悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か? ~冷徹と呼ばれる俺の改革が、いつの間にか国を豊かにし聖女にまで懐かれる件~

夏見ナイ

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第96話:家族との時間

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大陸に不穏な嵐が吹き荒れようとしているその束の間、ゼノンは短い休暇を取り、アークライト領へと帰郷していた。
それは国王からの特別な計らいだった。
『……しばし羽を休めるがよい。嵐の前の静けさは、戦士にとって必要不可欠なものだ』
国王もまた、ゼノンがこの国の未来のために再び過酷な戦場へと身を投じることになるのを予感していたのだ。

数ヶ月ぶりに足を踏み入れた故郷の地、アークライト領はゼノンが旅立つ前とは比べ物にならないほど豊かで活気に満ち溢れていた。
彼が整備させた石畳の街道を、人々と物資を満載した荷馬車がひっきりなしに行き交う。
畑は見渡す限り青々と茂り、村々からは子供たちの元気な笑い声が聞こえてくる。
それは彼が自らの手で作り上げた理想郷の姿だった。

だが、ゼノンはその光景に何の感慨も抱かなかった。
彼にとっては全てが計画通りに進んでいるという事実確認に過ぎない。
彼が屋敷に到着すると、公爵家の家族が勢揃いで彼を出迎えた。

「おお、ゼノン! よくぞ帰った!」
父であるダリウス公爵が満面の笑みで彼の肩を叩いた。
その手は力強く、そして温かかった。
以前のような権威主義的な態度は消え失せ、そこにはただ息子の偉大な功績を誇る一人の父親の姿があった。

「あなた、お帰りなさいませ。長旅お疲れだったでしょう」
母であるイザベラ夫人も穏やかな笑みを浮かべて彼を労った。
彼女の身を飾る宝石やドレスは以前よりもずっと質素なものになっていたが、その表情は以前よりもずっと幸せそうに見えた。
彼女は気づいたのだ。
本当の豊かさとは高価な物ではなく、家族の平穏と誇りの中にあるのだということを。

兄であるアルベールとベルトランも、ぎこちなさは残るものの、どこかバツの悪そうな顔で弟の帰還を迎えた。
「……おう。……まあ、なんだ。……ご苦労だったな」
「……怪我はないか」
彼らもまた変わった。
自分たちの無力さと弟の圧倒的な才能を認めざるを得なかった。
嫉妬は消えていない。
だが、その嫉ITの奥にかすかな尊敬の念が芽生え始めていた。

「……ただいま戻りました」
ゼノンはその家族の変わりように戸惑いながらも短く答えた。
彼にとって家族とは非効率な浪費を繰り返すコスト要因でしかなかったはずだ。
だが、今目の前にいる彼らは違う。
どこかぎこちなく、そして不器用に彼を気遣い、その帰りを喜んでいる。
その光景はゼノンの計算にはなかった予測不能なデータだった。

その夜、開かれたささやかな晩餐会。
食卓に並べられたのは、かつてのような豪華絢爛な料理ではない。
領地で採れた新鮮な野菜と焼きたてのパン、そしてシンプルな肉のロースト。
だが、その一つ一つが心のこもった温かい味がした。

「ゼノン。……リリアナ様とはどうなのだ? 順調なのか?」
ダリウス公爵がおそるおそる尋ねた。
「……問題ありません」
「そうか! それは良かった! 挙式はいつにする? 王都で盛大にやるか? いや、このアークライト領で領民全てに祝福されるのも良いな!」
父親はすっかり舞い上がっていた。

「ゼノン様は甘いものはお好きでしたわね。今度リリアナ様とご一緒に、王都で一番の菓子職人のお菓子を取り寄せておきますわ」
母親は母親で完全に気が早い。

そのあまりにも普通の家族の会話。
ゼノンはどう反応していいか分からず、ただ黙って食事を続けることしかできなかった。
彼の心の中では、これまで感じたことのない奇妙な居心地の悪さと、そしてほんの少しのくすぐったいような感覚が渦巻いていた。
これもまた彼にとっては未知の感情だった。

晩餐が終わった後、ゼノンは一人屋敷のバルコニーに出て夜風に当たっていた。
眼下には静かな領地の夜景が広がっている。
それは彼が守り、そして作り上げた平和の光景。

「……悪くない」
彼は静かに呟いた。
王都の喧騒も政争もここにはない。
ただ穏やかな時間が流れている。
これこそが俺が本当に望んでいた場所なのかもしれない。

その静寂を破るように背後から声がかかった。
「……ゼノン様」
振り返ると、そこに立っていたのはグレイだった。
彼の顔にはいつもの心酔したような表情ではなく、側近としての厳しい覚悟の色が浮かんでいた。

「……ご家族との団欒、お邪魔して申し訳ありません。ですが、お伝えせねばならぬ儀が」
彼の手には王都の情報網から送られてきた最新の密書が握られていた。
ゼノンはその密書を受け取ると、月明かりの下で静かにそれに目を通した。
そこに記されていたのは、大陸諸国が結成した『対ゼノン包囲網』の詳細な動向だった。

「……やはり来たか」
ゼノンの瞳が瞬時に戦場の司令官のそれに変わった。
束の間の平穏は終わった。
世界は彼に休息を与えてはくれないらしい。

「グレイ」
「はっ」
「……王都へ戻る。……休暇は終わりだ」

彼の声にはもはや家族との団欒で見せたかすかな戸惑いはなかった。
そこにあるのは絶対的な合理主義者としての冷徹な決意だけだった。
彼は自分が守るべきもののために再び戦場へと戻る。
その守るべきものの中に、今やこの不器用な家族との時間も含まれていることに、彼自身はまだ気づいていなかったかもしれないが。
彼の短い、しかし温かい帰郷は終わりを告げた。
新たなる、そして最大の戦いの幕が、今、まさに上がろうとしてしていた。
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