悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か? ~冷徹と呼ばれる俺の改革が、いつの間にか国を豊かにし聖女にまで懐かれる件~

夏見ナイ

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第1話:転生先は悪役貴族

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意識が浮上する。最初に感じたのは、柔らかな感触と微かな花の香りだった。
何かの間違いだ。俺が最後にいた場所は殺風景なオフィスのはず。そこは消毒液と安物のコーヒーの匂いしかしない。こんな高級そうな香りがするはずがない。

ゆっくりと目を開ける。視界に飛び込んできたのは豪奢な彫刻が施された天蓋。シルクであろうシーツは滑らかに肌を滑り落ちる。訳が分からない。体を起こすと、骨がきしむような疲労感は嘘のように消えていた。むしろ、力がみなぎっている。

「どういうことだ」

掠れた声が自分の口から漏れた。しかし、それは俺の声ではなかった。まだ声変わりを終えていないような、高く澄んだ少年の声。混乱のままにベッドを降り、部屋の隅にある姿見へと歩み寄る。そこに映っていたのは、完全に見知らぬ少年だった。

歳は十五か十六か。夜空を溶かしたような黒髪に、怜悧な光を宿す蒼い瞳。陶器のように白い肌は、貴族という言葉を体現しているかのようだった。美しい。だが、その顔には傲慢さと不機嫌さが貼り付いており、せっかくの美貌を台無しにしていた。

誰だ、こいつは。
そう思った瞬間、頭の中に激痛が走った。まるで膨大なデータが無理やり脳に書き込まれるような感覚。無数の映像と感情が濁流となって流れ込んでくる。

ゼノン・フォン・アークライト。
アークライト公爵家の三男。
生まれながらにして膨大な魔力を持ち、その才能を鼻にかけて誰をも見下す傲慢な性格。気に入らない相手には魔法を放つことも厭わないため、周囲からは『悪魔憑き』と蔑まれ、恐れられている。

「……最悪だ」

絞り出した言葉は、再び少年のものだった。どうやら俺は、このゼノンという貴族の少年に成り代わってしまったらしい。
前世の俺、神代 零(かみしろ れい)は経営コンサルタントだった。クライアントの無理難題に応えるため、連日連夜オフィスに泊まり込み、栄養ドリンクとカフェインで命を削っていた。最後の記憶は、朦朧とする意識の中で横断歩道を渡り、強い光と衝撃に包まれた、そこまでだ。

トラックにでも撥ねられたのだろう。なんとも非合理的な死に方だ。あそこまで身を粉にして働いた結果がこれか。せめて過労死なら労災が下りたかもしれない。

嘆いても仕方ない。問題は今この瞬間だ。俺はゼノン・フォン・アークライトになった。そして、この名前には聞き覚えがあった。いや、聞き覚えどころの話ではない。これは、前世で妹が夢中になっていた乙女ゲーム『君と紡ぐ光の聖譚曲』、通称『きみ聖』に登場する悪役貴族の名前そのものだ。

『きみ聖』は、平民でありながら聖なる力に目覚めたヒロインが、聖女として王立学園に入学し、攻略対象である王子や騎士団長たちと恋を育みながら、国に迫る危機を救う物語だ。そしてゼノン・フォン・アークライトは、ヒロインに嫉妬し、彼女の邪魔ばかりする典型的な悪役だった。

彼はその傲慢さゆえに誰からも好かれず、有力貴族であるアークライト家の権威を盾に傍若無人に振る舞う。しかし物語の終盤、彼の家であるアークライト家が長年にわたって不正を働いていたことが発覚する。後ろ盾を失ったゼノンは、それまでの悪行をヒロインと攻略対象者たちによって断罪されるのだ。

その末路は、選んだルートによって多少異なる。王子ルートではギロチンで処刑。騎士団長ルートでは辺境の鉱山へ奴隷として送られ過労死。魔術師ルートでは、魔力暴走の実験台にされて廃人となる。どの道を選んでも、待っているのは破滅だけ。バッドエンドしかない男。それがゼノン・フォン・アークライトだった。

「……冗談じゃない」

俺はただ、静かで合理的な生活がしたいだけだ。前世ではクライアントという名の神に振り回され続けた。今世ではゲームのシナリオという名の神に人生を滅茶苦茶にされるのか。ふざけるな。

俺は経営コンサルタントだ。企業が抱える問題を分析し、解決策を提示し、実行させるのが仕事だった。ならば、やることは同じだ。この「ゼノン・フォン・アークライト」という名の破綻寸前の会社を、立て直せばいい。

まず現状分析からだ。
俺は机に向かい、そこにあった羊皮紙とペンを取った。思考を整理するには書き出すのが一番早い。

【プロジェクト名:俺の平穏な生活確保】
【現状:破滅フラグ(経営リスク)多数】

リスクを洗い出そう。SWOT分析の要領で、内部環境と外部環境の脅威(Threats)をリストアップする。

脅威1:ゼノン自身の風評リスク。
既に学園内外での評判は最悪だ。これは改善に相当なコストがかかる。放置すれば、些細なことで断罪の口実にされるだろう。

脅威2:アークライト家の内部腐敗。
ゲームの記憶によれば、当主である父は放蕩の限りを尽くし、長男と次男は無能な上に浪費家。家臣たちは横領し放題。これは典型的なガバナンス不全だ。家そのものが破綻寸前であり、ゼノンの権威の源泉が極めて脆弱であることを示している。

脅威3:アークライト領の経営悪化。
重税と無策な統治により、領民の生活は困窮し、生産性は著しく低下している。領地からの収益は年々減少し、家の財政をさらに圧迫している。民の不満は、いずれ大規模な反乱という形で爆発する可能性がある。

脅威4:ゲームシナリオの強制力。
これが最も厄介な外部要因だ。聖女であるヒロイン、そして攻略対象者たち。彼らは物語の中心であり、俺が何もしなくてもいずれ接触してくるだろう。彼らとの関係性が、破滅へのトリガーとなる。

書き出したリストを眺め、本日何度目か分からないため息をついた。
これは酷い。問題が山積みだ。一つ一つのリスクが相互に絡み合い、破滅という結末へ向かって突き進んでいる。非効率の極みだ。こんな杜撰な経営でよく今まで家が持ったものだと、ある意味で感心すら覚える。

だが、コンサルタントとして燃える状況でもある。課題が明確であればあるほど、解決策もまた明確になる。

次に目標設定だ。
短期目標は「断罪イベントの回避」。
中期目標は「アークライト家の財政健全化と領地の安定化」。
そして長期目標は「ゲームのシナリオに影響されない、盤石な生活基盤の確立」。

そうだ。俺はただ、誰にも邪魔されず、静かで、無駄のない、合理的な生活がしたい。そのためなら、どんな手段も厭わない。悪役貴族の評判など、利用できるなら利用してやる。

方針は決まった。次に行動計画だ。
まず、何よりも先に現状を正確に把握する必要がある。俺の頭の中にあるのは、あくまでゲームの知識とゼノンの偏った記憶だけだ。客観的なデータがなければ、正しい戦略は立てられない。

財政状況を示す帳簿。領地の人口、税収、農作物の収穫量。家臣たちのリストと経歴。あらゆるデータが必要だ。

「誰かいるか」

部屋の外に向かって声を張る。すぐにドアがノックされ、一人の青年が姿を現した。
歳は二十歳前後だろうか。くすんだ金髪を無造作に伸ばし、どこか眠たげな目をしている。従者用の簡素な服を着ているが、腰には剣を下げていた。

グレイ・ウォーカー。ゼノン付きの従者兼護衛騎士だ。
アークライト家に代々仕える騎士の家の出身で、剣の腕は確かだが、それ以外は特に取り柄がない。ゼノンの横暴にも何も言えず、ただ黙って従うだけの男。ゲームでは、ゼノンが断罪された後、どこかへ姿を消したはずだ。モブキャラにも程がある。

「お呼びでしょうか、ゼノン様」

グレイは感情の読めない表情で頭を下げた。
俺は彼を値踏みするように観察する。使えるか、使えないか。現状、俺が直接動かせる手駒は彼しかいない。ならば、使うしかない。

「グレイ。お前に頼みたいことがある」
「はっ。何なりと」

彼の返事に、俺は内心で舌打ちした。思考が停止している。指示待ち人間の典型だ。こういうタイプは、具体的かつ明確な指示を与えなければ動けない。

「今から俺が言うものを、全て集めてこい。期限は三日だ」
「はっ」
「一つ、このアークライト家の過去五年間の全会計帳簿。収入も支出も、金の流れが分かるもの全てだ」
「……は?」

グレイが初めて、わずかに驚きの表情を見せた。
俺は構わず続ける。

「二つ、アークライト領内の全村の人口、作物の種類と収穫量、納税額をまとめた台帳。これも過去五年分だ」
「ぜ、ゼノン様? そのようなものを一体何に……」
「三つ、現在アークライト家に仕える全家臣の名簿。役職、給金、経歴が分かるものを用意しろ」

矢継ぎ早に指示を出すと、グレイは完全に混乱したようだった。その目は「いつものように癇癪を起こして、無茶を言っているだけだろう」と語っている。信頼など、欠片もない。

「いいか、グレイ。これは命令だ。誰にも知られるな。特に父上や兄上たちにはな。もしこの情報が外部に漏れたら、お前を斬る」

俺はゼノンの記憶を頼りに、最も傲慢で、最も彼らしい言い方を選んで言った。今はまだ、この悪評を利用するしかない。恐怖で縛り付けるのが最も手っ取り早い。

俺の蒼い瞳が冷たく光るのを、グレイは息を飲んで見つめていた。彼の目には恐怖と、ほんのわずかな困惑が浮かんでいた。いつものゼノン様とは何かが違う。しかし、その威圧感は本物だ。逆らえば、本当に殺されるかもしれない。

「……御意」

グレイは深く頭を下げ、静かに部屋を退出していった。
一人残された部屋で、俺は再びペンを取る。羊皮紙に、今後の計画の第一段階を書き記した。

【フェーズ1:現状把握と無駄の可視化】

ゲームのシナリオ? 破滅フラグ?
そんな非合理的なものに、俺の人生を支配されてたまるか。
悪役貴族の役割は、今日限りで放棄させてもらう。いや、正確には違うな。
俺は俺の合理性に従って行動する。その結果、周囲が俺をどう評価しようが知ったことではない。

悪魔と呼ばれようが、冷徹と罵られようが構わない。
俺はただ、非効率が嫌いなだけだ。

窓の外では、傾き始めた太陽が庭園を茜色に染めていた。
それは、これから始まる長い戦いの始まりを告げる、静かな夕暮れだった。
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