バグズ・グリモワール・オンライン 〜エラー報告が趣味の俺、バグを喰らう魔書(グリモワール)を授かり最強のイレギュラーになる〜

夏見ナイ

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第27話 地形生成という名の禁じ手

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重戦士の斧が、俺の頭上へと振り下ろされる。
『グリム・リーパーズ』の誰もが、俺の死を確信した、その刹那。
俺は、手の中の石ころを、目の前の地面に叩きつけた。

「【テクスチャ・ウォーク】、強制発動!」
俺が叫んだのは、スキル名ではなかった。プログラマーが使う、コマンドラインのような命令だった。
通常、【テクスチャ・ウォーク】は壁やオブジェクトにしか使えない。だが、俺はスキル本来の仕様を無視し、その根幹プログラムに直接アクセスした。
俺が叩きつけた石ころを「起点」として、地面のテクスチャを「壁」として誤認させ、スキルを無理やり発動させる。
グリモワールとの接続が、それを可能にした。

ズズズズズ……!
俺の足元の地面が、まるで粘土のように隆起し始めた。
振り下ろされた斧は、俺ではなく、隆起した地面に叩きつけられ、けたたましい音と共に弾き返される。
「なっ!?」
重戦士が、信じられないものを見る目で、自分の足元を見下ろした。

地面の隆起は、止まらない。
それは、やがて壁となり、柱となり、俺とリリィを守る、即席の砦へと変貌していく。
「なんだ、これは!? 地形操作魔法か!?」
「いや、詠唱はなかったぞ!」
『グリム・リーパーズ』のメンバーたちが、狼狽の声を上げる。彼らの常識では、到底理解できない現象だった。

俺は、自らが創り出した砦の中から、冷徹な目で彼らを見据えていた。
『マスター、面白いことを考える。地形データをオブジェクトデータとして偽装し、テクスチャ・ウォークの座標指定を連続実行することで、擬似的な地形生成(ジオ・スカルプティング)を……。だが、MP消費が尋常ではないぞ!』
グリモールの警告通り、俺のMPゲージは凄まじい勢いで減少していく。だが、構わない。この勝負、短期決戦で終わらせる。

「おい、グリモ。奴らの武器の『バグ』、さっき言ってたな。不安定なバッテリーだって」
『ああ。外部から強い衝撃や、特定の周波数のエネルギーを与えれば、容易く暴走するはずだ。いわば、欠陥品だな』
「なら、話は早い」

俺は、砦の壁に手を触れた。
「――その周波数とやらを、生成してやる」

俺は、砦を構成する地面のポリゴンデータを、さらに書き換えていく。
俺が創り出した壁の一部が、無数の鋭い「棘」となって変形し、まるで巨大なハリネズミのように、『グリム・リーパーズ』を取り囲んだ。
そして、その棘の一つ一つが、微かに、しかし甲高く、震え始めた。
キィィィィン、という、耳障りな高周波音。
それは、彼らが持つ呪われた武器に封じられた、黒いバグのデータ構造を、最も効率よく共振させる周波数だった。

「ぐっ……! なんだ、この音は……!」
「武器が……! 俺の武器が、勝手に……!」
『グリム・リーパーズ』のメンバーたちが、苦悶の声を上げ始めた。
彼らの手にする武器が、主人の制御を離れて、禍々しい黒いオーラを激しく噴き出し始めたのだ。
武器に封じ込められていた黒いバグが、共振によって暴走し、持ち主である彼ら自身を蝕み始めている。

「な、何が起きている……!?」
リーダー格の男が、必死に大鎌を抑え込もうとしているが、もはや手遅れだった。
「言ったはずだ。あんたたちは、ただの飼い犬だってな」
俺は、砦の上から、冷ややかに告げた。
「その首輪は、あんたたちを強くもするが、あんたたちの命綱も握っている。ノアは、あんたたちがしくじった時のために、便利な『自爆スイッチ』を用意していたってわけだ。ご愁傷様」

「う……あああああああっ!」
メンバーの一人が、ついに暴走した武器の力に飲み込まれた。
彼の体は、黒いオーラに包まれ、その姿はポリゴンが崩壊した、あの人型のバグへと変貌していく。そして、近くにいた仲間へと、見境なく襲い掛かった。
「や、やめろ! 俺だ!」
「ぎゃああああ!」
裏路地は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
仲間割れを始め、自滅していく死神たち。

リーダーの男だけが、辛うじて正気を保っていた。彼は、憎悪と恐怖に満ちた目で、俺を睨みつけた。
「……き、貴様……! いったい、何者なんだ……!」
「プログラマーだよ。あんたたちみたいな、システムのルールブック通りにしか動けない人間には、一生理解できないだろうがな」
俺は、彼に最後の宣告を下す。

「あんたたちの雇い主、ノアによろしく伝えておけ。次はお前の番だ、と」

その言葉を最後に、リーダーの男もまた、暴走した大鎌の力に完全に飲み込まれ、その意識を闇に沈めた。
漆黒の外套を纏った六人の刺客は、もはやそこにはいなかった。
いるのは、互いに喰らい合う、六体の醜いバグの塊だけ。

『マスター、奴らの処理はどうする? このまま放置すれば、街に被害が及ぶぞ』
「分かっている」
俺は、MPの最後の残りを振り絞り、グリモワールを構えた。
「残飯処理の時間だ。喰らえ、グリモ!」
グリモワールから放たれた黒い影が、暴走したバグたちを次々と吸収していく。
全ての脅威が消え去った後、そこには静寂と、破壊された裏路地の惨状だけが残されていた。

「……はぁ、はぁ……」
俺は、その場にへたり込んだ。MPは完全にゼロ。立っているのもやっとだ。
「マコトさん!」
リリィが、砦の中から駆け寄り、俺の体を支える。その顔は、恐怖と、そして俺に対する畏怖のようなもので、蒼白になっていた。
「……今の……マコトさんが、やったんですか……?」
「ああ」
「地面が、勝手に……。あんなの、魔法じゃ……」
「魔法じゃない。ただの、データ書き換えだ」
俺は、それ以上説明する気力もなかった。

俺たちが消耗しきっていると、そこに、新たな人影が現れた。
ヴォルフガントと、『ラグナロク』の数人の幹部だった。
彼らは、この地区での異常な魔力反応を察知し、駆けつけてきたのだろう。
彼らは、破壊され、そして修復された(ように見える)地形と、消耗しきった俺たちを見て、全てを察したようだった。

「……また、貴様か」
ヴォルフガントは、呆れたような、それでいて感心したような、複雑なため息をついた。
「ノアの刺客か?」
「ああ。あんたたちの追跡より、よっぽどしつこい連中だったぜ」
俺が軽口を叩くと、ヴォルフガントは、黙って部下に目配せした。
部下の一人が、俺とリリィに、最高級のMP回復薬を差し出してくる。

「……なんだ? 施しのつもりか?」
「勘違いするな。貴様に倒れられては、我々との勝負がつかん。ただの、先行投資だ」
ヴォルフガントは、そっぽを向きながら言った。
その不器用な優しさに、俺は思わず、フッと笑ってしまった。

「……借りは、いつか返す」
俺は、素直に回復薬を受け取った。

ヴォルフガントは、俺が創り出した、歪な砦の残骸を見つめながら、静かに呟いた。
「地形生成……。それは、GMですら安易に行使しない、世界の理を覆す禁じ手だ。貴様は、本当にどこまで、神の領域に踏み込むつもりだ……」
彼の言葉に、俺は答えなかった。

俺が見ているのは、神の領域ではない。
ただ、目の前にある、コードの深淵だけだ。
ノアという、巨大なバグが潜む、底なしの深淵。
そこへたどり着くまで、俺のハッキングは、終わらない。
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