悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か? ~冷徹と呼ばれる俺の改革が、いつの間にか国を豊かにし聖女にまで懐かれる件~

夏見ナイ

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第6話:腐敗の温床

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家族会議という名の断罪劇が終わった後、アークライト公爵邸の空気は一変した。
これまで屋敷を支配していた弛緩した雰囲気は消え失せ、冷たい緊張感が隅々まで張り詰めていた。
公爵夫妻は自室に閉じこもり、アルベールとベルトランの兄二人は、ばったり顔を合わせても気まずそうに視線を逸らすだけだった。

彼らは理解したのだ。家の実権が、もはや自分たちの手にはないことを。
そしてその変化を最も象徴していたのが、邸内のあらゆる金の流れが、三男ゼノンの承認を必要とするようになったことだった。

「母上からの、新たなドレス購入の申請ですが、却下します」
「アルベール兄上の、夜会用の高級ワイン購入申請。これも却下」
「ベルトラン兄上の、儀礼用の装飾剣の注文書。言うまでもなく、却下です」

ゼノンは自室で、次々と届けられる申請書に、ただ冷徹に「否」の印を押し続けた。その横で、グレイが承認印と却下印の入った箱を恭しく捧げ持っている。
家族からの反発は、もはやなかった。彼らは、ゼノンが突きつけた「破産」という未来を前に、なすすべもなかったからだ。

「それと、不要な召使いは解雇する。特に母上付きの侍女は多すぎる。最低限の人数を残し、残りは退職金を渡して実家に帰せ」
「食事の内容も見直す。一食に十種類も料理を並べるのは非効率だ。栄養バランスを考慮した上で、品数を三品に減らせ。食材の仕入れ先も、癒着のある高価な業者から、より安く質の良い納入先へと切り替える」

ゼノンの指示は、屋敷の隅々にまで及んだ。
その合理的なコストカットは、これまで無駄な脂肪でぶくぶくに太っていた公爵家の贅肉を、容赦なく削ぎ落としていく。
当然、家臣や使用人たちの間には動揺が広がった。
「ゼノン様は、悪魔に魂を売られたに違いない」
「我々は皆、追い出されるのではないか」
そんな囁きが、廊下の隅々で交わされるようになった。

だがゼノンは、そんな雑音など気にも留めていなかった。
彼は自室で、再びあの膨大な帳簿の山と向き合っていた。家族の浪費という最大の出血点は塞いだ。だが、それだけでは足りない。彼の分析では、まだ説明のつかない金の流れが存在していた。

「……ここだ」

ゼノンの指が、ある支出項目で止まった。
『王都ロンディニウム、ゴードン商会への支払い。品目:建築資材一式。金額:金貨五百枚』
一見、何の変哲もない支払い記録だ。だが、その前後の記録と照らし合わせると、奇妙な点が浮かび上がる。
この時期、屋敷や領内で大規模な建築が行われた記録はどこにもない。

ゼノンは他の年の帳簿もめくり、同じ『ゴードン商会』への支払いを全て洗い出した。
すると、年に数回、不定期に、しかし必ず金貨数百枚単位の支払いが行われていることが分かった。しかも、その品目はいつも曖昧な『資材一式』や『備品購入費』となっている。

「グレイ。王都にゴードン商会というものが存在するか、調べてこい」
「御意」

グレイが退出して半日後、彼は青ざめた顔で戻ってきた。
「ゼノン様……王都の商人ギルドに問い合わせましたが、ゴードン商会などという名の商会は、過去百年に渡り登録されておりませんでした」

「そうか。やはりな」
ゼノンの反応は、あまりにも冷静だった。まるで、答え合わせが終わっただけだというかのように。
存在しない商会への支払い。これは、横領の典型的な手口だ。架空の取引をでっち上げ、家の金を懐に入れる。古典的だが、監査体制が杜撰な組織ではいまだに有効な手段だ。

ゼノンはさらに帳簿を精査していく。
すると、他にも同様の不審な支出が次々と見つかった。
相場より三割も高く仕入れられているワイン。
雇ってもいない傭兵への給金支払い。
既に死んだ馬のための飼葉代。

それら全ての支払い承認印の欄には、同じ署名があった。
『会計責任者 バルトロ・ジンメル』

「腐敗の温床は、ここか」
ゼノンは静かに呟いた。
バルトロは、公爵家に三十年以上仕える古株だ。ダリウス公爵からの信頼も厚く、家の金庫番として絶大な権力を持っていた。その彼が、長年にわたって家の金を食い物にしていたのだ。
公爵やその息子たちが家の財産を派手に浪費する陰で、この男は静かに、しかし確実に家の土台を蝕んでいた。

「だが、奴一人ではないはずだ」
これだけ大規模な横領だ。金の流れを処理する下級役人、資材を管理する者、何人かの共犯者がいなければ成り立たない。これは単なる個人の犯罪ではなく、組織的な腐敗だ。

「グレイ」
「はっ」
「会計責任者のバルトロ。そして、ここ一、二年で急に羽振りが良くなった家臣がいるはずだ。それらの者の身辺を洗え。誰と接触し、どこで何に金を使っているか。金の流れを徹底的に追うんだ。金の出入りがある場所には、必ず痕跡が残る」
ゼノンの声は、氷のように冷たかった。
グレイは、その命令の意味を理解して息を飲んだ。

家族への粛清が終わったばかりだというのに、今度は家臣団に刃を向けるというのか。
しかも相手は、家臣団の重鎮であるバルトロ。彼を敵に回すことは、屋敷の全家臣を敵に回すに等しい。

「ゼノン様、それはあまりに危険です! バルトロは家中に息のかかった者を置いています。我々が潰されかねません!」
グレイの忠告は、悲痛ですらあった。
だが、ゼノンはゆっくりと首を振った。

「危険? 何を言っている。放置することの方がよほど危険だ」
彼の蒼い瞳が、グレイを射抜く。
「癌は、放置すれば全身に転移し、やがて宿主を殺す。腐った部分は、痛みを伴ってでも根こそぎ切り捨てなければならない。そうでなければ組織は再生しない。これもまた、合理的な判断だ」

その言葉に、グレイは反論を失った。
ゼノン様の言う通りだ。この家の腐敗は、自分が思っていたよりもずっと根深い。小手先の改革では、何も変わらない。
このお方は、その全てを理解した上で、たった一人で巨大な敵に立ち向かおうとしているのだ。
なんと気高く、そして孤独な戦いだろうか。

グレイの胸に、再び熱いものが込み上げてきた。
このお方を死なせてはならない。この方の剣となり、盾となる。それが自分の使命だ。

「……承知いたしました。この命に代えても、必ずや証拠を掴んでまいります」
「命など賭けるな。死ねば人的リソースが一つ減る。無駄なことだ。生きて、結果を出せ」

あくまでドライな主君の言葉に、グレイはしかし、そこに隠された(と彼が勝手に解釈した)不器用な優しさを感じ取り、深く頭を下げた。

グレイが退出した後、ゼノンは一枚の羊皮紙を取り出した。
そこへ、今回の標的となる者たちの名前を書き連ねていく。
バルトロ・ジンメル。
その下に、彼と金の繋がりが疑われる数名の家臣の名を。

リストを眺めながら、ゼノンは次の手を考えていた。
証拠を掴んだ後、どうやって彼らを処分するか。
父ダリウスは、長年信頼してきたバルトロを簡単には切り捨てられないだろう。他の家臣たちも、保身のためにバルトロを庇うかもしれない。

ならば、また会議を開くしかない。
今度の相手は、腐敗した家臣たち。
そして、彼らを一網打尽にするための、完璧なシナリオを用意する必要がある。

ゼノンの口元に、冷たい笑みが浮かんだ。
面倒なことだ。だが、自分の平穏な生活のためだ。
やるべきことは、分かっている。
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