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第95話:大陸の動向
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ゼノンとリリアナの婚約は、ベルシュタイン王国をかつてないほどの一体感と高揚感で包み込んだ。
合理的な政策によってもたらされた物質的な豊かさ。
そして、聖女という精神的な支柱がもたらす心の安寧。
国は、まさに黄金時代の幕開けを迎えようとしていた。
だが、その輝かしい光は同時に濃い影を大陸の他の場所へと落としていた。
ガリア帝国の帝都では、皇帝主催の極秘の軍事会議が連日開かれていた。
集められたのはガイウス元帥をはじめとする帝国軍の最高幹部たち。
彼らの顔には、シルヴァ平原での敗北の屈辱とベルシュタイン王国への燃えるような敵意が刻まれていた。
「……もはや一刻の猶予もならん」
皇帝が重々しく口を開いた。
「ベルシュタインのあの小僧……ゼノンは我々の想像を超える速さで国力を増強させている。産業革命、軍制改革、そして今度は聖女まで手中に収めた。……このまま放置すれば数年後、我々は逆に彼らに飲み込まれることになるだろう」
「陛下のおっしゃる通りです」
ガイウス元帥が静かに頷いた。
「シルヴァ平原で我々が学んだことは一つ。旧来の戦い方はもはやあの悪魔には通用しないということです。……我々もまた、変わらねばなりません」
その日から、ガリア帝国は国を挙げて軍事力の近代化へと突き進み始めた。
ゼノンの戦術を徹底的に研究し、模倣する。
マスケット銃の量産化。
魔導砲の開発。
そして、情報戦を担う特殊部隊の創設。
彼らは屈辱をバネに、ベルシュタイン王国を超える軍事大国へと生まれ変わろうとしていた。
そして、その動きは南の連合都市国家群(アライアンス)も同じだった。
彼らは帝国とは違うアプローチで、ベルシュタイン王国への対抗策を練っていた。
経済戦争。
それが商人国家である彼らが選んだ戦場だった。
「ベルシュタインの魔導製品を我々の市場から完全に締め出す!」
最高評議会で議長が高らかに宣言した。
「彼らの製品に高い関税をかけるのだ! そして我々アライアンスの総力を挙げて、彼らの技術を盗み、模倣し、より安く、より優れた製品を作り出す! 経済で彼らを窒息させてやるのだ!」
さらに、彼らは外交というもう一つの武器を使い始めた。
アライアンスの使者が大陸中の国々を飛び回り、ベルシュタイン王国の危険性を説いて回る。
「あの国は危険だ!」
「ゼノンという独裁者が大陸の全てを支配しようとしている!」
「我々と共に手を取り、この新たな脅威に立ち向かおうではないか!」
恐怖は伝染する。
ベルシュタイン王国のあまりにも急激な成長は、他の中小国家にとっても脅威だった。
彼らは次々とアライアンスの呼びかけに応じ始めた。
そして、ついに大陸の歴史を揺るがす出来事が起こった。
長年敵対してきた北の軍事大国ガリア帝国と、南の商業国家連合都市国家群(アライアンス)が、ベルシュタイン王国という共通の敵を前に、歴史的な軍事同盟を締結したのだ。
『大陸自由条約機構』。
その聞こえの良い名前の下に、大陸のほぼ全ての国々が結集した巨大な『対ゼノン包囲網』が完成した瞬間だった。
その不穏な世界の動きを、ゼノンは宰相府の執務室で静かに分析していた。
彼が張り巡らせた情報網は、大陸諸国の不審な動きを正確に捉えていた。
「……なるほどな。……俺という存在が、皮肉にも大陸を一つにまとめつつあるというわけか」
彼はどこか他人事のように呟いた。
その蒼い瞳に焦りの色はない。
ただ、目の前に現れた新たな巨大な『問題』をどう解決すべきか、思考を巡らせるコンサルタントの冷たい光だけが宿っていた。
「……ゼノン殿」
執務室に入ってきたアルフォンスが深刻な顔で言った。
「……大陸の情勢、聞いたぞ。……これはまずいことになった。我々は世界中を敵に回してしまった」
「そうでもありませんよ、王子」
ゼノンは静かに首を振った。
「これは、むしろチャンスです」
「……チャンスだと?」
「ええ」
ゼノンの口元に獰猛な笑みが浮かんだ。
「これまではそれぞれの国と個別に交渉し、競争しなければならなかった。だが今、敵は一つにまとまってくれた。……手間が省けます」
「……君は本気で大陸の全てを相手に戦争をするつもりか!?」
「戦争? いえいえ、滅相もない」
ゼノンは立ち上がると、窓の外に広がる平和な王都の景色を見つめた。
「私が望むのは、あくまで平和と安定です。……ですが、そのためには彼らに理解させてやる必要があるようです」
「……何をだ」
「『我々に喧嘩を売るということが、どれほど非合理的な選択であるか』という単純な事実を、です」
その言葉は、もはや一国の宰相代理の言葉ではなかった。
大陸の秩序そのものを作り変えようとする覇者の言葉だった。
アルフォンスは、そのあまりにも巨大なスケールに言葉を失った。
自分はとんでもない怪物の片棒を担いでしまったのかもしれない。
その頃、聖女リリアナは王立病院の建設現場で子供たちに囲まれ、幸せそうに微笑んでいた。
彼女はまだ知らない。
自分が愛する人が今、全世界を敵に回す壮大な戦いを始めようとしていることを。
そして、その戦いの引き金となったのが自分たちの婚約であったという皮肉な事実を。
大陸の動向はもはや誰にも止められない巨大なうねりとなっていた。
ゼノンの望んだ平穏な日常は、彼がそれを手に入れたと思ったまさにその瞬間に、彼の手のひらからこぼれ落ちようとしていた。
新たなる、そして最大級の面倒事がすぐそこまで迫っていた。
合理的な政策によってもたらされた物質的な豊かさ。
そして、聖女という精神的な支柱がもたらす心の安寧。
国は、まさに黄金時代の幕開けを迎えようとしていた。
だが、その輝かしい光は同時に濃い影を大陸の他の場所へと落としていた。
ガリア帝国の帝都では、皇帝主催の極秘の軍事会議が連日開かれていた。
集められたのはガイウス元帥をはじめとする帝国軍の最高幹部たち。
彼らの顔には、シルヴァ平原での敗北の屈辱とベルシュタイン王国への燃えるような敵意が刻まれていた。
「……もはや一刻の猶予もならん」
皇帝が重々しく口を開いた。
「ベルシュタインのあの小僧……ゼノンは我々の想像を超える速さで国力を増強させている。産業革命、軍制改革、そして今度は聖女まで手中に収めた。……このまま放置すれば数年後、我々は逆に彼らに飲み込まれることになるだろう」
「陛下のおっしゃる通りです」
ガイウス元帥が静かに頷いた。
「シルヴァ平原で我々が学んだことは一つ。旧来の戦い方はもはやあの悪魔には通用しないということです。……我々もまた、変わらねばなりません」
その日から、ガリア帝国は国を挙げて軍事力の近代化へと突き進み始めた。
ゼノンの戦術を徹底的に研究し、模倣する。
マスケット銃の量産化。
魔導砲の開発。
そして、情報戦を担う特殊部隊の創設。
彼らは屈辱をバネに、ベルシュタイン王国を超える軍事大国へと生まれ変わろうとしていた。
そして、その動きは南の連合都市国家群(アライアンス)も同じだった。
彼らは帝国とは違うアプローチで、ベルシュタイン王国への対抗策を練っていた。
経済戦争。
それが商人国家である彼らが選んだ戦場だった。
「ベルシュタインの魔導製品を我々の市場から完全に締め出す!」
最高評議会で議長が高らかに宣言した。
「彼らの製品に高い関税をかけるのだ! そして我々アライアンスの総力を挙げて、彼らの技術を盗み、模倣し、より安く、より優れた製品を作り出す! 経済で彼らを窒息させてやるのだ!」
さらに、彼らは外交というもう一つの武器を使い始めた。
アライアンスの使者が大陸中の国々を飛び回り、ベルシュタイン王国の危険性を説いて回る。
「あの国は危険だ!」
「ゼノンという独裁者が大陸の全てを支配しようとしている!」
「我々と共に手を取り、この新たな脅威に立ち向かおうではないか!」
恐怖は伝染する。
ベルシュタイン王国のあまりにも急激な成長は、他の中小国家にとっても脅威だった。
彼らは次々とアライアンスの呼びかけに応じ始めた。
そして、ついに大陸の歴史を揺るがす出来事が起こった。
長年敵対してきた北の軍事大国ガリア帝国と、南の商業国家連合都市国家群(アライアンス)が、ベルシュタイン王国という共通の敵を前に、歴史的な軍事同盟を締結したのだ。
『大陸自由条約機構』。
その聞こえの良い名前の下に、大陸のほぼ全ての国々が結集した巨大な『対ゼノン包囲網』が完成した瞬間だった。
その不穏な世界の動きを、ゼノンは宰相府の執務室で静かに分析していた。
彼が張り巡らせた情報網は、大陸諸国の不審な動きを正確に捉えていた。
「……なるほどな。……俺という存在が、皮肉にも大陸を一つにまとめつつあるというわけか」
彼はどこか他人事のように呟いた。
その蒼い瞳に焦りの色はない。
ただ、目の前に現れた新たな巨大な『問題』をどう解決すべきか、思考を巡らせるコンサルタントの冷たい光だけが宿っていた。
「……ゼノン殿」
執務室に入ってきたアルフォンスが深刻な顔で言った。
「……大陸の情勢、聞いたぞ。……これはまずいことになった。我々は世界中を敵に回してしまった」
「そうでもありませんよ、王子」
ゼノンは静かに首を振った。
「これは、むしろチャンスです」
「……チャンスだと?」
「ええ」
ゼノンの口元に獰猛な笑みが浮かんだ。
「これまではそれぞれの国と個別に交渉し、競争しなければならなかった。だが今、敵は一つにまとまってくれた。……手間が省けます」
「……君は本気で大陸の全てを相手に戦争をするつもりか!?」
「戦争? いえいえ、滅相もない」
ゼノンは立ち上がると、窓の外に広がる平和な王都の景色を見つめた。
「私が望むのは、あくまで平和と安定です。……ですが、そのためには彼らに理解させてやる必要があるようです」
「……何をだ」
「『我々に喧嘩を売るということが、どれほど非合理的な選択であるか』という単純な事実を、です」
その言葉は、もはや一国の宰相代理の言葉ではなかった。
大陸の秩序そのものを作り変えようとする覇者の言葉だった。
アルフォンスは、そのあまりにも巨大なスケールに言葉を失った。
自分はとんでもない怪物の片棒を担いでしまったのかもしれない。
その頃、聖女リリアナは王立病院の建設現場で子供たちに囲まれ、幸せそうに微笑んでいた。
彼女はまだ知らない。
自分が愛する人が今、全世界を敵に回す壮大な戦いを始めようとしていることを。
そして、その戦いの引き金となったのが自分たちの婚約であったという皮肉な事実を。
大陸の動向はもはや誰にも止められない巨大なうねりとなっていた。
ゼノンの望んだ平穏な日常は、彼がそれを手に入れたと思ったまさにその瞬間に、彼の手のひらからこぼれ落ちようとしていた。
新たなる、そして最大級の面倒事がすぐそこまで迫っていた。
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