バグズ・グリモワール・オンライン 〜エラー報告が趣味の俺、バグを喰らう魔書(グリモワール)を授かり最強のイレギュラーになる〜

夏見ナイ

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第44章 コード・アーティストの署名

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GMからの正式な調査依頼。
それは、俺の胸に燻っていた、未知なるものへの探究心に、再び火をつけた。ノアという巨大な悪意が去った今、この世界には、無数の小さな、しかし、だからこそ厄介な「歪み」が生まれている。
俺の新たなバグハントの舞台は、この世界そのものへと広がったのだ。

「それで、どうするんですか? マコトさん」
エルドラ大陸の広大な平原で、リリィが俺の顔を見上げた。彼女の視線の先には、まだ人だかりの中心で困惑している、例のレーザーブレードを手にした初心者剣士がいる。
「決まってる。まずは、その『歪み』の現物を、じっくりと観察させてもらう」

俺は人だかりを分け入り、初心者剣士の前に立った。
俺の頭上に輝く【ワールド・ガーディアン】の称号を見て、周囲のプレイヤーたちが「おお……」とどよめく。この称号は、俺が運営から公認された存在であることの、何よりの証明だ。おかげで、話はスムーズに進みそうだった。

「君が、その奇妙な剣を手に入れた本人か?」
俺が尋ねると、剣士の少年は、緊張した面持ちでこくりと頷いた。
「は、はい! 僕、何か悪いことしちゃったんでしょうか……?」
「いや、君は何も悪くない。ただ、少しだけ、その剣を調べさせてもらえないだろうか。俺は、運営から依頼を受けて、この異常事象を調査している」
俺がワールド・ガーディアンの権限を示すと、少年はほっとしたように表情を緩め、おずおずとレーザーブレードを差し出してきた。

俺はその剣を受け取ると、すぐにグリモに解析を命じた。
「どうだ、グリモ。何か分かるか?」
『ふん。こんなもの、私にかかれば、赤子の手をひねるより容易い。……解析開始』
俺の腕の中で、グリモワールが淡い光を放ち、その魔書としての本領を発揮し始める。
数秒後、グリモは感心したような、それでいて少しだけ呆れたような声で、分析結果を報告してきた。

『……なるほどな。これは、悪意(マルウェア)ではない。どちらかといえば、芸術作品(アート)に近い』
「アートだと?」
『ああ。このレーザーブレードのデータ構造は、非常に洗練されていて、美しい。だが、この世界の根幹システム(OS)に最適化されていない、いわば『非公式MOD』のようなものだ。だからこそ、システムに異常な負荷をかけ、ドロップテーブルを書き換えるという、予期せぬバグを引き起こしている』

グリモワールは、さらに解析を進めていく。
『そして、見つけたぞ、マスター。こんな美しいコードを書く奴が、自分の作品に署名を入れないはずがないと思っていた』
グリモが表示したコードの最終行。そこには、小さなアスキーアートで、一つのサインが描かれていた。
それは、音符(♪)のマークと、『Sonata』という署名だった。

「Sonata……ソナタ、か。ずいぶんと、詩的な名前を付けるハッカーだな」
「なんだか、悪い人ではなさそうですね。音楽が好きな人、なのかな……」
リリィが、純粋な感想を口にする。
『感傷に浸っている場合か。このコードには、このアイテムを生成させた、トリガーとなる不正なスクリプトへのリンクが、巧妙に隠されている。今、そのスクリプトを逆探知している。……出たぞ』

グリモの解析によれば、このレーザーブレードは、特定の条件が満たされた時にのみ、ドロップテーブルに割り込むように設定されていた。
その条件とは、『レベル5以下のスライムが』、『座標(X:152, Y:437, Z:22)の地点で』、『午前3時から3時3分までの間に』、『プレイヤーからの攻撃ではなく、特定の環境ダメージによって倒された時』という、極めて限定的で、複雑なものだった。
「……なんだって?」
俺は、その条件の異常さに、思わず声を上げた。
「偶然で満たせるような条件じゃない。まるで、何かの謎解きだ。このハッカーは、誰かに、このバグを見つけてほしがっているのか……?」

「あの……」
その時、話を聞いていた初心者剣士の少年が、おずおずと口を開いた。
「僕、この子を倒した時、攻撃はしてないんです。このスライム、なんだか、すごく悲しそうな顔をして、崖から落ちそうになってたから……。助けようとしたら、足を踏み外しちゃって……。そしたら、下に生えてた毒キノコに当たって、死んじゃったんです……」
少年の言葉に、俺はハッとした。
崖から落ちるという、落下ダメージ。そして、毒キノコによる、環境ダメージ。
その二つが重なったことで、あの複雑な条件が、奇跡的に満たされてしまったのだ。

「……そうか。だから、座標指定まで……」
ハッカー『Sonata』は、この世界の物理演算エンジンと、AIの行動パターンを完全に把握した上で、この芸術的な「バグ」を仕込んだのだ。
それは、悪意ではなく、純粋な技術力の誇示。そして、自分の創ったアートを、誰かに見つけてほしいという、アーティストの表現欲求だった。

リリィが、優しい目で、剣士の少年を見た。
「あなたが、そのスライムを助けようとしなかったら、この剣は見つからなかったんですね。あなたの優しさが、奇跡を起こしたんですよ」
彼女の言葉に、少年は顔を赤らめ、少しだけ、誇らしそうな表情を浮かべた。

俺の中で、点と点が、線として繋がり始めていた。
このハッカーは、破壊者ではない。創造者(クリエイター)だ。
ならば、彼がいる場所も、破壊者たちが集う暗黒のサイトではないはずだ。
もっと、クリエイティブで、そして、アンダーグラウンドな場所。

「グリモ、Sonataという署名と、このスクリプトの記述方法をキーにして、世界中のクリエイター向けコミュニティや、MOD制作フォーラムを検索しろ。GMから、限定的なバックドア権限も貰っているはずだ。使えるものは、何でも使え」
『了解した、マスター。神の力を借りて、悪魔の遊び場を探すとは、我ながら悪趣味だな』
グリモが、皮肉を言いながらも、高速でデータベースの海へとダイブしていく。

数分後。
『……ビンゴだ』
グリモが、一つのフォーラムを特定した。
それは、『オーバーワールド・モッダーズ』という名の、様々なVRゲームの非公式な改造データを制作・共有するための、アンダーグラウンドなコミュニティだった。
そして、その中でも一際、異彩を放つ一人のカリスマ・モッダー。
そのハンドルネームは、【Code_Sonata】。
彼が投稿したスレッドには、様々なゲームで、彼が仕掛けた「美しすぎるバグ」の数々が、芸術作品のように展示されていた。

「……見つけたぞ」
俺は、勝利を確信した。
だが、彼をどうするか。GMに報告し、BANさせるか?
それは、あまりにも、無粋な気がした。
彼のやったことは、確かに規約違反だ。だが、その根底にあるのは、悪意ではない。純粋な、創造への情熱だ。
俺は、かつての自分と、少しだけ、彼を重ね合わせていた。

俺は、GMにメッセージを送った。
『マコト:侵入者の一人の正体を特定した。だが、彼の処遇については、俺に一任させてほしい』
数秒後、GMから返信が来た。
『GM_01:……承知しました。ワールド・ガーディアンの判断を、信じます』
運営もまた、俺というイレギュラーの扱い方を、学び始めていた。

俺は、Code_Sonataに、プライベートメッセージを送ることにした。
彼のスレッドの、最新の投稿に、たった一言だけ、コメントを残す。

【マコト:君の『Sonata(ソナタ)』、実に美しい旋律だった。だが、最後の楽章に、ほんの少しだけ、不協和音(バグ)が混じっていたようだ。良ければ、僕がそれを『調律(デバッグ)』してあげようか?】

それは、断罪ではなく、スカウト。
あるいは、一人のプログラマーから、もう一人のプログラマーへの、挑戦状だった。
この世界の混沌は、新たな才能との出会いの場でもある。
俺は、まだ見ぬ好敵手(ライバル)の返信を、不敵な笑みを浮かべて、静かに待っていた。
俺たちの、新たな協奏曲が、始まろうとしていた。
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