バグズ・グリモワール・オンライン 〜エラー報告が趣味の俺、バグを喰らう魔書(グリモワール)を授かり最強のイレギュラーになる〜

夏見ナイ

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第48章 天空の邂逅

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エンシェント・チューターが創り出した螺旋階段は、雲を突き抜け、どこまでも天へと続いていた。
ヴォルフガント率いる『ラグナロク』は、疲労した体に鞭打ち、その長い階段を、一歩、また一歩と上っていく。
やがて、彼らの視界が開け、ついに『嘆きの絶壁』の頂上へとたどり着いた。

そこは、彼らの想像を絶する、美しい場所だった。
地面は、磨き上げられた水晶のようで、空には、オーロラのような光のカーテンが、絶えず揺らめいている。吹き荒れていたはずの暴風は嘘のように止み、代わりに、心地よい、穏やかな風が、彼らの頬を撫でていった。
まるで、神々が住まう、天空の神殿。

そして、その頂の中心、巨大なクリスタルの玉座に、一人の青年が、静かに腰掛けていた。
彼は、豪華な演奏会で指揮者が着るような、優雅な燕尾服に身を包み、その手には、リュートのような美しい弦楽器を抱えている。
銀色の髪は、風にさらりと流れ、その顔立ちは、中性的で、まるで精巧な人形のように整っていた。
彼の頭上には、【Code_Sonata】という名が、淡い光を放って浮かんでいる。

「――ようこそ、招かれざる演奏者たち。僕の『練習曲』、楽しんでもらえたかな?」
Sonataは、玉座から立ち上がると、優雅に一礼した。その所作には、一切の敵意も殺気も感じられない。ただ、自分の作品を鑑賞しに来た客人を、もてなすかのような、穏やかな雰囲気があった。

ヴォルフガントは、白銀の剣を抜き放ち、その切っ先を、真っ直ぐにSonataへと向けた。
「貴様が、Sonataか。随分と、回りくどい真似をしてくれたものだな」
「おや、手荒なご挨拶だ。せっかくの美しいハーモニーが、台無しになってしまうよ」
Sonataは、肩をすくめて、余裕の笑みを崩さない。

「貴様の目的は、何だ。ノアのように、この世界を破壊することか? それとも、ただの、自己満足か?」
ヴォルフガントの問いに、Sonataは、少しだけ、寂しそうな表情を浮かべた。
「破壊なんて、とんでもない。僕は、ただ、この世界を、もっと『美しく』したいだけさ」
彼は、愛おしそうに、周囲の景色を見渡した。
「この『Aethelgard Online』は、素晴らしい世界だ。だが、少しだけ、ノイズが多すぎる。プレイヤーたちの欲望、運営の商業主義、そして、効率だけを求める、無粋な攻略法……。それらが、この世界の本来の美しさを、損なっている」

「だから、僕は、少しだけ『調律』をしてあげているのさ。誰も気づかないような場所に、小さな奇跡や、美しい謎を仕掛けて、この世界に、新たな『楽譜』を書き加えている。僕のやったことは、落書きなんかじゃない。世界を、より豊かにするための、ささやかな貢献だよ」
その言葉に、嘘はなかった。彼は、心から、そう信じているのだ。
だが、ヴォルフガントは、彼の言い分を、一蹴した。

「それは、ただの独り善がりだ。貴様のその『貢献』が、ミダシアの街で、どれだけの混乱を引き起こしたか、知っているか? 貴様の仕掛けたバグが、システムの安定性を損ない、新たな脅威を呼び込む可能性を、考えたことはないのか?」
「……それは、僕のあずかり知らぬことだ。美しい音楽を理解できない者の耳には、最高のシンフォニーも、ただの騒音にしか聞こえない。それと同じことさ」
Sonataの答えは、どこまでも、アーティストとしての、純粋で、そして傲慢なものだった。

「……問答は、無用のようだな」
ヴォルフガントの全身から、闘気が立ち上る。
「貴様のその歪んだ美学、我が剣で、叩き斬ってくれる!」
彼は、Sonataに向かって、一直線に突進した。
だが、Sonataは、慌てもせず、ただ、その手に持つリュートを、静かに、奏で始めた。

ポロロン、と、爪弾かれた弦から、美しい音色が響き渡る。
その音色が、この空間の法則そのものを、書き換えた。
ヴォルフガントの足元の水晶の地面が、突然、柔らかな沼地へと変貌し、彼の突進の勢いを、完全に殺してしまった。
「なっ!?」

「ここは、僕のステージだ。ここでは、僕の『音楽』が、絶対のルールだよ」
Sonataが、別の弦を弾く。
すると今度は、空に揺らめいていたオーロラが、無数の光の矢となって、『ラグナロク』のメンバーたちに降り注いだ。
「ぐわっ!」
「防げ! 防御魔法を展開しろ!」
彼らは、必死に抵抗するが、Sonataが奏でる音楽の前に、その動きは、少しずつ、封じられていく。

Sonataの戦い方は、ノアとも、Destroyerとも違っていた。
彼は、直接的な破壊は好まない。
ただ、音色を奏でることで、この世界の環境そのものを、意のままに操り、敵の足場を奪い、攻撃手段を封じ、じわじわと、しかし確実に、相手を追い詰めていく。
それは、まるで、美しい旋律によって、相手を催眠状態に陥らせていくかのような、芸術的で、そして、残酷な戦い方だった。

『ラグナロク』の精鋭たちは、なすすべもなく、その美しい音色の牢獄に、囚われていく。
ヴォルフガントは、沼地と化した地面に足を取られながら、悔しそうに歯噛みした。
「くそっ……! これが、奴の……!」
力も、技も、連携も、この空間では意味をなさない。
彼らは、完全に、Sonataの独壇場(ソロ・コンサート)の、なすすべない聴衆と化していた。

「――どうかな? 僕の音楽は、君たちの心に、響いただろうか?」
Sonataは、リュートを奏でるのを止め、満足げに、勝利を宣言した。
「そろそろ、フィナーレの時間だ。最後に、とっておきの『鎮魂歌(レクイエム)』を、君たちにプレゼントしよう」
彼が、その指を、最後の弦にかけようとした、その瞬間だった。

「――その演奏、随分と、独りよがりな解釈だな」

どこからともなく、静かだが、芯の通った声が、響き渡った。
Sonataが、驚いて声のした方角を見ると、そこには、いつの間にか、一人のプレイヤーが立っていた。
黒いローブに、初期装備同然の貧相な剣。
そして、頭上に輝く、【ワールド・ガーディアン】の称号。
マコトだった。

「……君は……」
Sonataの整った顔に、初めて、驚き以外の感情が浮かんだ。
「僕のメッセージを受け取った、あの『調律師』か。どうやって、ここに……。ミダシアの件は、どうしたんだい?」

「ああ、あの破壊神(デストロイヤー)なら、さっき、永久に黙らせてきたところだ」
俺は、事もなげに言った。
「あんたの『練習曲』も、面白かったぜ。まあ、少し、退屈だったがな」
俺の隣には、リリィが、そして、腕の中には、グリモが、静かに控えている。
ミダシアの事件を解決した俺たちは、すぐに、ヴォルフガントたちの後を追って、この場所へとたどり着いたのだ。

「……面白い。本当に、面白い男だ、君は」
Sonataは、俺の登場を、心から歓迎するように、微笑んだ。
「ならば、君に、最高の栄誉を与えよう。この、僕のコンサートの、最後のゲストとして、ステージに上がることを許可する。さあ、見せてくれ。君の『調律』とやらを」

ヴォルフガントが、悔しそうな目で、俺を見た。
「マコト……! すまん、俺たちは……!」
「いいや。あんたたちは、よくやったさ」
俺は、彼に、不敵な笑みを向ける。
「最高の舞台を、整えてくれた。おかげで、こいつの『癖』は、よく分かった。――ここからは、俺の出番だ」

俺は、Sonataに向き直った。
「あんたの音楽は、確かに美しい。だが、致命的な欠点がある」
「……ほう? 言ってみたまえ」
「あんたの音楽には、『聴衆』がいない。ただ、自分のためだけに、自分の気持ちよさのためだけに、奏でているだけだ。それは、音楽じゃない。ただの、騒音(ノイズ)だ」

俺は、静かに、一歩前に出た。
「本当の音楽ってやつを、教えてやるよ。俺と、俺の最高の『共演者(パートナー)』たちがな」
俺の言葉を合図に、リリィが、そして、グリモが、静かに、しかし力強く、光を放ち始めた。
芸術家と、破壊神。
二つの事件は、今、この天空の舞台で、一つに交わろうとしていた。
この世界の運命を賭けた、最後のセッションが、今、始まる。
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