悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か? ~冷徹と呼ばれる俺の改革が、いつの間にか国を豊かにし聖女にまで懐かれる件~

夏見ナイ

文字の大きさ
29 / 100

第29話:数字で語る男

しおりを挟む
屋敷の応接室は、昼間の活気が嘘のように冷たい緊張感に支配されていた。
窓の外は既に闇に包まれ、ランプの光がテーブルに広げられた領地の地図をぼんやりと照らし出している。
その地図を囲むように、ゼノン、リリアーナ、そしてマルクとグレイが立っていた。リリアーナの護衛騎士団長も、険しい表情でその後ろに控えている。

「報告しろ、マルク」
ゼノンが静寂を破った。
マルクは青ざめた顔で、震える指で地図の一点を指し示した。
「はっ。疫病が確認されたのは、領の東部、森に近いホルツ村です。本日午後、高熱と発疹を訴える者が三名出たとの報告が……。先ほど、そのうちの一名が亡くなったと……」
「……そんな」
リリアーナの口から悲痛な声が漏れた。彼女の顔からは血の気が失せ、その瞳は苦しむ人々への憂慮で潤んでいた。

だが、ゼノンは眉一つ動かさなかった。
彼はマルクの報告を遮ると、一枚の羊皮紙をテーブルに広げた。そこには、複雑な図表と数字がびっしりと書き込まれていた。
「ホルツ村の人口は二百三十一名。主な産業は林業と狩猟。衛生環境は、領内でも特に劣悪な地域の一つだ。この条件下で感染力の高い疫病が発生した場合の、拡大シミュレーションがこれだ」

ゼノンが指し示したグラフは、急峻なカーブを描いて上昇していた。
「潜伏期間を三日、一人あたりの平均感染人数を二人と仮定した場合、何の対策も講じなければ七日後には村の半数が感染。十日後には村は全滅する」
その言葉は、何の感情も込められていない、ただの事実の羅列だった。
だが、その事実が持つ意味はあまりにも重く、恐ろしい。

「な……何を言っているのですか……!」
リリアーナは、信じられないという表情でゼノンを睨みつけた。
「人々が死にかけているのですよ! それを、あなたはただの数字の遊びのように!」
「遊びではない。分析だ」
ゼノンは、リリアーナの感情的な反応をまるで意に介さずに続けた。
「問題解決の第一歩は、現状を客観的に、そして定量的に把握することだ。感情的になって泣き喚いても、死者は一人も生き返らない。それは最も非効率で無意味な行為だ」

その冷酷なまでの合理性に、リリアー-ナは言葉を失った。
この男は、人の命さえもコストやデータと同じようにしか見ていない。
昨日までの視察で芽生えかけた、ほんのわずかな期待は、この瞬間、怒りと絶望に変わった。
やはり、この人は悪魔だ。人の心を持たない、冷血な怪物だ。

「さらに、リスクはホルツ村だけにとどまらない」
ゼノンは地図の上で指を滑らせた。
「ホルツ村の木材は、街道を通って中心都市の市場へ運ばれる。人の往来がある以上、感染は必ず領内全土へと拡大する。最悪のシナリオでは、一ヶ月以内に領の人口の一割……約二千人が死ぬと予測される」

「もう、やめてください!」
リリアーナは耳を塞ぐようにして叫んだ。
「私はそんな未来の話を聞きに来たのではありません! 今、この瞬間に苦しんでいる人々をどうすれば救えるのかを話しているのです!」
彼女の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
「私には聖なる力があります。神が与えてくださった、人々を癒す力が。今すぐ私がホルツ村へ向かいます。私の力で、必ずや皆を救ってみせます!」
それは聖女としての彼女の絶対的な自信と使命感からくる言葉だった。

だが、ゼノンはその聖なる決意を冷たい一言で切り捨てた。
「却下だ」
「……え?」

「君の提案は非合理的すぎる」
ゼノンはリリアーナを正面から見据え、淡々と分析結果を告げた。
「君の治癒能力のキャパシティはどの程度だ? 一日に何人の重症患者を完全に治癒させることができる? 十人か? 二十人か? 感染拡大の速度は指数関数的に増加する。君一人の個人的なスキルではいずれ限界が来る。それは穴の空いた船から、コップ一杯の水で水を掻き出すようなものだ」
「なっ……!」

「さらに言えば、君自身が感染の媒体(キャリア)となるリスクも考慮しなければならない。君が村に入り、多くの患者と接触し、そして村から出た時、君の衣服や身体に付着した病原体が次の感染爆発(パンデミック)を引き起こすトリガーとなる。善意から出た行動が、結果として最悪の事態を招く。歴史上、よくあることだ」

ゼノンの言葉は、一分の隙もない完璧な論理で構成されていた。
それは、リリアーナが今まで考えたこともなかった冷徹な現実だった。
彼女は自分の聖なる力を信じていた。自分の善意が必ず人々を救うと信じて疑わなかった。
だが、この男はその善意すら「リスク」だと断じた。

「では、あなたはどうすると言うのですか! 人々が死んでいくのを、ただ数字として眺めているだけだとでも!?」
リリアーナは最後の力を振り絞るように問い詰めた。
ゼノンは、まるでようやく本題に入ったとでも言うように静かに頷いた。

「もちろん、対策は打つ。それも最も合理的で、最も効果的な手をな」
彼は、地図の上のホルツ村を赤いインクでぐるりと囲んだ。

「まず、ホルツ村を完全に封鎖する」

その言葉が持つ非情な響き。
リリアー-ナは、これから彼が語るであろう計画の恐ろしさの片鱗を垣間見て、息を飲んだ。
二人の正義は、決して交わることのない平行線の上で、今、決定的に対立しようとしていた。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない

あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。

幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』 電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。 龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。 そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。 盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。 当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。 今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。 ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。 ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ 「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」 全員の目と口が弧を描いたのが見えた。 一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。 作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌() 15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26

帝国の王子は無能だからと追放されたので僕はチートスキル【建築】で勝手に最強の国を作る!

雪奈 水無月
ファンタジー
帝国の第二王子として生まれたノルは15才を迎えた時、この世界では必ず『ギフト授与式』を教会で受けなくてはいけない。 ギフトは神からの祝福で様々な能力を与えてくれる。 観衆や皇帝の父、母、兄が見守る中… ノルは祝福を受けるのだが…手にしたのはハズレと言われているギフト…【建築】だった。 それを見た皇帝は激怒してノルを国外追放処分してしまう。 帝国から南西の最果ての森林地帯をノルは仲間と共に開拓していく… さぁ〜て今日も一日、街作りの始まりだ!!

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

処理中です...