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第88話 最後の塔、最後の試練
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夜明けと共に、僕たち三人は静まり返った王都を抜け、『天へと至る塔』へと向かった。
見送りの者は誰もいない。ダグラスにはそう頼んでおいた。これは祭りではない。世界の存亡を懸けた、静かな、そして最後の戦いなのだから。
塔の麓にたどり着くと、その威容は以前にも増して不吉なオーラを放っていた。白亜の塔は厄災の瘴気に蝕まれ、禍々しい紫色の紋様がその表面をまだらに覆っている。
「……ずいぶんと気色悪くなっちまったな」
バルガスが新しい兜の面頬を下ろしながら、吐き捨てるように言った。
「ええ。塔そのものが泣いているようだわ」
リリアナもその美しい顔を悲しげに歪めた。
僕たちは言葉もなく、巨大な石の扉の前に立った。
「行くぞ」
僕の静かな号令と共に、僕たちは最後の戦場へとその足を踏み出した。
塔の内部は僕の予測通り、瘴気に満ち、変質していた。
第一階層から第五階層の物量地帯。そこにいたのはもはやただのゴブリンやオークではなかった。その体は黒い瘴気で膨れ上がり、その目は憎悪の炎で赤く燃えている。厄災の力によって強化された、混沌の兵団だ。
だが、僕たちの前では何の意味もなさなかった。
「フンッ!」
バルガスの最終装備、厄災浄化のルーンが刻まれた大盾が瘴気の津波を完全に無効化する。彼のウォーハンマーの一撃は、強化されたオークですら紙屑のように吹き飛ばした。
「……遅い」
リリアナが虹色の霊薬を一口飲む。彼女の全身から光と闇が混じり合ったオーラが立ち上り、その速度はもはや目で追うことすら不可能な領域へと達していた。銀色の閃光が戦場を縦横無尽に駆け巡り、混沌の兵団は悲鳴を上げる間もなく浄化されていく。
僕もまた、『ワールド・ルーラー』の力を行使していた。
僕の眼には敵の動きだけでなく、厄災の瘴気がどこから生まれ、どう流れ、そしてどこがその『核』となっているのか、その全てが見えていた。
僕は戦場の瘴気の流れそのものを『書き換え』、敵の力を弱め、僕たちの攻撃が最大限の効果を発揮するように、戦場そのものを僕たちに有利なように作り変えていた。
物量地帯は、わずか一時間で沈黙した。
第六階層からのアンデッド地帯も同様だった。
浄化トラップは厄災の力によって、逆に邪悪な罠へと変質していた。だが、僕の眼の前ではその構造も機能も、全てが丸裸だ。
「バルガス、あの床の魔法陣を逆回転させろ! リリアナ、天井の水晶に光の力を注ぎ込め!」
僕は罠の制御システムそのものをハッキングし、それを僕たちの武器として利用した。邪悪な罠は聖なる浄化の光へと変わり、アンデッドの軍勢を自らの力で滅ぼしていった。
僕たちの進撃は、もはや神の軍勢のようだった。
どんな絶望的な状況も、僕の『記述』一つで希望へと書き換えられていく。
僕たちはかつてないほどの速度で、塔を駆け上がっていった。
そして、僕たちは第八十階層へとたどり着いた。
その扉を開けた瞬間、僕たちを待っていたのはモンスターでも罠でもなかった。
そこに広がっていたのは、見慣れた、しかし決して懐かしくはない光景だった。
蛍光灯が白々しく照らすオフィス。ディスプレイの明かりだけが煌々と光る深夜。無数のデスクが整然と並んでいる。
僕の故郷。僕がこの世界に来る前にいた、あの日本の会社のオフィスだった。
「……なんだ、ここは?」
バルガスが見たこともない光景に、戸惑いの声を上げる。
「ユキナガ……? これは、あなたの……」
リリアナが僕の顔を心配そうに覗き込んだ。
「……ああ。俺の過去だ」
僕は静かに答えた。
これは塔が僕の記憶を読み取り、作り出した僕のためだけの最後の試練。
僕の心の最も弱い部分を抉る、精神攻撃だ。
やがて、オフィスの一番奥の席から一人の男がゆっくりと立ち上がった。それは僕のかつての上司の姿をしていた。
『おい、神代』
その幻影は僕のかつての名を呼び、そして僕が最も聞きたくなかった言葉を吐き出した。
『お前はいつまでそんな無駄なことをしているんだ? お前には才能がない。お前がやっていることは全て無意味だ。お前は誰からも必要とされていない、ただの歯車以下の存在なんだよ』
その言葉は、僕がこの世界に来る前に毎日自分自身に言い聞かせていた、絶望の呪文だった。
「ユキナガ……!」
リリアナが僕の手を強く握りしめた。
僕はそんな彼女に優しく微笑み返した。
そして僕の過去の亡霊に向かって、静かに、しかしきっぱりと告げた。
「……ああ、そうだな。かつての俺はそうだったのかもしれない」
僕は一歩、前へ踏み出した。「だが、今の俺はもう違う」
僕は僕の後ろに立つ、かけがえのない仲間たちを振り返った。
バルガスの絶対的な信頼を込めた眼差し。
リリアナのどこまでも優しい、慈愛に満ちた微笑み。
「今の俺には、俺を必要としてくれる仲間がいる。俺の力を信じ、俺と共に世界の運命にさえ立ち向かってくれる、最高の家族がいる」
僕は再び過去の亡霊に向き直った。
「俺はもう無意味な歯車じゃない。俺は俺たちの物語をこの手で描き出す『記述者』だ。お前のような過去の亡霊に、俺の今の道を邪魔させるわけにはいかない」
僕がそう宣言した瞬間。
僕の体から光と闇が混じり合った強大なオーラが放たれた。
オフィスの幻影は、その聖なる光と混沌の闇の前で、まるで陽炎のように揺らめき、そして音もなく消滅した。
後に残されたのは、元の塔の石造りの広間だけだった。
僕は僕自身の最後の弱さを乗り越えたのだ。
その時、広間の奥にこれまでとは違う、白金に輝く巨大な扉がゆっくりと姿を現した。
第九十階層。
この塔の最後のガーディアンが眠る、決戦の舞台への扉が。
僕たちは互いの顔を見合わせ、そして力強く頷いた。
最後の戦いが始まる。
見送りの者は誰もいない。ダグラスにはそう頼んでおいた。これは祭りではない。世界の存亡を懸けた、静かな、そして最後の戦いなのだから。
塔の麓にたどり着くと、その威容は以前にも増して不吉なオーラを放っていた。白亜の塔は厄災の瘴気に蝕まれ、禍々しい紫色の紋様がその表面をまだらに覆っている。
「……ずいぶんと気色悪くなっちまったな」
バルガスが新しい兜の面頬を下ろしながら、吐き捨てるように言った。
「ええ。塔そのものが泣いているようだわ」
リリアナもその美しい顔を悲しげに歪めた。
僕たちは言葉もなく、巨大な石の扉の前に立った。
「行くぞ」
僕の静かな号令と共に、僕たちは最後の戦場へとその足を踏み出した。
塔の内部は僕の予測通り、瘴気に満ち、変質していた。
第一階層から第五階層の物量地帯。そこにいたのはもはやただのゴブリンやオークではなかった。その体は黒い瘴気で膨れ上がり、その目は憎悪の炎で赤く燃えている。厄災の力によって強化された、混沌の兵団だ。
だが、僕たちの前では何の意味もなさなかった。
「フンッ!」
バルガスの最終装備、厄災浄化のルーンが刻まれた大盾が瘴気の津波を完全に無効化する。彼のウォーハンマーの一撃は、強化されたオークですら紙屑のように吹き飛ばした。
「……遅い」
リリアナが虹色の霊薬を一口飲む。彼女の全身から光と闇が混じり合ったオーラが立ち上り、その速度はもはや目で追うことすら不可能な領域へと達していた。銀色の閃光が戦場を縦横無尽に駆け巡り、混沌の兵団は悲鳴を上げる間もなく浄化されていく。
僕もまた、『ワールド・ルーラー』の力を行使していた。
僕の眼には敵の動きだけでなく、厄災の瘴気がどこから生まれ、どう流れ、そしてどこがその『核』となっているのか、その全てが見えていた。
僕は戦場の瘴気の流れそのものを『書き換え』、敵の力を弱め、僕たちの攻撃が最大限の効果を発揮するように、戦場そのものを僕たちに有利なように作り変えていた。
物量地帯は、わずか一時間で沈黙した。
第六階層からのアンデッド地帯も同様だった。
浄化トラップは厄災の力によって、逆に邪悪な罠へと変質していた。だが、僕の眼の前ではその構造も機能も、全てが丸裸だ。
「バルガス、あの床の魔法陣を逆回転させろ! リリアナ、天井の水晶に光の力を注ぎ込め!」
僕は罠の制御システムそのものをハッキングし、それを僕たちの武器として利用した。邪悪な罠は聖なる浄化の光へと変わり、アンデッドの軍勢を自らの力で滅ぼしていった。
僕たちの進撃は、もはや神の軍勢のようだった。
どんな絶望的な状況も、僕の『記述』一つで希望へと書き換えられていく。
僕たちはかつてないほどの速度で、塔を駆け上がっていった。
そして、僕たちは第八十階層へとたどり着いた。
その扉を開けた瞬間、僕たちを待っていたのはモンスターでも罠でもなかった。
そこに広がっていたのは、見慣れた、しかし決して懐かしくはない光景だった。
蛍光灯が白々しく照らすオフィス。ディスプレイの明かりだけが煌々と光る深夜。無数のデスクが整然と並んでいる。
僕の故郷。僕がこの世界に来る前にいた、あの日本の会社のオフィスだった。
「……なんだ、ここは?」
バルガスが見たこともない光景に、戸惑いの声を上げる。
「ユキナガ……? これは、あなたの……」
リリアナが僕の顔を心配そうに覗き込んだ。
「……ああ。俺の過去だ」
僕は静かに答えた。
これは塔が僕の記憶を読み取り、作り出した僕のためだけの最後の試練。
僕の心の最も弱い部分を抉る、精神攻撃だ。
やがて、オフィスの一番奥の席から一人の男がゆっくりと立ち上がった。それは僕のかつての上司の姿をしていた。
『おい、神代』
その幻影は僕のかつての名を呼び、そして僕が最も聞きたくなかった言葉を吐き出した。
『お前はいつまでそんな無駄なことをしているんだ? お前には才能がない。お前がやっていることは全て無意味だ。お前は誰からも必要とされていない、ただの歯車以下の存在なんだよ』
その言葉は、僕がこの世界に来る前に毎日自分自身に言い聞かせていた、絶望の呪文だった。
「ユキナガ……!」
リリアナが僕の手を強く握りしめた。
僕はそんな彼女に優しく微笑み返した。
そして僕の過去の亡霊に向かって、静かに、しかしきっぱりと告げた。
「……ああ、そうだな。かつての俺はそうだったのかもしれない」
僕は一歩、前へ踏み出した。「だが、今の俺はもう違う」
僕は僕の後ろに立つ、かけがえのない仲間たちを振り返った。
バルガスの絶対的な信頼を込めた眼差し。
リリアナのどこまでも優しい、慈愛に満ちた微笑み。
「今の俺には、俺を必要としてくれる仲間がいる。俺の力を信じ、俺と共に世界の運命にさえ立ち向かってくれる、最高の家族がいる」
僕は再び過去の亡霊に向き直った。
「俺はもう無意味な歯車じゃない。俺は俺たちの物語をこの手で描き出す『記述者』だ。お前のような過去の亡霊に、俺の今の道を邪魔させるわけにはいかない」
僕がそう宣言した瞬間。
僕の体から光と闇が混じり合った強大なオーラが放たれた。
オフィスの幻影は、その聖なる光と混沌の闇の前で、まるで陽炎のように揺らめき、そして音もなく消滅した。
後に残されたのは、元の塔の石造りの広間だけだった。
僕は僕自身の最後の弱さを乗り越えたのだ。
その時、広間の奥にこれまでとは違う、白金に輝く巨大な扉がゆっくりと姿を現した。
第九十階層。
この塔の最後のガーディアンが眠る、決戦の舞台への扉が。
僕たちは互いの顔を見合わせ、そして力強く頷いた。
最後の戦いが始まる。
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