悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か? ~冷徹と呼ばれる俺の改革が、いつの間にか国を豊かにし聖女にまで懐かれる件~

夏見ナイ

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第97話:グレイの報告

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王都へと戻る慌ただしい旅支度が進められる中、アークライト家の屋敷の一室でゼノンはグレイからの詳細な報告を受けていた。
部屋のテーブルの上には大陸全土の地図が広げられ、そこには無数の駒が置かれている。
赤は敵対勢力。
青はベルシュタイン王国。
そして白はまだ動向が不明な中立国。
それはこれから始まるであろう巨大な戦争の序盤の盤面だった。

「……まず、ガリア帝国です」
グレイは指し棒で北の大国を指し示した。
「シルヴァ平原での敗北の後、彼らは軍の大規模な再編に着手しています。我々のマスケット銃を模倣した『帝国式火縄銃』の量産化、そして魔導砲に対抗するための『対魔法装甲』の開発を急いでいる模様。……情報によれば、その技術開発には捕虜交換で帝国へ帰還した魔術師たちが中心的な役割を果たしていると」

「……なるほど。学習能力は高いようだな」
ゼノンは静かに頷いた。
「敵は我々の手の内を知っている。同じ戦法はもはや通用しないと考えるべきだ」

「次に南の連合都市国家群(アライアンス)」
グレイの指が南の海上国家群へと移動した。
「彼らは表向きは軍事行動を起こしておりません。ですが水面下で我々の経済を揺さぶるための工作を開始しています。我が国の特産品に不当に高い関税をかけ市場から締め出すと同時に、我が国の商人たちを金で買収し内部からかく乱しようという動きも見られます」

「経済戦争か。……商人らしいやり方だ」
ゼノンはどこか楽しむように言った。
「だが、そのやり方は俺の最も得意とする土俵でもある」

そしてグレイの指は、大陸の地図に点在するいくつもの中小国家を示していった。
「そして最も厄介なのがこれらの国々です。彼らは『大陸自由条約機構』の名の下に、帝国とアライアンスの連合軍に加わりました。単独では脅威ではありませんが、数が集まれば無視できない戦力となります。……彼らは我々を『大陸の平和を乱す侵略者』だと信じ込んでいるようです」

「プロパガンダ(政治宣伝)か」
ゼノンは吐き捨てるように言った。
「情報戦では我々は完全に後手に回っている。……これも早急に手を打たねばならない課題だな」

報告は数時間に及んだ。
大陸の情勢はゼノンが想像していた以上に急速に、そして深刻に悪化していた。
ベルシュタイン王国は今や完全に孤立無援。
大陸のほぼ全てを敵に回した絶望的な状況。

報告を終えたグレイは、深刻な顔で主君を見つめた。
「……ゼノン様。……正直に申し上げます。……これはあまりにも分が悪すぎます。シルヴァ平原の戦いとは訳が違う。今度の敵は大陸の全てです。……本当に勝算はおありなのですか?」
その声には、忠実な側近としての心からの不安が滲んでいた。

ゼノンはしばらくの間何も答えなかった。
彼はただ静かに目の前の絶望的な盤面を見つめていた。
部屋には重い沈黙が流れる。
グレイはゴクリと唾を飲んだ。
さすがのゼノン様もこの状況には言葉を失っているのか。

だが、やがてゼノンの口から漏れたのは、グレイの予想とは全く違う言葉だった。

「……面白い」
「……え?」

「面白いじゃないか、グレイ」
ゼノンの蒼い瞳がキラリと輝いた。
それは絶望の色ではなかった。
最高の難問を前にした挑戦者の獰猛な輝きだった。

「敵は巨大で数も多い。だがその分、弱点も多い」
彼は立ち上がると地図の前に立った。
その姿はもはやただの宰相代理ではない。
全世界を相手にチェスを指そうとしているグランドマスターのようだった。

「見ろ、グレイ。彼らは『同盟』という名の脆い砂の城の上に立っているに過ぎない」
彼の指が帝国とアライアンスを結ぶ線をなぞった。
「帝国は陸の覇権を狙う軍事国家。アライアンスは海の利権を守りたい商業国家。彼らの利害は根本的に一致していない。彼らを繋いでいるのはただ、『俺』という共通の恐怖だけだ。……ならば、その恐怖を取り除いてやればどうなる?」

「あるいは、その恐怖よりも大きな『利益』を天秤の片方に乗せてやればどうなる?」

ゼノンの言葉はもはやグレイには理解できない高次元の戦略を語っていた。
戦争を戦争だけで終わらせない。
経済、外交、そして情報。
その全てを武器として、敵の同盟そのものを内側から切り崩していく。

「そしてこれらの中小国家。彼らは正義感で動いているのではない。ただ、強い方につきたいだけの日和見主義者だ。ならば、我々が彼らが信じる『正義』の側になってやればいい」

そのあまりにも壮大で、そして恐ろしい戦略。
グレイはもはや何も言えなかった。
ただ目の前の主君が、自分とは全く違う世界の高みから物事を見ていることだけを改めて痛感させられた。
分が悪い?
とんでもない。
このお方は、この絶望的な状況すら楽しんでいるのだ。
この巨大なゲームをどうやってクリアしてやろうかと、心の底からワクワクしているのだ。

「……ゼノン様」
グレイは静かにその場に膝をついた。
そして揺るぎない覚悟を込めて言った。
「……このグレイ・ウォーカー、もはやあなた様のお考えの全てを理解しようとは思いません。……ただ、あなた様が指し示す道を信じ、あなた様の剣として全てを切り拓くのみです」

それは彼の新たな忠誠の誓いだった。
主君を理解しようとすることを諦め、ただ絶対的な信仰の対象として仕えるという究極の忠誠。

ゼノンはそんなグレイを一瞥すると満足げに頷いた。
「ああ。それでいい」
彼は駒の一つを手に取った。
それは『ベルシュタイン王国』を示す青い駒だった。
そしてその駒を敵陣のど真ん中へと静かに置いた。

「さあ、始めようか、グレイ」
彼の口元には獰猛な笑みが浮かんでいた。

「我々の戦いはまだ終わっていない。……いや、本当の戦いはここからだ」
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