悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か? ~冷徹と呼ばれる俺の改革が、いつの間にか国を豊かにし聖女にまで懐かれる件~

夏見ナイ

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第30話:疫病発生

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翌朝、アークライト領東部のホルツ村は、異様な静けさと緊張感に包まれていた。
村へと続く唯一の道は、丸太を組んだ粗末だが堅牢なバリケードで完全に封鎖されていた。その前には、アークライト家の紋章旗を掲げた武装兵が厳しい表情で槍を構え、一切の往来を禁じている。
村人たちは家の窓からその光景を不安げに眺めていた。何が起きているのか、正確な情報は誰にも伝えられていない。ただ、村から一歩も出てはならない、という冷酷な命令だけが触れ役によって告げられただけだった。

「ひどい……」
丘の上から馬に乗ったままその光景を見下ろしていたリリアーナは、震える声で呟いた。
「まるで罪人を閉じ込める牢獄のようです。彼らは病に苦しんでいるというのに、助けるどころか見捨ててしまうなんて……」
彼女の隣に立つ護衛騎士団長も、固い表情で腕を組んでいた。騎士道精神に反する、あまりに非情な処置。それが彼の正直な感想だった。

だが、その非情な命令を下した張本人であるゼノンは、彼らの後ろで馬上で地図を広げながら、淡々と次の指示を出していた。
「グレイ。封鎖線の維持は徹底させろ。人の出入りは、俺が許可した者以外、絶対に許すな。違反者は警告の上、抵抗するなら力づくで排除しろ」
「はっ……御意」
グレイは、わずかに躊躇いを見せながらも主君の命令に力強く頷いた。

「マルク。周辺の村々へ伝令を走らせろ。ホルツ村で発生しているのはただの風邪であり、大事には至らない、と。パニックを防ぐための情報統制だ。正確な情報を与えないことで、人々の不安をコントロールする」
「し、しかし、それは嘘をつくことに……」
「結果として、より多くの人々の命を救うための合理的な嘘だ。お前の感傷で計画を乱すな」
ゼノンの冷たい一瞥に、マルクはぐっと言葉を飲み込んだ。

リリアーナは彼らのやり取りを聞いて、もはや我慢の限界だった。
「ゼノン様!」
彼女は馬をゼノンの前に進め、その蒼い瞳をまっすぐに見据えた。
「あなたのやり方は間違っています! 人々を隔離し、嘘で欺く。それは、人の心を、尊厳を踏みにじる行為です! 彼らを救う道は他にあるはずです!」

その魂の叫びに対し、ゼノンは表情一つ変えなかった。
「他の道? 例えば、君が村に入って祈りを捧げることか? それでウイルスが消滅するという科学的根拠はどこにある?」
「科学ではありません! 信仰です! 神の御心です!」
「なるほど。つまり根拠はない、ということだな」

ゼノンはリリアーナとの議論を時間の無駄だと判断した。
彼は馬首を巡らせ、封鎖線の方へと進みながら言った。
「君の理想論を聞いている暇はない。俺は俺のやり方で、救える限りの人間を救う。結果が全てだ」

その言葉を残し、ゼノンは一団の先頭に立った。
彼が率いていたのは、武装兵だけではなかった。
荷馬車の上には大量の石灰、清潔な水を入れた樽、そして薬草を煮詰めたと思しき液体の入った瓶が山のように積まれている。
さらに一行の中には、簡素なマスクと手袋で全身を覆った数名の男女の姿があった。彼らは、ゼノンが領内から急遽集めさせた薬草の知識がある者や、看病の経験がある者たちだった。

「これより、第一次介入を開始する」
ゼノンが宣言すると、兵士たちはバリケードの一部を静かに開けた。
ゼノンはマスクと手袋を身につけると、何の躊躇もなく封鎖された村へと足を踏み入れた。
「ゼノン様! お危険です!」
グレイが慌てて止めようとするが、ゼノンは手でそれを制した。
「指揮官が安全な場所から指示を出すだけでは、現場は動かん。リスク管理はしてある」

リリアーナは、その光景を信じられないという思いで見つめていた。
見捨てるのではなかったのか。
なぜ、彼自身が危険を冒してまで汚染された村へと入っていくのか。
彼女の頭は混乱の極みにあった。

ゼノンは村に入ると、集まってきた村長や村人たちに、冷静に、しかし有無を言わさぬ口調で指示を出し始めた。
「まず、患者と健康な者の居住区を完全に分離しろ。患者の看病は、我々が連れてきた専門チームが行う。家族であっても接触は禁ずる」
「村の井戸は全て使用禁止だ。今から、我々が持ち込んだ清潔な水を配給する。飲料水も調理に使う水も、全てそれを使え。病は水からも感染する」
「全ての家の周りと道に、この石灰を撒け。ウイルスはアルカリ性の環境に弱い。物理的に感染経路を断つんだ」
「そして、最も重要なことだ。全員、一日に三度、石鹸で手を洗うことを義務付ける。食事の前、トイレの後、必ずだ。簡単なことだが、これが最も効果的な予防策だ」

隔離、情報統制、そして衛生管理の徹底。
ゼノンが打ち出した対策は、この世界の誰もが聞いたこともない、前世の公衆衛生学の知識に基づいた合理的パンデミック対策だった。
そこには神への祈りも、奇跡の魔法も一切存在しない。
ただ、科学的な知識と、それを徹底させるための冷徹なまでの規律だけがあった。

村人たちは最初こそ戸惑っていた。
だが、ゼノンの絶対的な自信と有無を言わさぬ命令、そして彼自身が最前線に立って指揮を執る姿に、次第にその指示に従い始めた。
リリアーナは丘の上からその全てを見ていた。
彼女の心の中では激しい嵐が吹き荒れていた。
ゼノンのやり方は非情だ。人の心を無視している。
だが、その一つ一つの指示が人々を救うための最も合理的で最も効果的な手段であることも、彼女は理屈では理解せざるを得なかった。

(私のやり方と、彼のやり方。本当に、正しいのは……どちらなの……?)

彼女の足元で、信じてきた正義が大きく、大きく揺らいでいた。
村の中ではゼノンの指揮の下、人々が黙々と動き続けている。
それは希望の見えない混乱ではなく、明確な目的を持った組織的な戦いの始まりだった。
疫病という見えない敵に対する人間の知性の戦いが、今、静かに始まろうとしていた。
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