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第45章 調律師と破壊神
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アンダーグラウンドなフォーラムに投じた、俺からCode_Sonataへの挑戦状。
それは、水面に投じられた一石のように、静かだが、確かな波紋を広げていた。
俺は、アルモニカの宿屋に戻り、彼の反応を待っていた。焦りはない。彼のようなアーティストは、最高の舞台と、最高の観客を、常に求めているはずだ。俺という予期せぬ「批評家」の登場を、彼が無視できるはずはなかった。
「本当に、返信、来るんでしょうか……?」
リリィが、少しだけ心配そうに、俺のPCの画面を覗き込む。
「来るさ。プライドの高い芸術家ほど、自分の作品への評価には敏感だからな」
俺の言葉を裏付けるように、ピコン、と軽快な通知音が鳴った。
フォーラムに、Code_Sonataからの、プライベートメッセージが届いていた。
その文面は、彼の創るコードのように、どこか詩的で、そして挑発的だった。
『――やあ、親愛なる調律師(デバッガー)くん。君のメッセージ、読ませてもらったよ。僕の『Sonata』に、不協和音が混じっていた、だって? 面白いことを言う。あれは、完璧なハーモニーのはずだが』
『だが、君の耳が、凡人たちとは違う特別なものである可能性も、否定はしない。ならば、見せてもらおうじゃないか。君のその、絶対音感とやらを』
『――『嘆きの絶壁』の頂上に、僕の新たな『練習曲(エチュード)』を置いておいた。もし君が、その曲に込められた、たった一つの『間違った音』を見つけ出し、正しく『調律』することができたなら、その時は、君とゆっくり話をしてあげてもいい』
メッセージは、そこで終わっていた。
『嘆きの絶壁』。それは、エルドラ大陸の辺境にある、高レベルプレイヤーでも踏破が困難とされる、険しい山岳地帯だ。
「……挑戦状、ですね」
リリィが、ゴクリと喉を鳴らした。
「ああ。ご丁寧に、舞台まで用意してくれたらしい」
『ふん。回りくどい男だ。さっさと尻尾を出せばいいものを』
グリモが、呆れたように言う。
俺たちの次の目的地は決まった。
だが、俺たちがその準備を始めようとした、まさにその時だった。
俺の目の前に、緊急の通信ウィンドウが、強制的にポップアップした。
差出人は、【GM_01】。
その文面は、これまでにないほど、切迫したものだった。
『ワールド・ガーディアン、緊急事態です! 商業都市『ミダシア』のオークションハウスが、何者かにクラッキングされました!』
『全てのアイテムの価格データが、無茶苦茶に書き換えられ、経済システムが崩壊寸前です! 現地は、暴動寸前の大混乱に陥っています!』
『侵入者のハンドルネームは、『Destroyer』。彼の目的は、ただ一つ、純粋な『破壊』と『混乱』です!』
Sonataとは、明らかに質の違う、悪質なハッカー。
芸術家(アーティスト)と、破壊者(ヴァンダル)。
二つの事件が、同時に、この世界で勃発したのだ。
「そんな……! ミダシアは、このゲームで一番大きな商業都市なのに……」
リリィが、青い顔で呟いた。そこには、彼女の友人も、たくさんいるのだろう。
俺は、瞬時に状況を判断する。
Sonataの挑戦は、おそらく、時間制限のない、知的なゲームだ。だが、Destroyerの引き起こしている混乱は、リアルタイムで、多くのプレイヤーに、深刻な被害を与え続けている。
優先すべきは、どちらか。答えは、明白だった。
『マスター。ミダシアの経済崩壊は、サーバー全体の負荷を増大させ、新たなシステムの穴を生む可能性がある。放置はできん』
グリモも、冷静に危険性を指摘する。
「分かっている。……だが、Sonataの件も、無視はできない。奴は、敵ではないかもしれない。上手くすれば、ノアが遺した世界の歪みを修復するための、強力な協力者になる可能性がある」
二つの事件。どちらも、俺にしか解決できないかもしれない。
俺の頭脳が、高速で最適解を弾き出す。
そして、俺は、一つの結論に達した。
一人で抱え込む必要は、ない。俺には、信頼できる「ライバル」がいるのだから。
俺は、ヴォルフガントに、メッセージを送った。
『マコト:ヴォルフ、緊急の頼みがある。いや、これは『勝負』の提案だ』
数秒後、彼から返信が来た。
『ヴォルフガント:……何だ、改まって。言ってみろ』
俺は、二つの事件の概要と、それぞれのハッカーの特性を、簡潔に伝えた。そして、俺の提案を、彼に叩きつける。
『マコト:商業都市の破壊神(デストロイヤー)は、俺が引き受ける。奴のやり口は、正面からの殴り合いより、システムの裏をかく方が、対処しやすい。あんたたちには、向いてない』
『マコト:だから、嘆きの絶壁の芸術家(アーティスト)は、あんたに任せたい。奴が仕掛けた謎解きは、おそらく、この世界の伝承や、歴史に関する知識が必要になるはずだ。それは、ギルドの総力で情報収集ができる、あんたたちの方が得意分野だろう』
そして、俺は、最後にこう付け加えた。
『マコト:どっちが先に、自分の獲物を、スマートに『調律』できるか。勝負だ』
メッセージを送ってから、数十秒の沈黙が流れた。
彼も、この無茶な提案を、吟味しているのだろう。
やがて、ヴォルフガントから、実に彼らしい、短い返信が届いた。
『ヴォルフガント:……面白い。その勝負、受けた。だが、芸術家を『調律』するなどという、生ぬるい真似はせん。我が剣の音色で、叩き伏せてくれるまでだ』
『ヴォルフガント:貴様も、破壊神に遅れを取るなよ、イレギュラー。世界の守護者様の名が、泣いているぞ』
交渉は、成立した。
俺は、リリィに向き直る。
「行くぞ、リリィ。目的地は、商業都市ミダシアだ」
「はい!」
彼女の瞳には、もはや不安の色はない。これから向かう戦場で、苦しんでいる人たちを、一人でも多く救いたいという、ヒーラーとしての強い意志が宿っていた。
俺とヴォルフガント。
王道と奇策。
二人のライバルは、今、別々の場所で、同時に、この世界の新たな歪みに立ち向かう。
それは、かつてのように、どちらが先にゴールにたどり着くかを競う、単純な競争ではない。
互いの力を認め、互いの得意分野を尊重し、そして、より大きな目的のために、背中を預け合う。
俺たちの関係は、新たなステージへと、進化を遂げようとしていた。
俺たちは、ミダシア行きの転移ゲートへと、急いだ。
ゲートの向こう側では、経済の崩壊と、プレイヤーたちの怒号が渦巻く、混沌の戦場が待っている。
「待ってろよ、Destroyer。お前のくだらないお遊びは、俺が、完全にデリートしてやる」
俺は、新たな敵に対する、冷徹な闘志を胸に、光の中へと、その身を投じた。
それは、水面に投じられた一石のように、静かだが、確かな波紋を広げていた。
俺は、アルモニカの宿屋に戻り、彼の反応を待っていた。焦りはない。彼のようなアーティストは、最高の舞台と、最高の観客を、常に求めているはずだ。俺という予期せぬ「批評家」の登場を、彼が無視できるはずはなかった。
「本当に、返信、来るんでしょうか……?」
リリィが、少しだけ心配そうに、俺のPCの画面を覗き込む。
「来るさ。プライドの高い芸術家ほど、自分の作品への評価には敏感だからな」
俺の言葉を裏付けるように、ピコン、と軽快な通知音が鳴った。
フォーラムに、Code_Sonataからの、プライベートメッセージが届いていた。
その文面は、彼の創るコードのように、どこか詩的で、そして挑発的だった。
『――やあ、親愛なる調律師(デバッガー)くん。君のメッセージ、読ませてもらったよ。僕の『Sonata』に、不協和音が混じっていた、だって? 面白いことを言う。あれは、完璧なハーモニーのはずだが』
『だが、君の耳が、凡人たちとは違う特別なものである可能性も、否定はしない。ならば、見せてもらおうじゃないか。君のその、絶対音感とやらを』
『――『嘆きの絶壁』の頂上に、僕の新たな『練習曲(エチュード)』を置いておいた。もし君が、その曲に込められた、たった一つの『間違った音』を見つけ出し、正しく『調律』することができたなら、その時は、君とゆっくり話をしてあげてもいい』
メッセージは、そこで終わっていた。
『嘆きの絶壁』。それは、エルドラ大陸の辺境にある、高レベルプレイヤーでも踏破が困難とされる、険しい山岳地帯だ。
「……挑戦状、ですね」
リリィが、ゴクリと喉を鳴らした。
「ああ。ご丁寧に、舞台まで用意してくれたらしい」
『ふん。回りくどい男だ。さっさと尻尾を出せばいいものを』
グリモが、呆れたように言う。
俺たちの次の目的地は決まった。
だが、俺たちがその準備を始めようとした、まさにその時だった。
俺の目の前に、緊急の通信ウィンドウが、強制的にポップアップした。
差出人は、【GM_01】。
その文面は、これまでにないほど、切迫したものだった。
『ワールド・ガーディアン、緊急事態です! 商業都市『ミダシア』のオークションハウスが、何者かにクラッキングされました!』
『全てのアイテムの価格データが、無茶苦茶に書き換えられ、経済システムが崩壊寸前です! 現地は、暴動寸前の大混乱に陥っています!』
『侵入者のハンドルネームは、『Destroyer』。彼の目的は、ただ一つ、純粋な『破壊』と『混乱』です!』
Sonataとは、明らかに質の違う、悪質なハッカー。
芸術家(アーティスト)と、破壊者(ヴァンダル)。
二つの事件が、同時に、この世界で勃発したのだ。
「そんな……! ミダシアは、このゲームで一番大きな商業都市なのに……」
リリィが、青い顔で呟いた。そこには、彼女の友人も、たくさんいるのだろう。
俺は、瞬時に状況を判断する。
Sonataの挑戦は、おそらく、時間制限のない、知的なゲームだ。だが、Destroyerの引き起こしている混乱は、リアルタイムで、多くのプレイヤーに、深刻な被害を与え続けている。
優先すべきは、どちらか。答えは、明白だった。
『マスター。ミダシアの経済崩壊は、サーバー全体の負荷を増大させ、新たなシステムの穴を生む可能性がある。放置はできん』
グリモも、冷静に危険性を指摘する。
「分かっている。……だが、Sonataの件も、無視はできない。奴は、敵ではないかもしれない。上手くすれば、ノアが遺した世界の歪みを修復するための、強力な協力者になる可能性がある」
二つの事件。どちらも、俺にしか解決できないかもしれない。
俺の頭脳が、高速で最適解を弾き出す。
そして、俺は、一つの結論に達した。
一人で抱え込む必要は、ない。俺には、信頼できる「ライバル」がいるのだから。
俺は、ヴォルフガントに、メッセージを送った。
『マコト:ヴォルフ、緊急の頼みがある。いや、これは『勝負』の提案だ』
数秒後、彼から返信が来た。
『ヴォルフガント:……何だ、改まって。言ってみろ』
俺は、二つの事件の概要と、それぞれのハッカーの特性を、簡潔に伝えた。そして、俺の提案を、彼に叩きつける。
『マコト:商業都市の破壊神(デストロイヤー)は、俺が引き受ける。奴のやり口は、正面からの殴り合いより、システムの裏をかく方が、対処しやすい。あんたたちには、向いてない』
『マコト:だから、嘆きの絶壁の芸術家(アーティスト)は、あんたに任せたい。奴が仕掛けた謎解きは、おそらく、この世界の伝承や、歴史に関する知識が必要になるはずだ。それは、ギルドの総力で情報収集ができる、あんたたちの方が得意分野だろう』
そして、俺は、最後にこう付け加えた。
『マコト:どっちが先に、自分の獲物を、スマートに『調律』できるか。勝負だ』
メッセージを送ってから、数十秒の沈黙が流れた。
彼も、この無茶な提案を、吟味しているのだろう。
やがて、ヴォルフガントから、実に彼らしい、短い返信が届いた。
『ヴォルフガント:……面白い。その勝負、受けた。だが、芸術家を『調律』するなどという、生ぬるい真似はせん。我が剣の音色で、叩き伏せてくれるまでだ』
『ヴォルフガント:貴様も、破壊神に遅れを取るなよ、イレギュラー。世界の守護者様の名が、泣いているぞ』
交渉は、成立した。
俺は、リリィに向き直る。
「行くぞ、リリィ。目的地は、商業都市ミダシアだ」
「はい!」
彼女の瞳には、もはや不安の色はない。これから向かう戦場で、苦しんでいる人たちを、一人でも多く救いたいという、ヒーラーとしての強い意志が宿っていた。
俺とヴォルフガント。
王道と奇策。
二人のライバルは、今、別々の場所で、同時に、この世界の新たな歪みに立ち向かう。
それは、かつてのように、どちらが先にゴールにたどり着くかを競う、単純な競争ではない。
互いの力を認め、互いの得意分野を尊重し、そして、より大きな目的のために、背中を預け合う。
俺たちの関係は、新たなステージへと、進化を遂げようとしていた。
俺たちは、ミダシア行きの転移ゲートへと、急いだ。
ゲートの向こう側では、経済の崩壊と、プレイヤーたちの怒号が渦巻く、混沌の戦場が待っている。
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