バグズ・グリモワール・オンライン 〜エラー報告が趣味の俺、バグを喰らう魔書(グリモワール)を授かり最強のイレギュラーになる〜

夏見ナイ

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第18話 ライバルという名の共犯者

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黒いバグが完全に消滅し、鉱山に満ちていた邪悪な気配は霧散した。
後に残されたのは、戦いの傷跡と、消耗しきったプレイヤーたちの荒い息遣いだけ。俺は【歪みの残滓】と表示された金属塊を握りしめ、その場に座り込んでいた。全身の力が抜け、指一本動かすのも億劫だ。

「マコトさん、大丈夫ですか!? しっかり!」
リリィが、泣きそうな声で俺の体を支えてくれる。彼女のMPも、ほとんど底をついているはずだった。俺に回復をかけ続けたその負担は、計り知れない。

静寂の中、ゆっくりとした、しかし確かな重みのある足音が近づいてくる。
見上げると、そこにはヴォルフガングが立っていた。
彼の白銀の鎧は傷つき、その表情には深い疲労が刻まれている。だが、その瞳は、戦いを終えた王者のように、静かで、そして力強い光を宿していた。
彼の視線は、俺の手の中にある『歪みの残滓』と、その隣に転がる『バグズ・グリモワール』に注がれている。

「……それが、貴様の力の源か」
彼の声には、以前のような敵意や侮蔑の色はなかった。ただ、純粋な問いかけだけがあった。
「源、というよりは『道具』だな。便利なデバッガーみたいなもんだ」
俺は、軽口を叩くように答えた。そうでもしないと、張り詰めていた緊張の糸が切れてしまいそうだった。

俺たちの周りでは、『ラグナロク』のメンバーたちが、互いにポーションを分け合い、傷ついた仲間を介抱していた。彼らが俺たちに向ける視線も、以前とは明らかに違っていた。そこには、警戒心や戸惑いと共に、認めざるを得ない実力への、一種の畏敬の念が混じっていた。

ヴォルフガングは、俺の隣に無言で腰を下ろした。最強ギルドのマスターが、得体の知れないイレギュラーと、同じ地べたに座っている。奇妙な光景だった。
「単刀直入に聞く。あの黒いバグは、一体何だ? そして、貴様は何を知っている?」
彼は、もう俺を一方的に断罪しようとはしなかった。対等な相手として、情報を求めてきた。
俺は一瞬、ためらった。このグリモワールのことを、どこまで話すべきか。
だが、この男になら、断片的な情報を与えてもいいかもしれない。いや、むしろ与えるべきだ。彼らという巨大な戦力を、俺の目的のために、間接的に利用できる可能性がある。

俺は、意を決して口を開いた。
「あれは、自然発生したバグじゃない。明確な悪意を持って、この世界を破壊するために作られた、攻撃プログラムだ」
「何者かが、意図的に……?」
ヴォルフガングの表情が、険しくなる。
「ああ。そいつは、自分を『ノア』と名乗っているらしい」
俺がその名を口にした瞬間、ヴォルフガングの瞳が鋭く光った。
「ノア……。どこかで聞いた名だ。……そうだ、ギルドの古文書庫で読んだことがある。『Aethelgard Online』の開発初期、その根幹システムを一人で構築したという、伝説の天才プログラマー。だが、彼は会社の理念と対立し、サービス開始直前にプロジェクトを離脱したと……」

ヴォルフガングからもたらされた情報は、俺にとっても初耳だった。
元・天才開発者、ノア。
彼の動機が、少しだけ見えた気がした。会社への、あるいは、自分が作った世界への、歪んだ愛憎と復讐心。

「どうやら、その天才様が、この世界に壮大なバックドアを仕掛けていたらしい。黒いバグは、その置き土産ってわけだ」
俺は肩をすくめてみせた。
「そして、俺のこの魔書は、偶然手に入れた、ノアのバグに対抗できる唯一のワクチンみたいなもんだ。奴のコードを喰らって、無力化することができる」
俺は、全てを正直に話したわけではない。だが、嘘もついていない。
俺の言葉は、ヴォルフガングの中で、これまで点として散らばっていた情報を、一つの線として繋いだようだった。彼らのギルドを襲った【データ汚染】、世界の法則を無視する黒いバグ、そして、それに唯一対抗できる俺の存在。その全てが、ノアという元開発者の仕組んだ、壮大なサイバーテロであるという仮説。

「……なるほどな。そういうことだったのか」
ヴォルフガングは、深く、長い息を吐いた。そして、天を仰ぐ。
「我々は、ただゲームのモンスターと戦っているつもりでいた。だが、本当の敵は、この世界の創造主の一人だったとは。皮肉な話だ」
彼は、自嘲するように笑った。

しばらくの沈黙が、俺たちの間に流れた。
やがて、ヴォルフガントは立ち上がり、俺を見下ろした。その目には、もはや迷いはなかった。
「マコト。貴様のやり方は、気に食わん。システムの穴を突くような戦い方は、正道とは言えん。その信条は、今後も変わることはないだろう」
「だろうな。俺も、あんたたちみたいに、真正面から殴り合うのは非効率的で好きじゃない」
俺たちはお互いに、決して交わらないことを再確認する。

「だが」と、ヴォルフガングは続けた。
「この世界を蝕む『ノア』という悪意を放置することはできん。それは、この世界を愛する一人のプレイヤーとして、そして、『ラグナロク』のマスターとしての、俺の責務だ」
彼の声には、揺るぎない決意が宿っていた。
「俺は、俺のやり方で、正攻法で、ノアの陰謀を打ち砕く。いずれ、貴様のようなイレギュラーな力に頼らずとも、この世界を守り切れるだけの力を、我々は手に入れてみせる」
それは、宣戦布告だった。
俺という存在に対するものではない。ノアという巨大な敵と、そして、安易な解決策に頼ろうとする自分自身の弱さに対する、宣戦布告だ。

「俺たちの『一時休戦』は、これで終わりだ」
「そうか」
「ああ。だが、これからは、ライバルとして競い合おうではないか。どちらが先に、ノアの尻尾を掴むか。どちらが、より優れた方法で、この世界を救うか。そういう勝負だ」
ヴォルフガングは、俺に向かって、不敵な笑みを浮かべた。
それは、初めて見る、彼の年相応の、挑戦的な笑顔だった。

「……面白い。その勝負、乗ってやる」
俺も、思わず笑みを返していた。
敵でも味方でもない。ライバル。
目的は同じだが、手段が違う。互いを認めつつ、決して交わらない。
それは、俺にとって、初めて経験する、奇妙で、そして心地よい関係性だった。

「行くぞ!」
ヴォルフガングは、踵を返すと、彼の帰りを待つギルドメンバーたちの元へと歩いて行った。
「ヴォルフ……」
「我々の新たな戦いが始まる。この鉱山で得た情報は、ギルドの総力を挙げて解析する。必ず、奴の陰謀を暴き出すぞ」
彼は、仲間たちに力強く宣言すると、ダンジョンの出口へと向かっていった。去り際に、彼は一度だけこちらを振り返り、無言で、しかし確かに、頷いてみせた。

『ラグナロク』の一団が去り、広大な空洞には、俺とリリィだけが残された。
嵐が去った後のような、静けさ。
「……行っちゃいましたね」
リリィが、ポツリと呟いた。
「ああ」
「なんだか、最後は少しだけ、格好良かったですね。ヴォルフガングさん」
「……まあな」
俺は素直にそれを認めた。

「マコトさん、動けますか? 治療します」
リリィはそう言うと、残されたけなげなMPを使い、俺に回復魔法をかけてくれた。
温かい光が、疲弊しきった体を癒していく。
「……あんたがいなければ、俺は負けていた」
俺は、ぼそり、と呟いた。自分でも驚くほど、素直な言葉が出た。
「俺の意識が、ノアの悪意に飲み込まれそうになった時、あんたの声と、ヒールが、俺を繋ぎ止めてくれた。……感謝する」
「……!」
リリィは、一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたが、やがて、その頬を嬉しそうに赤らめ、はにかむように笑った。
「お役に立てて、よかったです。それが、私の役目ですから」
その笑顔は、この薄暗い鉱山の中で、何よりも明るい光に見えた。

俺は立ち上がり、服についた土を払った。
手の中には、『歪みの残滓』が鈍い光を放っている。
【歪みの観測レンズ】。それを作り上げることが、俺の次のステップだ。
俺は、リリィに向き直る。
「行くぞ。俺たちの冒険は、まだ始まったばかりだ」
「はい!」
リリィは、満面の笑みで力強く頷いた。

俺たちは、互いをライバルと認めた強大なギルドの影を背中に感じながら、新たな謎が待つダンジョンの外へと、確かな一歩を踏み出した。この世界の深淵へと続く道は、まだ長く、そして険しい。だが、今の俺は、もう一人ではなかった。
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