悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か? ~冷徹と呼ばれる俺の改革が、いつの間にか国を豊かにし聖女にまで懐かれる件~

夏見ナイ

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第17話:初めての豊作

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季節は巡り、アークライト領に収穫の秋が訪れた。
領内の誰もが、固唾をのんでその日を待っていた。ゼノン・フォン・アークライトという若き支配者が、この地に何をもたらしたのか。その答えが、今まさに示されようとしていた。

黄金色に染まった小麦畑が、風に吹かれてさざ波のように揺れている。
その光景は、例年と変わらない。だが、そこに立つ農民たちの表情は、全く違っていた。
彼らは、目の前の小麦畑を見つめ、ただ呆然と立ち尽くしていた。

「……嘘だろ」

一人の老農夫が、かすれた声で呟いた。
彼の目の前にある小麦の穂は、ずっしりと重く、これまで見たこともないほどに実が詰まっていた。背丈も高く、まるで天に向かって伸びているかのようだ。
これが、自分たちの畑で育った作物だとは、にわかには信じられなかった。

「村長! 見てください! 去年までの倍はありますぞ!」
「こっちの畑もだ! 穂が重すぎて、茎がしなっている!」

領内の至る所で、同じような驚きの声、いや、歓喜の叫びが上がっていた。
石灰と堆肥で改良された土壌。
用水路から安定して供給される水。
それらがもたらした結果は、彼らの貧しい想像力を遥かに超えるものだった。

収穫作業が始まると、その驚きは確信へと変わった。
鎌で刈り取られる小麦の束は、いつもよりずっと重い。脱穀すれば、こぼれ落ちる粒の量が、明らかに違う。
誰もが、無我夢中で働いた。疲労よりも、目の前の信じられないような豊作への興奮が、彼らを突き動かしていた。

そして、全ての収穫が終わった時。
領内の各村から、屋敷の代官補佐マルクの元へ、収穫量を報告する使いが殺到した。
マルクは、次々と届けられる羊皮紙の数字を震える手で集計しながら、その目に涙を浮かべていた。

「……ゼノン様」

報告を終えたマルクは、ゼノンの執務室で、感動のあまり言葉を失っていた。
彼の前に広げられた集計結果。
それは、アークライト領の歴史を塗り替える、驚異的な数字だった。

「領内全体の小麦の総収穫量、前年比で実に二・五倍を記録いたしました! これは、我が領始まって以来の、記録的な大豊作です!」

マルクの声は、喜びで上ずっていた。
だが、報告を受けたゼノンは、椅子に座ったまま、表情一つ変えなかった。
彼は集計結果の羊皮紙に静かに目を通すと、ただ短く、一言だけ呟いた。

「……まだ少ないな」
「えっ?」

マルクは、自分の耳を疑った。
歴史的な大豊作を前にして、このお方は「まだ少ない」と言ったのか。
「輪作と品種改良の効果が本格的に現れるのは、二年後からだ。今回の数字は、まだ土壌改良と水利改善だけの結果に過ぎない。目標値には、まだ三割ほど届いていない」
ゼノンは、あくまで冷静に、データを分析していた。
「それに、いくつかの村では、新農法の導入が遅れたせいで、全体の平均値を押し下げている。このあたりのマネジメントの甘さは、お前の今後の課題だ、マルク」

「も、申し訳ありません!」
マルクは、喜びの涙も引っ込み、慌てて頭を下げた。
目の前の主君が見ているのは、今この瞬間の成功ではない。遥か先の、完璧な未来図なのだ。自分は、ほんの少しの結果で浮かれてしまっていた。そのことが、恥ずかしくてならなかった。

ゼノンは、そんなマルクを一瞥すると、窓の外に目を向けた。
屋敷の窓からは、遠くに広がる黄金色の畑と、収穫を祝う領民たちの小さな姿が見えた。
彼らは歌い、踊り、そして何十年ぶりかに、腹一杯の食事にありつけるであろう未来に、感謝の祈りを捧げていた。
もちろん、その祈りの対象は神々ではない。
彼らにこの奇跡をもたらした、若き領主代理。
ゼノン・フォン・アークライトその人に対してだった。

「あの『悪魔憑き』のゼノン様は、実は豊穣の神様の化身だったのではないか」
「馬鹿なことを。だが、あのお方が我々を救ってくださったのは事実だ」
「恐ろしいお方だ。逆らえば、バルトロ様のように追放される。だが、従っていれば、腹一杯飯が食える」

畏怖。
それは、ただの恐怖とは違う。
絶対的な力を持つ者に対する、敬意と恐れが入り混じった、原始的な感情。
領民たちがゼノンに向ける感情は、今やその一言に集約されていた。

ゼノンは、そんな領民たちの様子を、何の感慨もなく眺めていた。
彼らの感謝も、畏怖も、彼にとっては計算の結果に過ぎない。
従業員の満足度が上がれば、生産性も向上する。当然のことだ。

「マルク」
「はっ!」
「収穫を祝うのもいいが、浮かれている時間はないぞ。すぐに次の指示を出す。準備はいいな」
「は、はい! 何なりと!」

ゼノンの頭の中では、既に次のプロジェクトが動き出していた。
豊作。それは、新たな問題の始まりでもある。
有り余るほどの食糧。これをどう処理するか。
腐らせてしまえば、それこそ最大の非効率だ。

ゼノンは、自分の計画が、また一つ、次のフェーズへと進んだことを静かに認識していた。
領民たちの歓声が、遠く風に乗って執務室まで届いてくる。
それは、アークライト領が、長かった貧困の時代と決別し、新たな豊かさの時代へと足を踏み入れたことを告げる、高らかなファンファーレだった。
だが、その指揮を執る男の心は、どこまでも冷たく、静かだった。
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