悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か? ~冷徹と呼ばれる俺の改革が、いつの間にか国を豊かにし聖女にまで懐かれる件~

夏見ナイ

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第65話:悪魔の指揮官

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シルヴァ平原での圧勝。
その報せは遠話の魔道具によって、即座に王都ロンディニウムへと届けられた。
王城の大会議室で固唾をのんで戦況を見守っていた国王エドワード四世と重臣たちは、信じられないという表情でその報告を繰り返し聞き返した。

「……帝国軍前衛部隊五千が壊滅……?」
「我が軍の損害、死者わずか二十名、負傷者五十名……?」
「馬鹿な……。そのような一方的な戦いがあるはずがない……。何かの間違いではないのか!」

だが、現場から送られてくる報告は、その奇跡的な勝利が紛れもない事実であることを物語っていた。
魔導砲という未知の兵器による一方的な蹂躙。
完璧な情報網と兵站破壊による敵の無力化。
そして、その全てをまるでチェスの駒を動かすかのように冷徹に指揮した、若き司令官の存在。

会議室は歓喜の声に包まれた。
絶望的な状況からの奇跡的な逆転劇。
誰もが安堵の息を漏らし、神に感謝の祈りを捧げた。

だが、その熱狂の中で。
何人かの冷静な貴族たちは、別の感情を抱いていた。
歓喜ではない。
安堵でもない。
それは背筋が凍るような畏怖。
そして、得体の知れない何かに対する恐怖だった。

「……恐ろしい」
一人の老獪な文官貴族が静かに呟いた。
「ゼノン・フォン・アークライト。あの男は我々の想像を遥かに超えている。……彼は戦争のやり方そのものを変えてしまったのだ」

その恐怖は敵である帝国軍の陣営では、さらに大きなパニックとなって広がっていた。
本隊を率いる帝国軍総司令官ガイウス元帥の元に、シルヴァ平原から命からがら逃げ延びてきた敗残兵たちが次々と駆け込んできた。
彼らは皆、例外なく何かに怯え、正気を失っているかのようだった。

「……悪魔だ」
一人の百戦錬磨であるはずの騎士が、ガタガタと震えながら言った。
「我々が戦ったのは人間ではない。……天から鉄の雨を降らせ、人の心を読み、戦場を意のままに操る冷血の悪魔だ」

「司令官は若者だった。美しい顔をしていた。だが、その瞳はまるで死人のようだった。何の感情も宿っていなかった……」
「我々はただ弄ばれただけだ。彼の手のひらの上で踊らされていただけなのだ……」

敗残兵たちの支離滅裂な証言。
だが、その全てに共通している一つのキーワード。
『冷血のゼノン』。
その異名は敗残兵たちの恐怖と共に、帝国軍の陣営を瞬く間に駆け巡った。
それはもはや一人の人間の名前ではなかった。
戦場に現れた新たな災害。
抗うことのできない理不尽なまでの暴力の象徴。
兵士たちはその名を聞いただけで震え上がった。

ガイウス元帥は報告を聞くうちに、その眉間に深い深い皺を刻んでいった。
彼もまた帝国で知らぬ者はいない歴戦の名将だった。
だが、彼がこれまで経験してきた、いかなる戦いともこれは異質すぎた。

「……ベルシュタインに、いつの間にこのような怪物が現れたのだ」
彼は地図の上に記された『ゼノン』という名前に指を置いた。
「情報と技術か……。なるほど、我が帝国のやり方をそっくり真似て、さらにその上をいっているということか。……面白い」
彼の目には恐怖ではなく、好敵手を見出した戦士の光が宿っていた。

一方、その異名の主であるゼノン本人は。
シルヴァ平原の本陣で捕虜となったヴァルガス将官と向き合っていた。
ヴァルガスは腕を吊り、頭に包帯を巻いた無様な姿で、しかしその瞳だけはまだ死んでいなかった。
彼は自分を完膚なきまでに打ち破った若き司令官を、憎悪の眼差しで睨みつけていた。

「……殺せ」
ヴァルガスが吐き捨てるように言った。
「これほどの屈辱を受けた以上、生きてはおれん。さあ、殺せ。それが敗軍の将への礼儀というものだろう」

だが、ゼノンは彼のその騎士道精神に満ちた言葉を鼻で笑った。
「殺す? なぜ俺がそんな非効率なことをしなければならない?」
「……何?」
「あなたはまだ利用価値がある。生かしておいた方がリターンが大きい」

ゼノンは一枚の降伏勧告状をヴァルガスの目の前に突きつけた。
「これにサインをしろ。あなたとあなたの部下たちの名において、帝国軍本隊に降伏を勧告する文書だ」
「……ふざけるな! 誰がそのような裏切り行為に手を貸すものか!」

「そうですか」
ゼノンはあっさりと引き下がった。
そして隣のグレイに静かに命じた。
「グレイ。捕虜にした帝国兵三千。その中から百人選べ。そして王都へ送れ」
「……王都へ、ですか?」
「ああ。彼らは王都の再開発計画のための貴重な労働力となるだろう。もちろん賃金は支払わん。奴隷として死ぬまで働かせる」

そのあまりにも無慈悲な言葉。
ヴァルガスの顔が怒りに引きつった。
「貴様っ! 捕虜の虐待は万国共通の法で禁じられているはずだ!」

「法、ですか」
ゼノンの蒼い瞳がヴァルガスを射抜いた。
「先に法を破ったのはあなたたちではないのですか? 民間人を襲い、略奪し、火を放つ。それは帝国では許される行為なのですかな?」
「……ぐっ」

「俺は合理的でないことが嫌いなだけだ」
ゼノンは続けた。
「あなたを生かしておけば、部下たちの命も助かるかもしれない。そして無駄な戦いをせずに済む。それが最も効率的だ。だが、あなたがそれを拒否するのであれば、俺は次善の策を取るまでだ。捕虜を労働力として酷使し、彼らが死ぬまでに生み出す利益で今回の戦費を回収する。……どちらがあなたにとってマシな選択か。よく考えて答えを出すことだ」

それは悪魔の交渉術だった。
彼の部下たちの命を人質に取った究極の選択。
ヴァルガスは唇を噛み締め、わなわなと震えた。
目の前の少年は、やはり人間ではなかった。
彼は人の心、誇り、慈悲、そういったものを全て計算の道具としてしか見ていない。

『冷血のゼノン』
その異名の意味をヴァルガスは今、骨の髄まで理解した。
そして、その悪魔の異名はこのシルヴァ平原の勝利によって、敵味方双方の心に絶対的な恐怖と共に深く深く刻み込まれることになったのだった。
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