悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か? ~冷徹と呼ばれる俺の改革が、いつの間にか国を豊かにし聖女にまで懐かれる件~

夏見ナイ

文字の大きさ
31 / 100

第31話:合理的パンデミック対策

しおりを挟む
封鎖されたホルツ村では、時間がゆっくりと、しかし確実に流れていた。
ゼノンが持ち込んだ医療チームは、隔離された患者たちの看病に昼夜を分かたず当たっていた。薬草を煮詰めた解熱剤を飲ませ、清潔な布で体を拭き、栄養のあるスープを口へと運ぶ。
それは奇跡を起こすような治療ではない。ただ、患者自身の免疫力と体力が尽きないよう支えるための地道な作業だった。

村の他の者たちは、ゼノンの命令通り徹底した衛生管理を行っていた。
井戸は固く封鎖され、代わりに配給される清潔な水を求めて人々は列を作った。
男たちは家々の周りや道という道に白い石灰を撒いて回った。村は、まるで雪が降ったかのように真っ白に染まっていく。
そして、子供たちでさえ食事の前には必ず石鹸で手を洗うことを教え込まれた。

村全体が、一つの巨大な病院のように機能していた。
だが、その空気は決して明るいものではなかった。
家族と引き離された人々の啜り泣き。いつ自分も感染するかもしれないという見えない恐怖。そして、外部から完全に遮断されたことによる息詰まるような閉塞感。
村は、静かな絶望に支配されていた。

丘の上から、リリアーナはその光景を毎日祈るような気持ちで見つめていた。
彼女は何度も村へ入ろうとした。自分の聖なる力で一人でも多くの人を癒したい。その一心で、ゼノンに何度も嘆願した。
だが、彼の答えは常に同じだった。
「却下だ。君の介入は、計画に不要な変数をもたらすだけだ」

リリアーナは無力だった。
彼女にできることは、ただ丘の上から苦しむ人々のために祈りを捧げることだけ。
聖女でありながら、何もできない。その無力感が彼女の心を苛んだ。

「ゼノン様のやり方は本当に正しいのでしょうか」
リリアーナは、隣に立つ護衛騎士団長に弱々しく問いかけた。
「人々を隔離し、ただ耐えさせる。これは救済と呼べるのでしょうか。もっと、温かい心遣いが、希望の言葉が必要なのではないでしょうか」
騎士団長は答えることができなかった。
彼もまた、ゼノンの非情なまでの合理性に戸惑いを覚えていたからだ。

封鎖が始まって五日が過ぎた。
事態は、ゼノンのシミュレーション通りには進まなかった。
新たな感染者の数は彼の予測を上回るペースで増え続けていた。
医療チームの疲労は限界に達していた。

「報告します! 新たに五名の感染者を確認! うち二名は子供です!」
村の中に設けられた対策本部で、マルクが悲痛な声を上げた。
ゼノンは地図の上に記された感染者の数を無言で修正しながら、静かに思考を巡らせていた。
(何かがおかしい。感染経路がまだ他にあるはずだ)

彼は、これまでのデータを全て見直した。
人の動き、水の流れ、物品の移動。
その時、彼は一つの見落としに気づいた。

「……ネズミか」

ホルツ村は森に近く、古くからネズミの被害が多い地域だった。
そのネズミが、病原体を媒介しているのではないか。
彼らは人の居住区と隔離された患者の居住区を自由に行き来できる。そして糞尿を介して食料や水を汚染している可能性がある。

「グレイ」
ゼノンが鋭い声で命じた。
「領内の腕利きの猟師を、今すぐ全員集めろ。弓と罠を持ってな」
「猟師、でございますか?」
「そうだ。村にいる全てのネズミを、一匹残らず駆除する。徹底的にだ。これは戦争だ」

その日の午後から、ホルツ村で静かで、しかし壮絶な戦いが始まった。
グレイに率いられた十数名の猟師たちが、音もなく村に潜入しネズミ狩りを開始したのだ。
彼らは家の床下、食料庫の隅、屋根裏、あらゆる場所に罠を仕掛け、弓で一匹ずつ確実に仕留めていく。
それは疫病との戦いであると同時に、感染源(ベクトル)を根絶するための冷徹な駆除作業だった。

リリアーナは、その光景を見て言葉を失った。
病に苦しむ人々がいる中で、彼らはただ小さな獣の命を奪うことに全力を注いでいる。
あまりにもちぐはぐで、無慈悲な光景に思えた。

だが、その日から事態は劇的に変化し始めた。
ネズミの駆除が進むにつれて、新たな感染者の数が目に見えて減り始めたのだ。
封鎖開始から七日目。新たな感染者は、ついにゼロになった。

そして、十日目の朝。
対策本部に、医療チームのリーダーから歓喜の報告がもたらされた。
「報告します! 本日、全ての患者の熱が下がりました! 危険な状態を脱した模様です!」
その報告に、対策本部は堰を切ったような歓声に包まれた。
マルクもグレイも、そして衛生管理を手伝っていた村人たちも、涙を流して抱き合った。
長い、長い戦いが終わったのだ。

ゼノンは、その報告を聞いてもただ静かに頷いただけだった。
彼は最新のデータを羊皮紙に書き込んでいく。

【ホルツ村・疫病発生事案 最終報告】
・総感染者数:三十五名
・死者数:三名(初期の二名、及び高齢者一名)
・被害抑制の成功要因:初期段階での完全封鎖。衛生管理の徹底。及び、感染媒体(ネズミ)の早期駆除。

彼の予測した「村の全滅」という最悪のシナリオは回避された。
犠牲は最小限に抑えられた。
それは紛れもない彼の勝利だった。

だが、リリアーナの心は晴れなかった。
丘の上から、回復した村人たちが家族と涙の再会を果たしている光景が見える。
それは喜ばしい光景のはずだった。
なのに、彼女の胸には喜びではなく、重い、重い敗北感がのしかかっていた。

彼女がやろうとしていたこと。
それは自分の聖なる力で一人一人を癒すことだった。
だが、もし自分が村に入っていれば、ゼノンの言う通り感染をさらに広げていたかもしれない。
そして、感染源がネズミであることにも気づけなかっただろう。
彼女の善意と理想論だけでは、多くの人を救うことはできなかった。
結果として人々を救ったのは、ゼノンのあの非情なまでの合理的パンデミック対策だったのだ。

(結果が、すべて……)

ゼノンがかつて自分に言い放った言葉が、リリアーナの頭の中で重く、重く響いていた。
正義とは、何なのか。
救済とは、何なのか。
彼女が聖女としてこれまで信じてきた全てのものが、根底から揺らぎ始めていた。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない

あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。

幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』 電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。 龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。 そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。 盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。 当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。 今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。 ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。 ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ 「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」 全員の目と口が弧を描いたのが見えた。 一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。 作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌() 15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

帝国の王子は無能だからと追放されたので僕はチートスキル【建築】で勝手に最強の国を作る!

雪奈 水無月
ファンタジー
帝国の第二王子として生まれたノルは15才を迎えた時、この世界では必ず『ギフト授与式』を教会で受けなくてはいけない。 ギフトは神からの祝福で様々な能力を与えてくれる。 観衆や皇帝の父、母、兄が見守る中… ノルは祝福を受けるのだが…手にしたのはハズレと言われているギフト…【建築】だった。 それを見た皇帝は激怒してノルを国外追放処分してしまう。 帝国から南西の最果ての森林地帯をノルは仲間と共に開拓していく… さぁ〜て今日も一日、街作りの始まりだ!!

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

竜騎士の俺は勇者達によって無能者とされて王国から追放されました、俺にこんな事をしてきた勇者達はしっかりお返しをしてやります

しまうま弁当
ファンタジー
ホルキス王家に仕えていた竜騎士のジャンはある日大勇者クレシーと大賢者ラズバーによって追放を言い渡されたのだった。 納得できないジャンは必死に勇者クレシーに訴えたが、ジャンの意見は聞き入れられずにそのまま国外追放となってしまう。 ジャンは必ずクレシーとラズバーにこのお返しをすると誓ったのだった。 そしてジャンは国外にでるために国境の町カリーナに向かったのだが、国境の町カリーナが攻撃されてジャンも巻き込まれてしまったのだった。 竜騎士ジャンの無双活劇が今始まります。

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

処理中です...