めな死の瞬間を見た。
そしてバルカスが見たのは。
無数の飢えた領民たちの、怨嗟に満ちた瞳だった。彼がこれまで搾取し見捨ててきた者たちが、血の涙を流しながら彼に詰め寄ってくる幻影。
「ぎゃあああああああああああっ!」
「く、来るな! 俺は何もしていない!」
「許してくれ! 許してくれ!」
戦場は一瞬で阿鼻叫喚の地獄へと変わった。兵士たちは存在しない敵から逃げるように狂ったように叫びながら、味方同士で武器を振り回し始めた。彼らは完全に正気を失っていた。
それはもはや軍隊ではなかった。ただの狂人たちの集団だった。
ソフィアはその地獄絵図を、静かな、そして少しだけ悲しそうな目で見下ろしていた。
「……私の魔法は、あまり人に見せるべきものではありませんね」
彼女はそう呟くと俺の方に向き直り、少しだけはにかむように微笑んだ。
「リアムさん。これで戦いは本当に終わりです」
竜の炎が敵の進路を断つ。
賢者の幻影が敵の心を砕く。
二人の圧倒的な力がこの戦いに完全なる終止符を打ったのだ。
その光景を防壁の上から見ていた俺は、改めて仲間たちのその計り知れない力の大きさに、畏怖と、そして何よりも強い誇りを感じていた。
俺の仲間たちは最強だ。
そして俺たちの楽園は、何人たりとも侵すことはできない。
戦場は一瞬の静寂に包まれた。本隊は完全に壊滅し、勝敗は決したかのように見えた。
だが、戦いはまだ終わっていなかった。
「……まだだ! まだ終わっておらん!」
絶体絶命の窮地に立たされたバルカスが、狂気に満ちた叫び声を上げた。彼は懐から取り出した角笛を震える手で吹き鳴らす。
ブオオオオオオオオッ!
低く不気味な音が谷間に響き渡った。それは最後の切り札を呼び出す合図だった。
その音に呼応したのは、土砂崩れによって分断され谷底で孤立していた敵の前衛部隊だった。彼らは崖の上からの火矢と村の若者たちの果敢な攻撃によって、すでに半壊状態にあった。だが、角笛の音を聞いた瞬間、彼らの動きが変わった。
「うおおおっ!」
彼らは残った最後の力を振り絞り、狂ったように崖をよじ登り始めたのだ。その目にもはや恐怖はない。あるのはバルカスに植え付けられた盲目的な狂信だけだった。
「まずい! 奴ら、崖を登ってくるぞ!」
崖の上で戦っていたタロウが焦りの声を上げる。
「数が多い! このままでは防衛線が突破される!」
村の若者たちは必死に抵抗するが、死に物狂いで崖を登ってくる敵の勢いを完全に押しとどめることはできない。数人の兵士が、ついに崖の上へと這い上がってきた。
その光景を見て、バルカスは再び下卑た笑みを浮かべた。
「ふはははは! 見たか、エルフめ! 我が精鋭たちはただでは死なん! 数で押し潰してしまえ!」
状況は一転して混沌としてきた。ルナリエルはバルカスを抑えているため、崖の上の援護には行けない。
このままでは村の防衛線が破られ、非戦闘員がいる村の中心部まで敵の侵入を許してしまう。
俺が防壁の上から新たな指示を出そうとした、その時だった。
「――リアムさん。ここは私たちにお任せを」
静かで、しかし自信に満ちた声が俺の隣から聞こえた。
ソフィアとアイリスだった。
アイリスは相棒であるフレアの首を優しく撫でた。
「フレア、おやつは後でたっぷりあげるからね。ひとっ飛び、お願い!」
「グルル!」
フレアは力強く頷くと、アイリスを背に乗せ大空へと舞い上がった。
そしてソフィアは、その手に持った古めかしい杖をゆっくりと天に掲げた。
「リアムさん、見ていてください。私たちの、エデンの空と大地の力を」
彼女の紫色の瞳が、古代の叡智の光を宿し妖しく輝いた。
まず動いたのは空だった。
崖の上へと這い上がろうとする兵士たちの頭上を、真紅の影が高速で駆け抜けた。アイリスとフレアだ。
「これ以上、みんなを傷つけるのは許しません!」
アイリスの凛とした声と共に、フレアが大きく口を開けた。その喉の奥で灼熱の炎が渦を巻く。
ゴオオオオオオオオッ!
一直線に放たれた竜のブレス。だが、それは兵士たちを焼き尽くすためのものではなかった。炎は彼らがよじ登っている崖そのものに直撃し、その表面を瞬時に溶解させたのだ。
崖はまるでガラスのように、つるつると滑りやすい壁へと姿を変えた。
「うわあああっ!?」
「足が滑る!」
「登れない!」
兵士たちは次々と足を滑らせ、谷底へと真っ逆さまに墜落していく。それは一人の負傷者も出すことなく、敵の進軍を完全に無力化する完璧な一手だった。
「どうだ! ざまあみろ!」
上空で旋回しながら、アイリスが勝ち誇ったように叫んだ。
その見事な連携に、崖の上で戦っていた村の若者たちから歓声が上がる。
だが、エデンの反撃はまだ終わらない。
次に行動を起こしたのは大地だった。
崖の上で、ソフィアが静かに、しかし恐ろしく長大な呪文の詠唱を始めていた。それは俺たちがこれまで一度も聞いたことのない、複雑で神々しい響きを持つ古代の言語だった。
彼女の足元に巨大な魔法陣が展開され、その紫色の瞳が人知を超えた輝きを放ち始める。
「な……なんだ、あれは……!?」
崖の下でその異常な魔力の高まりを感じ取ったルナリエルが、驚愕の声を上げた。
「あの魔法は……まさか、伝説に謳われる『古代禁呪』……!?」
詠唱がクライマックスに達する。
「――万象の理よ、我が声にひれ伏せ。偽りの勇気を砕き、その魂に根源的な恐怖を刻み込め。幻想の王よ、その威光を今ここに示せ――『インサイト・フィアー』!」
ソフィアが杖を振り下ろした瞬間、彼女の足元の魔法陣から不可視の衝撃波が戦場全体へと放たれた。
それは物理的な破壊力を持つものではなかった。人の精神に直接作用する、恐るべき幻惑魔法。
谷底にいる残った全ての兵士たち。そして馬上で呆然としているバルカス。彼らの脳裏に同じ幻影が強制的に叩き込まれた。
それは彼らが心の奥底で最も恐れているものの姿だった。
ある者は幼い頃に見た悪夢の中の化け物を見た。
ある者は過去に殺してきた亡霊たちの軍勢を見た。
ある者は自分自身の最も惨めな死の瞬間を見た。
そしてバルカスが見たのは。
無数の飢えた領民たちの、怨嗟に満ちた瞳だった。彼がこれまで搾取し見捨ててきた者たちが、血の涙を流しながら彼に詰め寄ってくる幻影。
「ぎゃあああああああああああっ!」
「く、来るな! 俺は何もしていない!」
「許してくれ! 許してくれ!」
戦場は一瞬で阿鼻叫喚の地獄へと変わった。兵士たちは存在しない敵から逃げるように狂ったように叫びながら、味方同士で武器を振り回し始めた。彼らは完全に正気を失っていた。
それはもはや軍隊ではなかった。ただの狂人たちの集団だった。
ソフィアはその地獄絵図を、静かな、そして少しだけ悲しそうな目で見下ろしていた。
「……私の魔法は、あまり人に見せるべきものではありませんね」
彼女はそう呟くと俺の方に向き直り、少しだけはにかむように微笑んだ。
「リアムさん。これで戦いは本当に終わりです」
竜の炎が敵の進路を断つ。
賢者の幻影が敵の心を砕く。
二人の圧倒的な力がこの戦いに完全なる終止符を打ったのだ。
その光景を防壁の上から見ていた俺は、改めて仲間たちのその計り知れない力の大きさに、畏怖と、そして何よりも強い誇りを感じていた。
俺の仲間たちは最強だ。
そして俺たちの楽園は、何人たりとも侵すことはできない。
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