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第100話:やりなおしの果てに(完結)
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王都アルヘイムに、本当の平和が訪れてから一月が過ぎた。
魔王討伐の熱狂は次第に落ち着き、人々は復興という新たな日常へと力強く歩み始めている。俺たち四人もまた、それぞれの新しい居場所で、穏やかな日々を送っていた。
王城の一角に与えられた、俺たちのための邸宅。その広大な庭で、俺は無限の聖剣インフィニティの手入れをしていた。布で刀身を拭うたび、黒銀の剣は静かな光を放つ。もう、この剣を戦場で振るうこともないのかもしれない。
「あら、珍しいわね。あなたが剣の稽古以外で、庭にいるなんて」
声の主は、シルフィリアだった。彼女は王宮の書庫から抜け出してきたのだろう。宮廷魔術師長の豪奢なローブではなく、旅をしていた頃と同じ、動きやすい翠色の服を身に纏っている。
「たまには、な。お前こそ、書庫の虫になっているとばかり思っていたが」
「失礼ね。私も、たまには太陽の光を浴びたくなるのよ。それに……」
彼女は、俺の隣に腰を下ろすと、少しだけ頬を染めた。
「あなたたちがいない書庫なんて、ただの埃っぽい本の倉庫だもの」
素直じゃない、彼女らしい言葉だった。
そこへ、地響きのような足音と共に、ヴォルフがやってきた。彼は騎士団の名誉団長の礼服を脱ぎ捨て、いつもの軽装鎧姿だ。その顔は、気持ちの良い汗に濡れている。
「おう、二人ともいたのか! 今、騎士団の若いのをシゴいてきたところだ! いやあ、平和な世の中の剣ってのは、どうにもなまくらでいけねえな!」
彼は豪快に笑うと、庭の井戸水を桶に汲み、頭からかぶった。その野生的な姿は、王都の騎士団長というより、やはり自由な傭兵の方が似合っていた。
「まあ、ヴォルフさん。またお庭を水浸しにして。お花が可哀想ですよ」
呆れたような、しかし優しい声。エリナが、焼きたてのクッキーを乗せた盆を手に、テラスから現れた。彼女も、大司教の厳かな法衣ではなく、村にいた頃のような、簡素な白いワンピース姿だった。戦災孤児のために彼女が設立した孤児院の子供たちと、一緒に作ったのだという。
四人が、揃った。
この、何でもない、穏やかな昼下がり。
俺は、この光景を、ただ眩しく見つめていた。
追放され、全てを失ったあの日。
俺が、心の底から求めていたものは、これだったのかもしれない。
絶対的な力でも、英雄という名声でもない。ただ、信頼できる仲間たちと、他愛のない会話を交わし、笑い合える、この温かい時間。
「……カイル君? どうかしたの?」
俺が黙り込んでいるのに気づき、エリナが心配そうに顔を覗き込んできた。
「……いや。何でもない」
俺は、そう言って微笑んだ。
そして、立ち上がり、空を見上げる。どこまでも青く、澄み渡った空。もう、あの奈落の地を覆っていた、絶望の雲はない。
俺は、ハズレスキルと蔑まれた力を使い、世界を救った。
死の苦痛を、絶望を、孤独を、乗り越えて。
その果てに、このかけがえのない平穏と、最高の仲間たちを手に入れた。
物語は、ここで終わるはずだった。
最高のハッピーエンド。誰もがそう信じていた。
だが、俺の心の奥底には、あの魔王が遺した言葉が、小さな棘のように、ずっと引っかかっていた。
『我は、世界の歪みが生んだ、影にすぎぬ』
影に、すぎぬ。
その言葉の意味を、俺はあれからずっと、考えていた。
魔王がただの影だとしたら、その本体は何なのか。世界の歪みとは、一体何なのか。
俺の『やりなおし』のスキル。
死の理を覆し、因果律に干渉する、あまりにも異質なこの力。
もしかしたら、この力こそが、世界の歪みそのものなのではないか。
そして、俺という存在が、いずれ、魔王以上の災厄を、この世界に呼び寄せてしまうのではないか。
そんな、漠然とした不安が、この平和な日々の中にあっても、俺の心を時折よぎるのだ。
「……カイル」
シルフィリアが、俺の思索を見透かしたかのように、静かに声をかけた。
「難しい顔をしているわね。また、あの魔王の戯言でも、気にしているの?」
「……分かるのか」
「当然でしょ。あなたのことは、何でもお見通しよ」
彼女は、ふんと鼻を鳴らした。
「先のことを考えて、不安になるのはやめなさい。世界の歪みが何であろうと、次なる敵が誰であろうと、その時は、また私たち四人で戦えばいい。ただ、それだけのことじゃない」
その言葉は、あまりにも単純で、そして、あまりにも力強かった。
「そうだぜ、大将!」
ヴォルフも、クッキーを頬張りながら、豪快に笑った。
「次に来る奴が、神だろうが悪魔だろうが、関係ねえ! 俺たちの敵なら、ぶった斬る! 俺のこの新しい相棒が、黙っちゃいねえからな!」
彼は、傍らに立てかけていたオリハルコンの大剣を、誇らしげに叩いた。
「……二人とも」
エリナもまた、俺の隣に立ち、その手を、そっと握ってくれた。
「カイル君は、一人じゃないよ。どんな未来が待っていても、私たちが、あなたの側にいる。だから、何も心配しないで」
仲間たちの、温かい言葉。
そうだ。俺は、いつから、また一人で抱え込もうとしていたのだろう。
俺には、この最高の仲間たちがいる。
それだけで、十分じゃないか。
俺の心の中の、小さな棘が、すっと溶けていくのが分かった。
未来がどうなるかなんて、誰にも分からない。
だが、この仲間たちと一緒なら、どんな困難が待ち受けていようとも、きっと乗り越えていける。
俺は、握られたエリナの手に、強く力を込めた。
そして、仲間たち全員の顔を、一人一人、見つめた。
「……ああ。そうだな」
俺の口から、心からの笑みがこぼれた。
「ありがとう、みんな」
俺の感謝の言葉に、三人は、それぞれの形で、笑顔を返してくれた。
空は、どこまでも青い。
世界は、こんなにも美しい。
俺たちの戦いは、まだ終わらないのかもしれない。
世界のどこかでは、今も、新たな歪みが生まれているのかもしれない。
それでも。
今は、このかけがえのない仲間たちと共に、この手で掴み取った平和を、ただ、噛みしめよう。
俺は、仲間たちへと、向き直った。
その顔には、もう、迷いも不安もない。
ただ、未来への、無限の希望だけが輝いていた。
「さあ、明日からは何をしようか」
俺のその問いかけが、俺たちの新しい物語の、始まりを告げていた。
(了)
魔王討伐の熱狂は次第に落ち着き、人々は復興という新たな日常へと力強く歩み始めている。俺たち四人もまた、それぞれの新しい居場所で、穏やかな日々を送っていた。
王城の一角に与えられた、俺たちのための邸宅。その広大な庭で、俺は無限の聖剣インフィニティの手入れをしていた。布で刀身を拭うたび、黒銀の剣は静かな光を放つ。もう、この剣を戦場で振るうこともないのかもしれない。
「あら、珍しいわね。あなたが剣の稽古以外で、庭にいるなんて」
声の主は、シルフィリアだった。彼女は王宮の書庫から抜け出してきたのだろう。宮廷魔術師長の豪奢なローブではなく、旅をしていた頃と同じ、動きやすい翠色の服を身に纏っている。
「たまには、な。お前こそ、書庫の虫になっているとばかり思っていたが」
「失礼ね。私も、たまには太陽の光を浴びたくなるのよ。それに……」
彼女は、俺の隣に腰を下ろすと、少しだけ頬を染めた。
「あなたたちがいない書庫なんて、ただの埃っぽい本の倉庫だもの」
素直じゃない、彼女らしい言葉だった。
そこへ、地響きのような足音と共に、ヴォルフがやってきた。彼は騎士団の名誉団長の礼服を脱ぎ捨て、いつもの軽装鎧姿だ。その顔は、気持ちの良い汗に濡れている。
「おう、二人ともいたのか! 今、騎士団の若いのをシゴいてきたところだ! いやあ、平和な世の中の剣ってのは、どうにもなまくらでいけねえな!」
彼は豪快に笑うと、庭の井戸水を桶に汲み、頭からかぶった。その野生的な姿は、王都の騎士団長というより、やはり自由な傭兵の方が似合っていた。
「まあ、ヴォルフさん。またお庭を水浸しにして。お花が可哀想ですよ」
呆れたような、しかし優しい声。エリナが、焼きたてのクッキーを乗せた盆を手に、テラスから現れた。彼女も、大司教の厳かな法衣ではなく、村にいた頃のような、簡素な白いワンピース姿だった。戦災孤児のために彼女が設立した孤児院の子供たちと、一緒に作ったのだという。
四人が、揃った。
この、何でもない、穏やかな昼下がり。
俺は、この光景を、ただ眩しく見つめていた。
追放され、全てを失ったあの日。
俺が、心の底から求めていたものは、これだったのかもしれない。
絶対的な力でも、英雄という名声でもない。ただ、信頼できる仲間たちと、他愛のない会話を交わし、笑い合える、この温かい時間。
「……カイル君? どうかしたの?」
俺が黙り込んでいるのに気づき、エリナが心配そうに顔を覗き込んできた。
「……いや。何でもない」
俺は、そう言って微笑んだ。
そして、立ち上がり、空を見上げる。どこまでも青く、澄み渡った空。もう、あの奈落の地を覆っていた、絶望の雲はない。
俺は、ハズレスキルと蔑まれた力を使い、世界を救った。
死の苦痛を、絶望を、孤独を、乗り越えて。
その果てに、このかけがえのない平穏と、最高の仲間たちを手に入れた。
物語は、ここで終わるはずだった。
最高のハッピーエンド。誰もがそう信じていた。
だが、俺の心の奥底には、あの魔王が遺した言葉が、小さな棘のように、ずっと引っかかっていた。
『我は、世界の歪みが生んだ、影にすぎぬ』
影に、すぎぬ。
その言葉の意味を、俺はあれからずっと、考えていた。
魔王がただの影だとしたら、その本体は何なのか。世界の歪みとは、一体何なのか。
俺の『やりなおし』のスキル。
死の理を覆し、因果律に干渉する、あまりにも異質なこの力。
もしかしたら、この力こそが、世界の歪みそのものなのではないか。
そして、俺という存在が、いずれ、魔王以上の災厄を、この世界に呼び寄せてしまうのではないか。
そんな、漠然とした不安が、この平和な日々の中にあっても、俺の心を時折よぎるのだ。
「……カイル」
シルフィリアが、俺の思索を見透かしたかのように、静かに声をかけた。
「難しい顔をしているわね。また、あの魔王の戯言でも、気にしているの?」
「……分かるのか」
「当然でしょ。あなたのことは、何でもお見通しよ」
彼女は、ふんと鼻を鳴らした。
「先のことを考えて、不安になるのはやめなさい。世界の歪みが何であろうと、次なる敵が誰であろうと、その時は、また私たち四人で戦えばいい。ただ、それだけのことじゃない」
その言葉は、あまりにも単純で、そして、あまりにも力強かった。
「そうだぜ、大将!」
ヴォルフも、クッキーを頬張りながら、豪快に笑った。
「次に来る奴が、神だろうが悪魔だろうが、関係ねえ! 俺たちの敵なら、ぶった斬る! 俺のこの新しい相棒が、黙っちゃいねえからな!」
彼は、傍らに立てかけていたオリハルコンの大剣を、誇らしげに叩いた。
「……二人とも」
エリナもまた、俺の隣に立ち、その手を、そっと握ってくれた。
「カイル君は、一人じゃないよ。どんな未来が待っていても、私たちが、あなたの側にいる。だから、何も心配しないで」
仲間たちの、温かい言葉。
そうだ。俺は、いつから、また一人で抱え込もうとしていたのだろう。
俺には、この最高の仲間たちがいる。
それだけで、十分じゃないか。
俺の心の中の、小さな棘が、すっと溶けていくのが分かった。
未来がどうなるかなんて、誰にも分からない。
だが、この仲間たちと一緒なら、どんな困難が待ち受けていようとも、きっと乗り越えていける。
俺は、握られたエリナの手に、強く力を込めた。
そして、仲間たち全員の顔を、一人一人、見つめた。
「……ああ。そうだな」
俺の口から、心からの笑みがこぼれた。
「ありがとう、みんな」
俺の感謝の言葉に、三人は、それぞれの形で、笑顔を返してくれた。
空は、どこまでも青い。
世界は、こんなにも美しい。
俺たちの戦いは、まだ終わらないのかもしれない。
世界のどこかでは、今も、新たな歪みが生まれているのかもしれない。
それでも。
今は、このかけがえのない仲間たちと共に、この手で掴み取った平和を、ただ、噛みしめよう。
俺は、仲間たちへと、向き直った。
その顔には、もう、迷いも不安もない。
ただ、未来への、無限の希望だけが輝いていた。
「さあ、明日からは何をしようか」
俺のその問いかけが、俺たちの新しい物語の、始まりを告げていた。
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