悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か? ~冷徹と呼ばれる俺の改革が、いつの間にか国を豊かにし聖女にまで懐かれる件~

夏見ナイ

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第72話:王子の覚醒

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王国騎士団の怒涛の突撃。
それは旧時代の戦争の終わりを告げる、最後の輝きだった。
彼らはもはや戦術も陣形もかなぐり捨てていた。
ただ、騎士としての本能と誇りに突き動かされ、目の前の敵へと殺到していく。

だが、その無謀とも思える突撃は、ゼノンが完璧にお膳立てした舞台の上では最強の破壊力を持っていた。
完全に孤立し士気を失った帝国軍の中央部隊は、その狂戦士のごとき勢いの前に、なすすべもなく崩壊していった。

「……見事なものだ」
後方の丘の上からその光景を見ていたゼノンは、静かに呟いた。
「……感情という非合理なエネルギーも、使い方を間違えなければこれほどの破壊力を生み出すとは。……興味深いデータだ」

彼の隣では聖女リリアナが、胸の前で固く指を組み祈りを捧げていた。
彼女の目には、この凄惨な光景もまたゼノンの深遠な慈悲の現れとして映っていた。
(……あえて騎士団の方々に最後、花道を用意されたのですね。彼らの誇りを傷つけないために。……ゼノン様、あなたのそのお心遣い、あまりにも深すぎます……)

だが、その時だった。
戦場の片隅で、ゼノンの完璧なシナリオにはなかった一つのイレギュラーが発生した。

帝国軍の総司令官ガイウス元帥。
彼は乱戦の中で、自らが率いる数百の親衛隊と共に包囲網の一点を強行突破しようと試みていたのだ。
そこは、ちょうど王国軍の一団が手薄になっている場所だった。

「元帥閣下! あそこです! あそこを抜ければ脱出できます!」
「うむ! 全員、俺に続け! 生きて帝国へ帰るぞ!」
老将の最後の意地だった。
彼らは鬼神のごとき形相で、王国軍の一角へと突撃した。

その一点を守っていたのは、若い貴族が率いる経験の浅い部隊だった。
彼らは帝国最強の精鋭部隊の捨て身の突撃の前に、あっという間に混乱に陥った。

「ひ、怯むな! 隊列を組め!」
若い部隊長が必死に叫ぶが、兵士たちは恐怖に足がすくみ逃げ腰になっている。
このままでは包囲網に穴が開けられてしまう。
そうなれば戦局が再びひっくり返る可能性すらあった。

その危機的状況を誰よりも早く察知した人物がいた。
本陣の後方で戦況を見守っていたアルフォンス王子だった。
彼は自分に与えられた役割が何もないことに、ずっと歯がゆい思いを抱いていた。
だが、今、目の前で仲間が危機に陥っている。
そしてそれは、戦局全体を揺るがしかねない危険な綻びだった。

(……俺はどうすればいい)
アルフォンスは葛藤した。
ゼノンからは動くなと命じられている。
勝手な行動を取れば軍規違反だ。
だが、目の前の仲間を見捨てることなど騎士としての誇りが許さない。

その時、彼の脳裏にゼノンの声が蘇った。
『誇りでは国は守れません』
『最小の犠牲で最大の戦果を挙げる。それこそが指揮官に求められる唯一の能力です』

(……そうか)
アルフォンスの心の中で何かが吹っ切れた。
今、この瞬間に為すべきことは何か。
騎士としての誇りを守ることか?
違う。
王子としてのプライドを保つことか?
違う。
今、最も合理的な判断。
それは、この戦局の穴を最小限のコストで塞ぎ、全体の勝利を確定させることだ。

彼はもはや迷わなかった。
剣を抜き放つのではない。
彼は隣にいた側近の騎士が持つ遠話の魔道具をひったくった。

「聞こえるか! こちらはアルフォンスだ!」
彼の張りのある声が、混乱する若い部隊長の頭の中に直接響き渡った。
「だ、誰だ!? ……で、殿下!?」

「落ち着いて聞け!」
アルフォンスは冷静に、しかし有無を言わさぬ口調で命じた。
「今すぐ戦闘をやめ、全軍後退しろ! 敵をやり過ごすんだ!」
「なっ……! 敵に背を見せろと言うのですか!?」

「そうだ! お前たちの役目は敵を殲滅することではない! 敵の足を止め、時間を稼ぐことだ!」
アルフォンスは戦場全体を見渡した。
ゼノンのように全てを見通すことはできない。
だが、彼には彼なりの戦術眼があった。
「お前たちが後退すれば、敵は必ず追ってくる! そこを左右にいるグスタフ将軍とヘクター殿の部隊で挟撃する! 良いな、グスタフ将軍!」

アルフォンスは魔道具の通信チャンネルを切り替え、近くの部隊長に指示を飛ばした。
それはゼノンのような完璧な計算に基づくものではなかった。
だが、それは戦場の流れを読み、変化に即応する優れた指揮官の判断だった。

「……承知した!」
「お任せを!」
突然の王子からの命令に戸惑いながらも、グスタフ将軍もヘクターも即座に反応した。
彼らはアルフォンスの的確な判断力を認めたのだ。

アルフォンスの指示通り。
若い部隊は一度後退し、帝国軍の親衛隊を引き付ける。
そして、彼らが完全に突出した瞬間。
左右から王国軍とアークライト軍の精鋭が、完璧なタイミングで襲いかかった。
挟撃。
それは兵法の基本にして、最も効果的な戦術だった。

ガイウス元帥の最後の希望は、そこで完全に断たれた。
彼の親衛隊は十字砲火を浴び、あっという間に壊滅した。
そして、元帥自身もグスタフ将軍の剣の前に膝をついた。

その一部始終を。
丘の上のゼノンは静かに見ていた。
彼の完璧なシナリオに生じたイレギュラー。
そして、そのイレギュラーを見事に処理してのけたアルフォンス王子の働き。

(……ほう)
ゼノンの口元に初めて、予測不能なデータに対する純粋な興味の色が浮かんだ。
(……あの理想論者も少しは学習したようだな。プライドを捨てて最も合理的な選択をしたか。……面白い。あれはまだ使える駒のようだ)

アルフォンスは、自分が冷徹な司令官から「使える駒」として再評価されたことなど知る由もなかった。
彼はただ、自分が為すべきことを為しただけだった。
騎士としての誇りを守るのではなく。
王子としてのプライドを振りかざすのでもなく。
一人の指揮官として仲間を救い、勝利を手繰り寄せた。
その事実に彼は、これまで感じたことのない静かな満足感を覚えていた。

彼の長い葛藤は終わった。
彼はこの戦場で生まれ変わったのだ。
古い理想を脱ぎ捨て、新しい現実を受け入れた真の指導者として。
アルフォンス王子の覚醒だった。
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