悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か? ~冷徹と呼ばれる俺の改革が、いつの間にか国を豊かにし聖女にまで懐かれる件~

夏見ナイ

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第73話:勝利

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アルフォンス王子の機転の利いた指揮によって、帝国軍総司令官ガイウス元帥が捕縛された。
その報せは、戦場に残っていた帝国兵たちの最後の戦意を完全に粉砕した。
司令塔を失い完全に包囲された彼らに、もはやできることは何もなかった。
次々と武器を捨て降伏していく。
シルヴァ平原の戦いは、ベルシュタイン王国の完全なる、そして圧倒的な勝利によって幕を閉じた。

夜が明け始めた東の空。
その薄明かりの下に広がるのは、凄惨な、しかし静かな光景だった。
夥しい数の帝国軍の死体と、うなだれる捕虜の群れ。
そして、その中を疲労と興奮が入り混じった表情で、行き交う王国軍の兵士たち。

「……勝った」
「我々は勝ったんだ……!」

あちこちから歓喜の声が上がる。
彼らは抱き合い、涙を流し、この奇跡的な勝利を喜び合った。
絶望的な状況から国を救った。
その達成感が戦場全体を包んでいた。

だが、その歓喜の輪の中心にいるべき男の姿はそこにはなかった。
ゼノン・フォン・アークライトは一人、丘の上の臨時司令部で淡々と戦後処理の指揮を執っていた。

「……捕虜の数は約一万二千。負傷者はそのうち三千。死者は約八千か」
彼はリオがまとめた被害報告書に目を通しながら静かに呟いた。
「我が軍の損害は、死者三百、負傷者七百。……上出来な数字だ。費用対効果は極めて高い」

彼の頭の中にあるのは、勝利の感動ではない。
ただ冷たい数字と事実だけだった。
彼の仕事はまだ終わっていない。
戦争に勝つことは目的ではない。
あくまで彼の目的を達成するための、一つの手段に過ぎないのだから。

「リオ。捕虜の管理を徹底させろ。反乱分子は隔離し、それ以外の者には十分な食事と医療を与えろ。彼らは今後の帝国との外交交渉における重要なカードだ。傷つけたり死なせたりするな」
「マルク。戦場に残された帝国軍の武具、馬、そして食料を全て回収しろ。これらは全て我が国の資産となる。一つたりとも無駄にするな」
「グレイ。王都へ勝利の報を伝えろ。ただし、余計な情報は流すな。『ゼノン・フォン・アークライトの指揮の下、王国軍は帝国軍に勝利した』。事実だけを簡潔に伝えろ」

矢継ぎ早に的確な指示が飛ぶ。
そのあまりにも冷静で事務的な態度。
まるで大規模なプロジェクトを一つ終えただけのビジネスマンのようだった。

その司令部に一人の男が訪れた。
アルフォンス王子だった。
彼の顔にはもう以前のような葛藤の色はなかった。
そこにあるのは、現実を受け入れ前を向こうとする王族としての静かな覚悟だった。

「……ゼノン殿」
アルフォンスはゼノンの前に立つと、静かに頭を下げた。
「……今回の勝利、見事だった。君のおかげでこの国は救われた。……礼を言う」
それはアルフォンスが生まれて初めて自分以外の誰かに心の底から告げた、敗北宣言であり、そして感謝の言葉だった。

だが、ゼノンはそんなアルフォンスを一瞥しただけで、すぐに手元の書類へと視線を戻した。
「礼など不要です。私は私の仕事をしたまでです。……それよりも、王子」
彼の声は相変わらず平坦だった。
「あなたの最後の指揮。あれは評価します。土壇場で最も合理的な判断を下した。あなたのおかげで我が軍の損害はさらに数十名減りました。……感謝します」

その思いがけない言葉。
アルフォンスは息を飲んだ。
彼に認められた。
あの誰よりも冷徹で、誰よりも結果に厳しい男に。
その事実が、アルフォンスの胸に熱い何かを込み上げさせた。

だが、ゼノンは感傷的な雰囲気を断ち切るように続けた。
その声のトーンは、氷のように冷たく、そして鋭かった。

「ですが、勘違いしないでいただきたい。私があなたを生かしているのは、情けや許しからではない」

ゼノンはペンを置き、アルフォンスの目をまっすぐに見据えた。その蒼い瞳には何の感情も宿っていなかった。
「合理的に考えれば、あなたは国家反逆罪で即刻処刑されるべきでした。ですが、私がそうしなかったのは、『第一王子を処刑する』という選択がもたらす国内の混乱……王位継承問題の泥沼化、王家の権威失墜、旧守旧派の暴発といった莫大な『コスト』が、『あなたを生かして駒として使う』ことで得られる『リターン』を上回ると判断したからです。ただそれだけの、冷徹な経営判断に過ぎません」

アルフォンスは言葉を失った。彼の覚悟も感謝も、この男の前ではただの計算の材料でしかなかったのだ。

「あなたは今や、私にとって『次期国王』ではない。私の壮大な計画を遂行するための、替えの利く『人的資源(ヒューマンリソース)』の一つです。あなたが犯した罪の代償は、これからあなたの生涯をかけて私のために働き、私の投資以上の成果を出すことで支払っていただきます」

ゼノンの言葉は容赦なく続く。
「あなたの持つ『王家のカリスマ』というリソースは、古い貴族たちをまとめる上でまだ利用価値がある。ですが、もしあなたが再び感情論で判断を誤り、私の計画の障害となると判断すれば……その時は容赦なく切り捨てる。次に失敗はありません。よろしいですね?」

それは、あまりにも非情な最後通告だった。
だが、その究極の合理性の中に、アルフォンスは奇妙な公平さと誠実さを感じていた。
この男は嘘をつかない。
お世辞も言わない。
ただ、この世界の冷徹なルールをありのままに突きつけてくる。

「……分かっている」
アルフォンスは静かに、しかし力強く頷いた。
「その代償は、これから俺が一生をかけて償っていく。……君の駒として、存分に働かせてもらう」

二人の若き獅子の間に。
初めて奇妙な、しかし強固な契約が結ばれた。
それは友情ではない。
信頼でもない。
ただ、互いの役割を認め合った経営者と従業員の、極めてドライで、そして何よりも強力な協力関係の始まりだった。

その時。
司令部の外から大きな歓声が聞こえてきた。
ゲルハルト元帥やグスタフ将軍に率いられた王国軍の兵士たちが、彼らの若き司令官を讃えるために集まってきたのだ。

「ゼノン様! 万歳!」
「我らの英雄! ゼノン司令官!」

彼らの顔は純粋な喜びと熱狂的な崇拝の念で輝いていた。
彼らはもはやゼノンをただの貴族の三男坊とは見ていない。
この国を救った伝説の英雄として、神格化し始めていた。

だが、その熱狂の中心にいるべきゼノンは。
その歓声を、心底迷惑そうな顔で聞いていた。

(……面倒だ)
彼の内心は、それだけだった。
(英雄? 冗談じゃない。そんな非合理的なレッテルを貼られてたまるか。俺はただ静かに合理的な生活がしたいだけだというのに……)

ベルシュタイン王国は劇的な勝利を手にした。
だが、その勝利がもたらした新たな熱狂と期待。
それがゼノンにとって次なる、そして最も厄介な面倒事の始まりとなることを、彼は既に予感していた。
彼の望まぬ戦いは、まだ終わる気配を見せなかった。
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