悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か? ~冷徹と呼ばれる俺の改革が、いつの間にか国を豊かにし聖女にまで懐かれる件~

夏見ナイ

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第99話:束の間の平穏

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王都の宰相府執務室。
窓の外は既に漆黒の闇に包まれ、街の灯りが宝石のようにまたたいている。
部屋の中ではランプの光だけが、山と積まれた羊皮紙の束と、その前でペンを走らせる一人の青年の姿を浮かび上がらせていた。
ゼノン・フォン・アークライト。
彼の日常は再び激務の日々へと戻っていた。

大陸諸国との見えざる戦争。
それは経済、外交、そして情報を駆使した総力戦だった。
彼は昼間は大臣たちと会議を重ね、夜は一人この部屋で大陸全土から集まってくる膨大な情報を分析し、次なる一手、また一手と戦略を練り続けていた。
彼の顔には疲労の色が濃く浮かんでいた。
だが、その蒼い瞳は以前よりもさらに鋭く、そして深く輝いていた。
守るべきものができた男の強さが、そこにはあった。

コンコン、と執務室の扉が控えめにノックされた。
「……入れ」
ゼノンは書類から目を離さずに答えた。
扉が静かに開かれ、入ってきたのは聖女リリアナだった。
その手には銀のトレイが乗せられ、そこには湯気の立つスープと焼きたてのパンが置かれていた。

「ゼノン様。……また夕食をお忘れになっていらっしゃるのではないかと思いまして」
リリアナは心配そうな顔で言った。
彼女はゼノンと「契約」を結んで以来、こうして夜食を届けに来るのが日課となっていた。
それは契約書の第二条、『互いの心身の健康を維持するための努力義務』を彼女なりに果たそうとしている、健気な行動だった。

「……ああ。……そこに置いておいてくれ」
ゼノンは相変わらずぶっきらぼうに答えた。
だが、その声のトーンは以前のような冷たさではなく、どこか穏やかな響きを持っていた。
彼はペンを置くと、ゆっくりと凝り固まった肩を回した。

リリアナは言われた通りテーブルの隅に夜食を置いた。
そして、彼女はいつもならそこで静かに退出するのだが、その日は違っていた。
彼女は何かを決意したように、ゼノンの隣の椅子にそっと腰を下ろした。

「……何か用か?」
ゼノンが訝しげに尋ねる。
「……いえ」
リリアナは静かに首を振った。
「……ただ、少しだけ。……あなた様のお側にいさせてください。……お仕事の邪魔はいたしませんから」
その言葉には、彼の重荷をほんの少しでも分かち合いたいという切実な想いがこもっていた。

ゼノンは何も言わなかった。
ただ小さく頷くと、再び書類へと視線を戻した。
部屋には静寂が戻った。
聞こえるのはゼノンのペンが羊皮紙の上を走るカリカリという音と、リリアナの穏やかな呼吸の音だけ。

不思議な時間だった。
二人は何も話さない。
だが、その沈黙は少しも気まずくなかった。
むしろ、そこには言葉を超えた深い安らぎと信頼感が満ちていた。
ゼノンは気づいていた。
彼女が隣にいるだけで、自分の荒れ狂うような思考が穏やかに鎮まっていくのを。
集中力がさらに高まっていくのを。
彼女の存在そのものが、彼にとって最高の精神安定剤(スタビライザー)となっていることに。

(……これも彼女のリソースの一つか)
彼はまだそんな合理的な分析をしようとする。
だが、その分析がこの温かい感情の本質を少しも捉えられていないことにも、彼はもう気づいていた。

やがてゼノンはペンを置いた。
今日の分の仕事が終わったのだ。
彼は大きく伸びをすると、リリアナが持ってきてくれたスープを手に取った。
温かい野菜のスープ。
その優しい味わいが彼の疲れた体に染み渡っていく。

「……美味い」
ぽつりと彼の口から素直な感想が漏れた。
その一言に、リリアナの顔がぱっと輝いた。
「! はい!」
彼女は心の底から嬉しそうに微笑んだ。

その笑顔。
ゼノンは、その笑顔を見るたびに胸の奥が温かくなるこの非合理な現象に、もはや抗うことをやめていた。
これが自分なのだ、と。
これが新しく生まれ変わった自分なのだ、と。
彼はそれを受け入れていた。

「……ありがとう」
彼はもう一度静かに言った。
それは夜食に対する感謝の言葉だけではなかった。
いつも側にいてくれる彼女の存在そのものへの感謝の言葉だった。

「……いいえ」
リリアナは幸せそうに首を振った。
「私の方こそありがとうございます。……こうしてあなた様のお側にいられることが、私の一番の幸せですから」

二人の間には穏やかで、合理的で、そして少しだけ温かい空気が流れていた。
それは彼らがようやく手に入れた束の間の平穏だった。
窓の外では大陸の嵐がますますその勢いを強めている。
明日になればまた厳しい戦いが始まるだろう。

だが、今のゼノンはもはや一人ではなかった。
彼の隣には彼の孤独を理解し(と彼女は信じている)、その心を温めてくれる唯一無二の存在がいる。
その事実が、彼に明日を戦うための新しい力を与えてくれていた。
合理主義者の戦いは続く。
だが、その戦いはもはや孤独なものではなくなっていた。
それこそが彼がこの世界で手に入れた最大の『リターン』なのかもしれないと、彼はぼんやりと考えていた。
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