悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か? ~冷徹と呼ばれる俺の改革が、いつの間にか国を豊かにし聖女にまで懐かれる件~

夏見ナイ

文字の大きさ
94 / 100

第94話:世界で一番ロマンチックな契約

しおりを挟む
リリアナが契約書にその名を記した瞬間。
執務室の扉が、まるでその瞬間を見計らったかのように勢いよく開かれた。
「……失礼する!」
そこに立っていたのはアルフォンス王子だった。
彼の後ろにはグレイと、そしてなぜかアークライト公爵夫妻と兄二人までもが、心配そうな、あるいは野次馬根性丸出しの顔で控えている。
彼らはグレイから事の成り行きを聞き、いてもたってもいられず駆けつけてきたのだ。

「ゼノン殿! リリアナ殿に契約書を突きつけたと聞いたぞ! いくら君でもそれは……!」
アルフォンスが正義感に燃えて叫んだ、その時。
彼は見てしまった。
テーブルの上の契約書に、晴れやかな笑顔でサインをするリリアナの姿を。
そしてその隣で、どこか呆然としながらもまんざらでもない表情でそれを見守るゼノンの姿を。

「……あれ?」
アルフォンスの正義の剣は行き場を失い、空中で固まった。
「……もしかして俺は、とんでもなく無粋なことをしでかしてしまったのか……?」

「まあ! リリアナ様! なんて美しいサインですこと!」
状況を瞬時に理解したイザベラ夫人が、甲高い歓声を上げながら部屋になだれ込んできた。
「これであなたも今日からアークライト家の一員ですわ! おほほほほ!」
「やったぞ! でかした、ゼノン!」
ダリウス公爵も感極まったように叫んだ。

部屋の中は一瞬にして祝福と混乱のカオスに包まれた。
リリアナは突然の闖入者たちに驚きながらも、幸せそうに微笑んでいる。
ゼノンだけが、このあまりにも非合理的な状況の急展開についていけず一人固まっていた。

(……何だ、これは。……何の騒ぎだ)
彼の頭の中では、『プライベートな契約締結の場への無断侵入はコンプライアンス違反である』という冷静な分析だけが虚しく響いていた。

「……しかし、ゼノンよ」
ダリウス公爵は息子が作成したその分厚い契約書を、興味深そうに手に取った。
そしてその条文を読み進めるうちに、その顔が次第に尊敬と畏怖の色に変わっていった。
「……すごいな、これは。……結婚という曖曖なものをここまで完璧に言語化し、リスク管理するとは。……お前はやはり天才だ」
「はあ……」
実の父親からの初めての手放しの称賛。
だが、そのポイントがあまりにもズレていることに、ゼノンはもはや突っ込む気力もなかった。

「……ゼノン殿」
アルフォンスがようやく我に返り、ぎこちない笑顔で二人の元へ歩み寄ってきた。
「……その、なんだ。……おめでとう。……君たちらしい、実にユニークな婚約だな」
彼はそう言うと、リリアナへと向き直った。
「……リリアナ殿。本当に彼でいいのか? 今ならまだクーリングオフも……」
「はい!」
アルフォンスの言葉を遮るように、リリアナは満面の笑みで答えた。
「はい! この方しかおりません! この契約書こそが、その証ですわ!」
彼女は愛おしそうに契約書を胸に抱きしめた。

「……世界で一番ロマンチックな契約書ですもの」

その言葉。
アルフォンスとグレイは顔を見合わせた。
((……ロマンチック……?))
彼らの頭の上には巨大なクエスチョンマークが浮かんでいた。
だが、リリアナ本人が幸せそうなのであれば、それが全てなのだろう。
常識や理屈では測れない何かがこの二人を結びつけている。
彼らはそう納得するしかなかった。

こうして、ゼノン・フォン・アークライトと聖女リリアナの婚約は、多くの祝福(といくつかの勘違い)の中で正式に成立した。
それは間違いなくベルシュタイン王国の歴史上、最も奇妙で、そして最も強力なカップルの誕生だった。

合理主義者の天才宰相代理と。
国民から絶大な崇敬を集める聖女。
その二人が結びつく。
そのニュースはすぐに王都を駆け巡り、民衆を熱狂させた。
「なんと、おめでたい!」
「国を救った英雄と聖女様が結ばれる! まるでおとぎ話のようだ!」
「これでベルシュタイン王国は安泰だ!」

人々の期待は最高潮に達した。
ゼノンが築き上げた合理的なシステム。
その上に聖女という絶対的な精神的支柱が加わる。
もはやこの国に敵はいない。
誰もがそう信じていた。

だが、その熱狂の裏側で。
ゼノンとリリアナの婚約のニュースは、全く別の意味合いを持って大陸諸国へと伝えられていた。
ガリア帝国と連合都市国家群(アライアンス)。
彼らにとってその報せは、最悪の悪夢の到来を意味していた。

「……あの怪物ゼノンが、聖女まで手に入れただと……!?」
ガリア帝国の皇帝は報告書を握り潰し、激しく怒りに震えた。
「政治、経済、軍事、その全てを掌握した上に、民衆の信仰まで完全に支配するつもりか! ……あれはもはやただの人間ではない。……神になろうとしている!」

「……手を打たねばならん」
連合都市国家群(アライアンス)の議長は冷たい汗を流しながら呟いた。
「ベルシュタイン王国が完全に一つになる前に。……あの二人が本当の意味で結びつく前に。……我々は決断を下さねばならん」

ゼノンが手に入れた個人的な幸せ。
それは皮肉にも、彼が築き上げてきた平和を脅かす最大の火種となっていた。
彼の存在そのものがもはや大陸のパワーバランスを許容できないレベルまで破壊してしまっていたのだ。

世界で一番ロマンチックな(とリリアナだけが思っている)契約。
そのインクが乾かぬうちに。
大陸には再び、暗くそして不穏な戦争の影が忍び寄ってきていた。
ゼノンの望まぬ戦いは、まだ終わってはいなかった。
いや、むしろこれから始まる本当の戦いは、これまでとは比較にならないほど巨大で、そして過酷なものになるだろう。
そのことを、祝福の熱狂に包まれる王国の誰もが、まだ知る由もなかった。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。

幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』 電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。 龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。 そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。 盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。 当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。 今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。 ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。 ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ 「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」 全員の目と口が弧を描いたのが見えた。 一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。 作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌() 15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない

あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。

無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。

さら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。 だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。 行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。 ――だが、誰も知らなかった。 ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。 襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。 「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。 俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。 無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!? のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

帝国の王子は無能だからと追放されたので僕はチートスキル【建築】で勝手に最強の国を作る!

雪奈 水無月
ファンタジー
帝国の第二王子として生まれたノルは15才を迎えた時、この世界では必ず『ギフト授与式』を教会で受けなくてはいけない。 ギフトは神からの祝福で様々な能力を与えてくれる。 観衆や皇帝の父、母、兄が見守る中… ノルは祝福を受けるのだが…手にしたのはハズレと言われているギフト…【建築】だった。 それを見た皇帝は激怒してノルを国外追放処分してしまう。 帝国から南西の最果ての森林地帯をノルは仲間と共に開拓していく… さぁ〜て今日も一日、街作りの始まりだ!!

処理中です...