私、ヒロインではなく悪役令嬢のお母様に転生したみたい。娘を全力で幸せにします!

夏見ナイ

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第30話 8歳の誕生日

季節は巡り、イザベラが八歳の誕生日を迎えた。
朝の光が降り注ぐエルグランド公爵家の屋敷は、祝福の喜びに満ちていた。
廊下には瑞々しい花が飾られ、厨房からは甘い焼き菓子の香りが漂ってくる。
使用人たちの顔も主家の若き姫君の成長を祝う、晴れやかな笑顔でほころんでいた。
私はその光景を感慨深く眺めながら、この三年間という月日の重みを噛みしめていた。

私がこの世界に来た時、イザベラは愛に飢え、母親に怯える五歳の少女だった。
その瞳にはいつも不安の色が揺れていた。
だが今日の主役である彼女は、もうどこにもあの頃の面影を残してはいなかった。

「お母様! 見てくださいまし!」
弾むような声と共に、私の部屋に飛び込んできたイザベラ。
今日のためにあつらえられたラベンダー色のドレスが、彼女の動きに合わせてふわりと揺れる。
その手には王家の紋章が押された一通の手紙と、小さな贈り物の箱が抱えられていた。
「アルフォンス様から、お祝いのお手紙と贈り物が届きましたの!」
頬をバラ色に染め、はにかみながら報告するその姿は年相応の愛らしさと、公爵令嬢としての気品を兼ね備えていた。

箱の中身は彼女が好きな騎士物語の希少な初版本だった。
添えられた手紙には拙いながらも心のこもった祝いの言葉が綴られている。
その一つ一つに二人の間に育まれた温かい友情が滲み出ていた。
この絆がある限り、原作のような悲劇は決して起こらないだろう。
私はその事実を確信し、心からの安堵を覚えた。

その日の夜、家族三人だけでささやかな誕生日の晩餐会が開かれた。
テーブルの上には私がセバスチャン料理長と腕によりをかけて作った、イザベラの大好物が並んでいる。
黄金色に輝くコンソメスープ、ふわふわのオムレツ、そして主役である彼女が待ち望んでいた大きな苺のケーキ。
その全てが私たちの愛情の結晶だった。

「イザベラ。誕生日、おめでとう」
レオナルドがぎこちないながらも優しい声で祝いの言葉を述べた。
そして執事が運んできたビロードの箱を、娘の前に差し出す。
「……お父様からの、贈り物だ」
イザベラがわくわくした手つきで箱を開ける。
中にあったのは彼女の瞳と同じ美しいアメジストがはめ込まれた、繊細な銀のブレスレットだった。

「まあ……!」
イザベラが感嘆の声を上げる。
だがそのブレスレットの価値は、ただの美しさだけではなかった。
「それは魔力の流れを穏やかにする護符の役割も果たす。お前の力を正しく導く助けになるだろう」
レオナルドの言葉に、私は胸が熱くなった。
彼はただ美しいものを与えるのではない。
娘の才能を理解し、その未来を守るために最も必要なものを考え抜いて選んでくれたのだ。
これこそが彼の不器用で、しかし誰よりも深い愛情の形だった。

「ありがとうございます、お父様! お母様!」
イザベラは満面の笑みを浮かべた。
その笑顔はもはや私の知るゲームの悪役令嬢のものではない。
両親の愛を一身に受け、心から満たされた幸福な一人の少女の笑顔だった。
この笑顔を守ること。
それこそが私の人生の全てだ。

晩餐会が終わり、遊び疲れたイザベラが眠りについた後。
私は彼女の寝室を訪れた。
すうすうと穏やかな寝息を立てる娘の、あどけない寝顔。
その頬に残る幸せな笑みの余韻。
私はその小さな額にそっと唇を寄せた。
この三年間、私のしてきたことは何一つ間違っていなかった。
その確信が私の心を温かいもので満たしていく。

「……眠れないのか」
背後から静かな声がかけられた。
振り返るといつの間にかレオナルドがそこに立っていた。
彼もまた私と同じように、眠る娘の顔を優しい目で見つめている。
「ええ。なんだか今日という日が、夢のように思えて」
「夢ではない。これは我々が掴み取った現実だ」
彼は私の隣に並ぶと、そっと私の肩を抱き寄せた。
その腕の力強さが彼の揺るぎない決意を物語っているようだった。

私たちはしばらくの間、言葉もなくただ娘の寝顔を眺めていた。
それは夫婦として、そして親として同じ思いを共有する何よりも雄弁な時間だった。
私の胸の中にはあの夜に感じた違和感が、まだ小さな棘のように残っている。
ウェッジウッド伯爵の背後にいた見えない敵。
この国の土台を揺るがしかねない不穏な影。
この穏やかな日常は薄氷の上になりたつ、儚いものなのかもしれない。

だが恐怖はなかった。
隣には誰よりも信頼できるパートナーがいる。
目の前には何があっても守り抜くと誓った愛しい宝物がいる。
私はレオナルドの胸にそっと頭を預けた。
「あなた。わたくしはこの子と、あなたと、この家を守るためならどんなことでもする覚悟ができていますわ」
私の囁きに、彼は腕の力を少しだけ強めた。
「……ああ。俺もだ」

その短い言葉に全てが込められていた。
これから先私たちの前には、さらに大きな困難が待ち受けているかもしれない。
学園という新しい舞台で原作の引力とはまた違う新たな脅威が牙を剥くかもしれない。
だがもう私たちは一人ではない。
家族という何よりも強い絆で結ばれている。
この手の中にある幸せを、そしてこれから訪れるであろう輝かしい未来を、何があっても守り抜いてみせる。

私は眠る娘の寝顔と力強い夫の温もりを感じながら、改めて強く、強く誓った。
窓の外には満天の星空が広がっていた。
その無数の星々はまるで私たちの未来を祝福するかのように、静かに、そして力強く輝いている。
イザベラの物語はまだ始まったばかり。
そしてその物語が最高のハッピーエンドを迎えるまで、悪役令嬢の母である私の戦いは決して終わらない。
感想 3

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