悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か? ~冷徹と呼ばれる俺の改革が、いつの間にか国を豊かにし聖女にまで懐かれる件~

夏見ナイ

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第71話:決戦開始

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ゼノンの冷徹なタクトが振り下ろされた。
シルヴァ平原の夜空を、再び魔導砲の轟音が引き裂く。
だが、今度の目標は中央部ではない。
帝国軍の東西の両翼。
ガイウス元帥が急遽立て直そうとしていた防御陣地へと、正確に、そして無慈悲に鉄の雨が降り注いだ。

「ぐあああっ!」
「南翼の二の舞だ! 逃げろ!」
『黒の十三聖』の壊滅で既に士気が地に落ちていた帝国兵たちは、なすすべもなく混乱に陥った。
陣形は完全に崩壊。
防御線はいとも容易く食い破られた。

そして、その崩れた一点へと。
ヘクター率いるアークライト軍が、黒い津波のように殺到した。
先頭を駆けるのは、マスケット銃を構えた軽装騎兵たち。
彼らは馬上で巧みに銃を操り、抵抗しようとする帝国兵たちを次々と撃ち抜いていく。
彼らの後ろから銃剣をきらめかせた歩兵部隊がなだれ込み、混乱する敵陣をさらに深く切り裂いていく。
彼らの動きは感情のない機械のようだった。
無駄な雄叫びもない。
ただ淡々と敵を無力化していく。

「馬鹿な……! 両翼が崩されるぞ! 中央部隊を回せ! 早くしろ!」
帝国軍本陣でガイウス元帥の怒声が飛んだ。
だが、時すでに遅かった。
アークライト軍の侵攻速度は、彼の想像を遥かに超えていた。
両翼から深くえぐり込むように侵入した彼らは、完璧な連携で帝国軍の中央部隊を完全に孤立させてしまった。

前方は亀のように動かない王国軍本隊。
左右は神出鬼没のアークライト軍。
そして後方には、もはや退路はない。
帝国軍中央部隊、およそ一万五千は、シルヴァ平原という巨大な罠の中で完全に身動きが取れなくなってしまった。

その全ての光景を。
本陣で待機していた王国騎士団と、そしてアルフォンス王子が固唾をのんで見守っていた。

「……信じられん」
一人の騎士団長が震える声で呟いた。
「あれが戦争なのか……。まるで狩りだ。……我々が狼で、帝国軍が袋のネズミの……」
彼らの目には恐怖の色が浮かんでいた。
アークライト軍のあまりにも異質で、そして効率的すぎる戦い方。
それは彼らが誇りとしてきた騎士道精神とは対極にある、冷たい殺戮のシステムだった。

だが、アルフォンスは違った。
彼の瞳には恐怖ではなく、別の感情が宿っていた。
それは自分たちがこれから立つべき舞台を整えていく、ゼノンの恐るべき手腕に対する戦慄と、そしてかすかな感嘆だった。

(……これが、彼の戦い方か)
アルフォンスは唇を噛み締めた。
(感情を排し、ただ冷徹に勝利という結果だけを追求する。……俺が理想論を振りかざしている間に、彼はこの現実の戦場で勝つための方法を考え抜いていたのだ)
彼はようやく認めざるを得なかった。
ゼノンはただの冷血漢ではない。
彼は彼なりのやり方でこの国を守ろうとしている。
そのやり方が自分とは全く違うというだけで。

その時。
彼らの耳に装着された遠話の魔道具から。
待ちわびた声が響き渡った。

『……ゲルハルト元帥。聞こえますか』
ゼノンの冷静な声。
『舞台は整いました。……あとは主役の登場を待つだけです』

ゲルハルト元帥の老いた瞳がカッと見開かれた。
「……全軍!」
彼のしわがれた、しかし力強い声が王国騎士団本隊に響き渡る。
「……時は来た! 我らベルシュタイン王国騎士団の誇りを見せる時だ!」

彼は鞘から長年使い込んできた愛剣を抜き放った。
その切っ先を、完全に孤立し浮き足立つ帝国軍の中央部隊へとまっすぐに向ける。
「我に続けェェェェェッ!!」

「「「ウオオオオオオオッ!!」」」
一万の騎士と兵士たちが大地を揺るがす雄叫びを上げた。
それは溜めに溜め込んだ怒り、屈辱、そして騎士としての誇り、その全てを解き放つ魂の咆哮だった。

王国騎士団、最後の、そして最大の突撃が始まった。
地平線を埋め尽くす鋼の津波。
それはゼノンが用意した完璧なお膳立ての上で繰り広げられる、華麗なるフィナーレだった。

帝国軍の兵士たちは、その光景に完全に戦意を喪失した。
左右からは得体の知れない銃弾が飛んでくる。
そして正面からは死を覚悟した狂戦士のような騎士団が殺到してくる。
もはや逃げ場はなかった。

決戦の火蓋は切られた。
いや、正確には決戦は既に終わっていた。
今、繰り広げられているのは、ゼノンという冷徹な脚本家が書いた壮大な勝利の物語の最終章に過ぎなかった。
そして、その物語の中で。
一人の王子が己の役割を見出すべく、静かに剣を抜き放とうとしていた。
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