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第66話:アルフォンス王子の葛藤
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王都ロンディニウムの王城の一角。
謹慎を命じられたアルフォンス王子は、自室に閉じこもっていた。
窓の外からは、シルヴァ平原での圧勝を祝う民衆の歓声が遠く聞こえてくる。
だが、その歓声は彼の耳には届いていなかった。
彼の心は、深い深い葛藤の海の底に沈んでいた。
『冷血のゼノン』
その異名は、もちろん彼の耳にも届いていた。
天から鉄の雨を降らせ、敵を一方的に蹂躙する悪魔の指揮官。
その戦い方は、アルフォンスが信じる騎士道とはあまりにもかけ離れていた。
卑怯で非道で、誇りの欠片もないただの殺戮。
(……だが、彼は勝った)
アルフォンスは唇を噛み締めた。
(それも最小限の犠牲で、圧倒的な勝利を収めた。……もし俺が指揮を執っていたら。もし俺が信じる正々堂々の騎士道で戦っていたら。今頃シルヴァ平原は、我が国の兵士たちの血で赤く染まっていたかもしれない)
その認めたくない事実。
それが彼の心を締め付けていた。
自分の理想は美しい。
だが、その美しさは現実の戦争の前ではあまりにも無力なのではないか。
本当の正義とは一体何なのか。
国を、民を守るために本当に必要なのは、美しい理想なのか。
それとも彼のような冷徹な合理性なのか。
コンコン、と。
部屋の扉が控えめにノックされた。
「……誰だ」
「……私です、兄上」
その声に、アルフォンスははっと顔を上げた。
声の主は彼の妹。
第二王女のイザベラだった。
「……入れ」
許可を得て入ってきたイザベラは、兄の憔悴しきった姿を見て胸を痛めた。
彼女はアルフォンスとは違い、政治や軍事には疎い。
だが、兄が今、人生で最大の壁にぶつかっていることだけは分かっていた。
「……兄上。父上がお呼びです」
「……父上が?」
「はい。『謹慎は今日までとする。明日よりシルヴァ平原の前線へ赴き、ゼノン殿の指揮下に入れ』と……」
その言葉にアルフォンスは絶句した。
ゼノンの指揮下に入れ、だと。
あの自分を完膚なきまでに打ち破り、自分の誇りをズタズタに引き裂いた男の下に。
これほどの屈辱があるだろうか。
「……父上は気でも狂われたのか!」
アルフォンスは激昂した。
「俺にあの卑劣漢の下で働けと言うのか! それだけは断じてできん!」
「……兄上!」
イザベラが悲痛な声で兄を制した。
「……父上はこうもおっしゃっていました。『アルフォンスよ。お前が本当にこの国を思うのであれば。己のプライドを捨ててでも学ぶべきことがあるはずだ。あの男から勝つための術を。そして、お前が持たぬものを』と」
父のその言葉。
それはアルフォンスの胸に深く突き刺さった。
自分が持たぬもの。
それは一体何なのか。
冷徹な判断力か。
非情なまでの決断力か。
それとも……。
アルフォンスはしばらくの間何も言わず、ただ窓の外を見つめていた。
歓声はまだ続いている。
民はゼノンの勝利を讃えている。
彼らは、その勝利がどのような手段でもたらされたかなど気にしない。
彼らが望むのは、ただ平和と安定だけだ。
その平和をもたらしてくれる英雄を、彼らは求めている。
(……英雄、か)
アルフォンスは自嘲気味に笑った。
自分こそがその英雄になるはずだった。
民に愛され、国を守る光り輝く英雄に。
だが、現実はどうだ。
自分は国を危機に陥れた愚か者。
そして英雄として讃えられているのは、自分が最も軽蔑していたあの冷血漢。
「……分かった」
長い沈黙の後。
アルフォンスは静かに言った。
「……父上の命令に従おう。……前線へ行く」
その声には、もはや怒りも絶望もなかった。
ただ、何かを吹っ切れたような静かな覚悟だけがそこにあった。
彼は、自分が信じてきた世界が崩れ落ちたその瓦礫の中で。
何かを見つけようとしていた。
自分が持たぬもの。
そして、ゼノン・フォン・アークライトという男の本当の姿を。
それをこの目で確かめるまでは終われない。
彼の新たな戦いが、今、始まろうとしていた。
それは剣を取る戦いではない。
己の価値観そのものを問い直す、内なる戦いだった。
翌朝。
アルフォンス王子は少数の側近だけを連れ、誰にも見送られることなく静かに王都を出発した。
その目的地はシルヴァ平原。
彼が最も憎み、そして今、最も知りたいと思う男が待つ戦場へ。
二人の若き獅子の運命が、今、再び交差しようとしていた。
後書き
「いつも『悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か?』をお読みいただき、ありがとうございます!作者の夏見ナイです。
シルヴァ平原の戦いも終わり、物語は新たな局面へと向かっていきます。
さて、第66話のアルフォンス王子の処遇について、多くのご意見やご感想をいただきました。「罰が軽すぎるのでは?」というご指摘、ごもっともだと思います。彼の犯した罪は、決して許されるものではありません。
彼がその罪とどう向き合い、これから何を為していくのか。
それは、この物語のもう一つの重要なテーマです。
彼の本当の『贖罪』は、まだ始まったばかりなのかもしれません。
今後とも、ゼノンとアルフォンス、二人の若き獅子の運命を見守っていただければ幸いです。
次回もどうぞお楽しみに!」
謹慎を命じられたアルフォンス王子は、自室に閉じこもっていた。
窓の外からは、シルヴァ平原での圧勝を祝う民衆の歓声が遠く聞こえてくる。
だが、その歓声は彼の耳には届いていなかった。
彼の心は、深い深い葛藤の海の底に沈んでいた。
『冷血のゼノン』
その異名は、もちろん彼の耳にも届いていた。
天から鉄の雨を降らせ、敵を一方的に蹂躙する悪魔の指揮官。
その戦い方は、アルフォンスが信じる騎士道とはあまりにもかけ離れていた。
卑怯で非道で、誇りの欠片もないただの殺戮。
(……だが、彼は勝った)
アルフォンスは唇を噛み締めた。
(それも最小限の犠牲で、圧倒的な勝利を収めた。……もし俺が指揮を執っていたら。もし俺が信じる正々堂々の騎士道で戦っていたら。今頃シルヴァ平原は、我が国の兵士たちの血で赤く染まっていたかもしれない)
その認めたくない事実。
それが彼の心を締め付けていた。
自分の理想は美しい。
だが、その美しさは現実の戦争の前ではあまりにも無力なのではないか。
本当の正義とは一体何なのか。
国を、民を守るために本当に必要なのは、美しい理想なのか。
それとも彼のような冷徹な合理性なのか。
コンコン、と。
部屋の扉が控えめにノックされた。
「……誰だ」
「……私です、兄上」
その声に、アルフォンスははっと顔を上げた。
声の主は彼の妹。
第二王女のイザベラだった。
「……入れ」
許可を得て入ってきたイザベラは、兄の憔悴しきった姿を見て胸を痛めた。
彼女はアルフォンスとは違い、政治や軍事には疎い。
だが、兄が今、人生で最大の壁にぶつかっていることだけは分かっていた。
「……兄上。父上がお呼びです」
「……父上が?」
「はい。『謹慎は今日までとする。明日よりシルヴァ平原の前線へ赴き、ゼノン殿の指揮下に入れ』と……」
その言葉にアルフォンスは絶句した。
ゼノンの指揮下に入れ、だと。
あの自分を完膚なきまでに打ち破り、自分の誇りをズタズタに引き裂いた男の下に。
これほどの屈辱があるだろうか。
「……父上は気でも狂われたのか!」
アルフォンスは激昂した。
「俺にあの卑劣漢の下で働けと言うのか! それだけは断じてできん!」
「……兄上!」
イザベラが悲痛な声で兄を制した。
「……父上はこうもおっしゃっていました。『アルフォンスよ。お前が本当にこの国を思うのであれば。己のプライドを捨ててでも学ぶべきことがあるはずだ。あの男から勝つための術を。そして、お前が持たぬものを』と」
父のその言葉。
それはアルフォンスの胸に深く突き刺さった。
自分が持たぬもの。
それは一体何なのか。
冷徹な判断力か。
非情なまでの決断力か。
それとも……。
アルフォンスはしばらくの間何も言わず、ただ窓の外を見つめていた。
歓声はまだ続いている。
民はゼノンの勝利を讃えている。
彼らは、その勝利がどのような手段でもたらされたかなど気にしない。
彼らが望むのは、ただ平和と安定だけだ。
その平和をもたらしてくれる英雄を、彼らは求めている。
(……英雄、か)
アルフォンスは自嘲気味に笑った。
自分こそがその英雄になるはずだった。
民に愛され、国を守る光り輝く英雄に。
だが、現実はどうだ。
自分は国を危機に陥れた愚か者。
そして英雄として讃えられているのは、自分が最も軽蔑していたあの冷血漢。
「……分かった」
長い沈黙の後。
アルフォンスは静かに言った。
「……父上の命令に従おう。……前線へ行く」
その声には、もはや怒りも絶望もなかった。
ただ、何かを吹っ切れたような静かな覚悟だけがそこにあった。
彼は、自分が信じてきた世界が崩れ落ちたその瓦礫の中で。
何かを見つけようとしていた。
自分が持たぬもの。
そして、ゼノン・フォン・アークライトという男の本当の姿を。
それをこの目で確かめるまでは終われない。
彼の新たな戦いが、今、始まろうとしていた。
それは剣を取る戦いではない。
己の価値観そのものを問い直す、内なる戦いだった。
翌朝。
アルフォンス王子は少数の側近だけを連れ、誰にも見送られることなく静かに王都を出発した。
その目的地はシルヴァ平原。
彼が最も憎み、そして今、最も知りたいと思う男が待つ戦場へ。
二人の若き獅子の運命が、今、再び交差しようとしていた。
後書き
「いつも『悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か?』をお読みいただき、ありがとうございます!作者の夏見ナイです。
シルヴァ平原の戦いも終わり、物語は新たな局面へと向かっていきます。
さて、第66話のアルフォンス王子の処遇について、多くのご意見やご感想をいただきました。「罰が軽すぎるのでは?」というご指摘、ごもっともだと思います。彼の犯した罪は、決して許されるものではありません。
彼がその罪とどう向き合い、これから何を為していくのか。
それは、この物語のもう一つの重要なテーマです。
彼の本当の『贖罪』は、まだ始まったばかりなのかもしれません。
今後とも、ゼノンとアルフォンス、二人の若き獅子の運命を見守っていただければ幸いです。
次回もどうぞお楽しみに!」
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